第35話 過去を清算する

 プチ同窓会当日。

 僕はやや緊張しながら、待ち合わせ場所である地元の焼肉屋へ向かう。


 集合時間は午後六時半、ということになっているので、今はその三十分前といったところだ。

 服装はシンプルにTシャツとジーンズである。

 あまりに気合いの入った格好をしていくのも変だと思うし。


 辺りはまだ明るいけど、これからどんどん日が落ちていくのだろう。


 夏とはいえ、六時頃になれば辺りは薄暗くなってくる。それにしても、まだ三十分もあるのになんか緊張してきた。


 心臓がばくばくしている。

 帰りたい。


 いや、でもここで帰ったら覚悟も何もあったもんじゃない。

 僕は大きく深呼吸をする。

 大丈夫。


 中は平日だというのに、すでに半分ぐらいは席が埋まっていて、ワイワイと盛り上がっている。

 クラス全員が集まるのは久しぶりのことらしく、みんなのテンションも高い気がする。

 僕は中へ入り、店員に名前を伝えると座敷席に案内された。


「やっほ京坂! 久しぶりじゃん!」


 そして、僕の姿を見つけた瞬間、西大路さんが駆け寄ってきた。

 相変わらず元気が良い人だ。


「お久しぶりです、西大路さん」


「その敬語やめてよー。星奈で良いよ、星奈で」


「いやでも……流石に」


「いーのいーの! アタシらもう友達じゃん!」


「と、ともだち?」


 ……よくわからないけど、そういうことらしい。

 

「へえ。確かに京坂君、変わったね」


「そう。前よりもいい感じになったよね」


 女子がわらわらと集まってきたかと思うと、一斉に僕を見てあれこれ話し出す。

 ……ちょっとこわい。


「京坂君、何か飲む?」


「あ、じゃあ……お茶で」


 答えながら席につくと、ようやく落ち着いてきた。


 中学の時同じクラスだった人達がすでに半分以上集まっている。僕はクラスの中心にいるようなタイプではなかったので、話したことのある人は片手で数えられる程度だ。


 それにしても待ち合わせ時間よりだいぶ早く来たけど、みんな僕より来るのが早かったのか?


 しばらく待っていると、残りのクラスメイト達も続々と集まってきて、あっという間に席が埋まった。


「京坂、緊張してる?」


 僕の隣に座った西大路さんが、そう尋ねてくる。


「ああ……うん。こういう集まりって新鮮だから」


 実際、緊張はしていた。

 ただ……席に着いた段階で慣れてきていたのもあった。


 みんながメニュー表を回し合っている。


「はい注目! 今日の幹事はアタシ、西大路星奈が勤めさせていただきます!」


 そう言って、西大路さんが立ち上がる。


 その姿を見て、男子が騒ぎ始める。


 キレイになったな、とかそういうの。

 

 確かに。改めて見ると、中学の時よりも美人になっているような……気はする。

 でもそれは女子全員に言えること。


 高校生になると、みんな垢抜けてくるのだろう。


 今日は集まってくれてありがとう、とか、こうして皆と会えるのも久しぶり、とか。


 西大路さんの挨拶が終わり、皆でドリンクを頼んで乾杯をする。


「京坂。今日はたくさん楽しんでってよね」


 そう言って、西大路さんはニカッと笑った。

 少しだけ男子の視線が気になったけど、僕も曖昧に笑う。


 その後はどんどんとお肉が運ばれてきて、網の上に並べられていく。


 なんというか、こっちの席は女子の比率が割と多い。

 男一人なのが僕だけ、というわけではないけど、ちらほらと男はいるものの女子が多めなのは事実だ。


 ……これはこれで、なんとなく居づらい。


 隣に座る西大路さんと目が合う。

 彼女は不意に笑った。


 ……なんだろう? その笑い方が、少し怖い気もした。

 

