第34話 後悔しない生き方

 家に帰るとあかりが居間でテレビを観ていた。


 勉強の息抜きだそうだ。


 僕はビニール袋にパンパンに詰まったお祭りの戦利品をテーブルの上に乗せて、金魚が入った袋を鉢の近くに置いた。


「あ、お兄ちゃん金魚取ってきたの?」


 あかりが金魚の入った袋を覗き込む。


「まあね。ついでに金魚鉢と水草も買ってきた」


 金魚を飼うのに必要なものは一通り揃えたつもりだ。


 夏祭りが終わった後に、四人でホームセンターに行って、必要な物を全て買い揃えてきた。


 底砂利とかカルキ抜き剤とか金魚用の餌とか。


 一時期飼っていたことがあったので、金魚を飼うためのノウハウは分かっている。


「あたしも手伝うよ」


「わかった。じゃあ底砂利とかは僕がやるから、カルキ抜きをお願い」


「懐かしいね、これ」


 あかりは笑いながら、水道水とカルキ抜き剤をバケツに入れていく。

 

「このひと手間がないと金魚が死んじゃうって、お母さんが言ってたの覚えてる?」


 あかりが懐かしむように呟く。

 僕も同じようなことを考えていたので、無言で頷く。


「まだまだ教えて欲しいことが山ほどあったんだけどなぁ」


「それは僕も同じ」


 母さんにはたくさんのことを教えてもらった。

 金魚の飼い方、釣りの楽しみ方、将棋とか、料理とか。


 本当に数え切れないほど。

 今でも感謝しているし、尊敬もしている。


 でも、もういない。


 その事実が、とても寂しい。


 とても寂しくて、でもそれが、後悔しない生き方をしなさい、という母さんからの教えな気がして、僕は胸が熱くなる。


 もっと話をしたかった。

 一緒にいて、教えて欲しかった。


 後悔しない生き方。

 さくらとも一度問答になったことがあるけど、あれは僕の本心でもある。


 今はできている。


「お母さん、あっちで元気にしてるかな?」


「きっとしてるよ。心配いらない」


「そうだよね。うん」


 あかりが笑顔で頷く。


 天国があるかどうかなんて、分からない。


 でもきっと、母さんはそこで元気にしているはずだと信じている。

 そう信じたいだけなのかもしれないけど、そんな気がしている。


 やがてカルキを抜いた水で鉢を満たして、水草を浮かべ、金魚を袋から取り出す。


 小さな金魚が、鉢の中を泳ぎ回る。


 屋台で取った金魚だけど、こうして元気に泳ぐ姿を見ると、とても愛着が湧く。


 生き物を飼うっていうのは、そういうことなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、あかりが微笑みながら僕を見ていることに気づく。

 何故かニヤニヤしている。


「てか聞いたよお兄ちゃん、明日同窓会なんだって?」


「そんな大げさなものじゃないよ。クラス単位で集まろうっていう話になっただけ。てか、どこで誰から聞いたの?」


「さっき千景さんから。あたしLIME友達だから」


「いつの間に、そんな仲に」


「ま、あたしは諜報員的な?」


 なんのスパイだよ、と突っ込みたくなったけど、僕はとりあえず納得する。


 誰とでもすぐ打ち明けるのがうちの妹の特技だ。


 あかりは僕と違って友達が多いし、真逆だな、というのが正直な感想である。


 逆に僕は中学の頃クラスで浮いている存在だったので、同窓会なんて言葉を耳にするだけでもゾッとする。


 良い思い出がないから尚更だ。


 別に今さらトラウマに苛まれているとかそういうのではない。


 ただ、何となく同窓会という言葉に良いイメージを抱けないのだ。


 笑顔で話しかけられても、多分うまく対応できない。

 

「大丈夫なの?」


「なにが?」


「同窓会とか、乗り気じゃないんでしょー?」


 あかりが僕の顔色を見て、意地悪な笑みを浮かべる。

 さすが妹だ。


 よく分かっていらっしゃる。


「まあね。正直気が重いよ」


「けど、行くんでしょ? どして?」


「けじめ、かな」


「けじめ。ふむ」


「ずっと逃げてたから。みんなと仲良くなりたいとかそういうわけじゃなくてね、自分のために行くんだ」


「自分のため?」


「もうあの頃の僕じゃないってことを少しでも証明したいから。ちょっとは変われたよって、自分を肯定するために行くんだよ。それと、一人だけ参加しないのもなんか失礼だと思っちゃうしね」


 僕がそう言うと、あかりはまたニコニコして僕を見つめる。

 なんだか妙に嬉しそうなのが気になる。


「それ多分自分のためじゃないでしょ? お兄ちゃんを変えてくれた人たちのためでしょ?」


「流石は僕の妹だ。勘が鋭い」


「兄妹だからね」


 あかりが妹でよかった。

 本当に。

 妹の為に学費を稼ごう。

 そう思えたのは、あかりだからだ。


 三人がバイトを提案してくれた、きっかけ、とでも言うのだろうか。


 それを作ってくれたのは間違いなくあかりだ。


 手を差し伸べてくれた三人にも感謝しかない。


 偶然でもいいんだ。


 貧乏の家。

 そう揶揄される家庭に育ったけど、僕はむしろ良い家族に恵まれて、幸せ者だと思っている。


 そして、それは決して間違いじゃなかったと思う。


 家族の為に何かをしたい、という気持ちが、千景やつーちゃんやさくらとの関係性に繋がっている。


「前にさくらに聞かれたんだ。後悔しない生き方をできてるかって。あの時は、まだはっきりとは答えられなかったけど、今なら胸を張って答えられる」


「よし、証明してこい」


「ま、そのつもりなんだけど。証明ってちょっと大げさな言い方かな?」


「そんなことないでしょ。あたしがこんなこと言うのもなんだけどさ、お兄ちゃんはよく耐えてたよ。明日は、ちょっとぐらいリア充オーラ振りまいてもバチは当たらないって」


「リア充オーラって……」


「てか、長話してたらお腹へったんですけど」


「あぁ。そうだったな。早く食べないと冷めちゃうぞ。せっかく買ってきたんだから」


「ウイ。焼きそばとイカ焼き買ってきてくれた? あとフランクフルトとりんご飴」


「あかりが好きそうなのは全部買ってきた」


 あかりが袋をガサガサと漁りながら、食べ物をテーブルに置いていく。


 僕はもうお腹いっぱいなので、その様子を眺めることに。


「あ、カステラだ」


「それは母さんの」


「だよね。じゃあ後であたしが仏壇に供えとこうかな」


「うん、そうしてあげて」


 父さんが帰ってきたら三人で手を合わせよう。

 そう思いつつ、僕はゆるやかに流れる時間と、あかりの笑顔を見ながら家族との大切な時間を過ごした。




 母さん。


 めげそうなときもあったし、これからもそういうことがいっぱいあると思う。でも、僕は何一つ後悔してないよ。


 この家の子に産まれてよかった。


 ありがとう。

 

 

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