第33話 根回し
西大路星奈が京坂を興味の対象として認識した、翌日のこと。
星奈はグループLIMEで早速『根回し』を始めた。まずは京坂京という人物がどういう風に変貌を遂げたのか、ということについての話題を上げる。
既読の数は『7』。このグループのメンバーは女子オンリーで、この手の話題には食いつくものが多い。
『京坂ってあの京坂? うそ、そんないい感じになったの?』
『京坂君って元々顔は良くなかったっけ? 暗い感じだったからモテなかっただけで』
『コスプレした女の子たちと腕組んで歩いてたけどね。付き合ってるって感じでもなかったけど、どっちもめちゃ可愛いかった』
『マ? やばー』
『心境の変化があった的な?』
星奈の印象操作術に長けている。
既読の数も『10』を超えトークの嵐が吹き荒れる頃には、メンバーの半数以上が京坂京に興味を示すようになっていた。
(まーこんなところかな)
『とりあえずさ。京坂に根掘り葉掘り聞くにしても、男子は良い顔しないだろうし、アタシらで京坂のこと囲ってあげようよ』
『囲うって(笑)』
『www』
『まあ聞きたいこといっぱいあるし、当日めちゃくちゃ楽しみ』
『まあもろもろ星奈に任せた。よろしく盛り上げ隊長』
『オッケー。任せといて』
(アタシってばやっぱ天才)
過去の償い。というほど大袈裟なものではないが、京坂京に興味を抱いたことで生じた『後ろめたさ』を少しでも払拭したいと、星奈は考えている。
今になって。本当に今更になって、そんなことを気にしている。
「まぁ、呼ぶからには楽しんでもらわないとね」
スマホをベッドに投げ出して、星奈は独り言つ。
高校生になって特にやりたいことも見つかっていない星奈にとって、この同窓会は一つ、大きな転機になるかもしれない。
そういう期待もあった。
そうであることを、星奈は強く願った。
※
夏休みも後半に差し掛かった、八月の中頃。
僕は千景とさくらとつーちゃんと四人で、夏祭りに来ていた。
セミの鳴き声に祭囃子の音が心地いい。耳を澄ませるだけで風情を感じられるようになったのは、僕が少し大人になったからだろうか。
そして、なんと言っても……三人の浴衣姿が神々しい。
(うん。いい)
千景は黒を基調としたボタニカル柄の浴衣をチョイスしていて、頭の後ろで軽く結われた長い黒髪が色っぽい。
さくらは桜色ベースの華やかな浴衣に身を包んでおり、ソメイヨシノ色の髪も相まってどこか奥ゆかしさすら感じる。
つーちゃんは爽やかな白い浴衣をさらっと着こなしていて、お団子にまとめた金髪に簪を挿すというイキなお祭りヘアが眩しい。
抜群のセンスで浴衣を着こなす三人を眺めていると、思わず胸がときめいてしまう。
僕はというと紺色の甚兵衛に、雪駄という定番の装いだ。
普段は雪駄なんか履かないので、ちょっぴり歩きにくい。付け加えるなら、屋台が軒を連ねる通りは地元民でごった返しており、人波をかき分けて移動するのも一苦労だ。
「みんな、はぐれないようにね」
「おけいはんがそれ言います?」
「だね。ケイが迷子にならないか、そっちの方が心配だよ」
「二人に同意」
「あはは……」
つい苦笑が漏れてしまう。
みんな、僕のことをそんな風に思ってたんだ……。
「おっ。おけいはん、あれ見てあれ」
「あれ?」
つーちゃんの美食レーダーが屋台めしランキング一位のたこ焼きを探知したらしい。他にも、イカ焼きだったり、チョコバナナだったり、りんご飴だったり、と。夏祭りに欠かせない定番グルメが目白押し。
「たこ焼き食べたい人? 私買ってくんよ」
「あ、私も食べたーい」
「僕はいいかな」
「わたしもいい。固まると邪魔になるから、あそこの金魚すくいの前で待ってる」
「ほいほい、んじゃ並んでくんね」
つーちゃんがたこ焼きを買いに離脱し、僕と千景とさくらは金魚すくいの屋台へと場所を移す。
店の前でただ立ち話するのもなんだか気が引けたので、おっちゃんに声をかけ五〇〇円を払って金魚すくいに挑戦する。
「京君、できるの?」
「まあ見てて。――よっと」
おっちゃんから受け取ったポイを水に浸して、素早く金魚をすくい上げる。
ぼてぼてっと肥えた金魚がお椀の中に収まった。和紙の号数が6号や7号(薄くて破れやすいもの)ではなかったので、割と簡単に取れた。
「上手」
「意外だね。なんかケイってあんまり遊び慣れてないイメージだったから」
「小さい頃によくやったんだ。あかりと一緒にね」
「そっか。あかりちゃんも一緒に来れたら良かったのにね」
「仕方ないよ。あかりは受験生だし、夏期講習とかで忙しいから」
「受験シーズンって勉強しないと不安になっちゃうもんね」
「まあ、そうなんだけど……まだ受験シーズンには早い気がするんだよね」
うちの妹は頑張り屋さんだ。
中三の冬から受験勉強を始めた僕とは違って、夏からしっかり準備を進めている。備えあれば憂いなし、ということだろう。ただ、お祭りの雰囲気ぐらいは味わって欲しいと思ったので、あかりには前以て食べたいものをリストアップして貰っている。
「へいお待ち~! って、おわ、おけいはん金魚取ってたん?」
「うん」
たこ焼きのパックが入ったビニール袋をぶら下げたつーちゃんが合流。僕の右手の金魚袋に目をやって、へぇ、ほぇぇとアゴに指を当てて感心している。
「後で私にもキャッチの極意を伝授してちょ」
「つーちゃんも金魚が欲しいの?」
「んにゃ、そういうわけでもないけど……てか、そろそろ時間だし花火見に行こっか」
「さんせーい」
「京君。はぐれないように」
「……だから、迷子になったりしないって」
人混みを掻き分けながら、僕は三人の後ろについていく。
「お、ここ良さそうじゃん?」
「そうだね。ちょうど場所空いてるし」
「京くん、こっち」
三人の先導によって赴いた場所は見晴らしの良い高台だった。
四人揃ってベンチに腰掛け、屋台で買った食べ物をシェアしながら花火が打ち上がるのを待つことに。
甘じょっぱい焼きトウモロコシを齧りながら、しばらく待っていると、遠くの方でドンと大きな音が轟いた。
『おおおお……』
僕と三人の声がハモる。
色とりどりの打ち上げ花火が次々と弾けていく光景はまさに圧巻の一言に尽きる。やがてフィナーレがやってきて、空一面をカラフルな光が覆い尽くした。
僕たちはしばらく余韻に浸っていた。
また来年も四人で来たいな。なんてことを頭の片隅に思い浮かべながら……僕は今年の夏祭りを心行くまで満喫するのだった。
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