「京坂。この前連れてた女の子の話聞かせてよ」


「ああ。コスプレ会場のことかな?」


「そそ」


「友達だよ」


 網の上にお肉を乗せながら、答える。


「うっそ。あの金髪の子も? かなり親しげな印象だったけど」


 金髪の子。つーちゃんのことだろう。


「うん。仲良いよ」


「同じ高校、だよね?」


「そうだね」


「学校だと、あの金髪の子と一緒にいるの?」


「最近は一緒にいることが、多いかな」


「へぇー……もう一人の子は?」


 心愛のことかな。


「最近仲良くなりました」


「なるほど……ね」


 西大路さんが、僕を見つめながらニヤニヤしている。


「なに……?」


「別にー?」


 一体、なんだというんだ。


「京坂君、これ焼けてるよ!」


 お肉を焼いてくれていた女子がそう声をかけてくる。

 僕はお礼を言いつつ、そのお肉を受け取った。


 男子の集団が何やら騒いでいる。

 女子の誰かがそれに混ざって、わいわいと盛り上がっている。


 網の上には、まだまだお肉が並んでいる。

 西大路さんが話題を振ってくるので、僕はそれに答えつつお肉をひっくり返していく。


「京坂君って、彼女いるの?」


 お肉を裏返しながら、女子の一人がそう尋ねてくる。

 僕は顔を上げて、彼女の顔を見つめた。


「いや、いないよ」


「え? そうなの? この前、偶然だけど私服の女の子と二人で歩いてるの見たから、てっきりいるもんだと……」


「なにそれ? この前の子たち以外にも仲良くしてる子がいるってこと?」


 西大路さんが、食い気味に話に入ってくる。


「……そうだよ」


 僕は、やや迷ってから頷く。


「変わったね、京坂。中学の時はそんな様子なんてなかったじゃん。学校では誰とも話してなかったし」


 西大路さんは、なんだか少し嬉しそうにそう言った。

 僕は返答に迷う。

 

「星奈、それ京坂君には酷な話でしょ」


「え? なんで?」


「だって……ねぇ?」


 女子の一人が、他の女子に目配せする。

 なんとなく、そのやり取りだけで察することができた。


「全部、昔の話じゃん。ね、京坂」


 確かにそうだ。

 昔の話。

 西大路さんなりに、気を遣ってくれているのだろう。

 僕は無言で頷いた。


 そこからは、僕が話し出すのを待たずに、みんなが自分の話を始めてくれるようになった。

 僕と西大路さんはその流れに乗って、焼きあがったお肉を口に入れていく。


「なぁ、そろそろ席替えしねえ?」


 男子の一人がそう言った。

 確か国木田君。

 中学の時、クラスの中心にいた男子だ。


「もうちょっとこのままでよくなーい?」


「さっきもそれ言ってただろ星奈。お前さ、今さら京坂に気を遣っても仕方ないって」


「なにそれ、どゆこと?」


 国木田君の言葉に、西大路さんが首をかしげる。


「今頃になって京坂と仲良くしようとしても、もう遅ぇって話」


 そう言って、彼はちらりと僕を見てくる。

 なんだか嫌な目つきだった。


 西大路さんが何か言い返そうと口を開いたその時、男子の一人がまた言った。

 そして、それを皮切りにどんどん話が広がっていく。


「アンタらさ、もうちょっと空気読んだ方がいいよ」


「空気読むのはお前の方だろ。同窓会だってのに、そんなんで楽しいか?」


 男子と女子、それぞれが別のテーブルで言い合いを始める。

 何かがあったのか、それともなかったのか。

 少なくとも、さっきまでの和気あいあいとした空気は一瞬で消えてしまった。


 ……なんとなく、予想はついていたけど。


 その時、見慣れた顔が僕の方へ駆け寄ってきた。中岡君だ。

 ここでバイトしてたのか、と僕は思った。


「あれ京坂じゃん。何オマエ、こんなとこでも女たらし込んでんの?」


 彼は笑いながらそう言ってくる。

 僕は何も言わない。

 全員の視線が僕に集まる。


「学校でも千景や司とつるんで変なバイト始めたかと思ったけど、こっちでも同じようなことやってんのかよ。オマエ、ホント変わんねぇな」


 そう言って、彼は笑う。

 僕は何も言わない。


 その場の空気がどんどん冷めていくのがわかる。

 中岡君は続ける。

 ざわざわして、皆がこっちを見てる。


「店員さん、ちょっとお冷のおかわりください」


 西大路さんが中岡君に向かってそう言う。

 彼は面食らったような顔をした。


「けっ、いつも女に守られてんなぁ。ほんと、ダッセェ」


「キミも変わらないね。そうやって千景たちに執着してると、いつか本当に嫌われちゃうかもよ?」


 僕の言葉に、中岡君がたじろぐ。


「お、オマエ……」


「僕に難癖つけるのは構わないよ。でも、千景やつーちゃんやさくらのことを馬鹿にするのは許さない。変なバイトなんてしてないし、例えそうだとしてもキミにとやかく言われる筋合いはない」


 真っすぐに、僕は中岡君を見つめる。

 彼は言葉を詰まらせる。

 そして、しばらく睨み合った後、舌打ちして背を向け、去っていった。


 西大路さんが僕を見てくる。


「西大路さんも。僕に気を遣って場の雰囲気を悪くするぐらいなら、僕は構って欲しいとは思わない。僕がいない方がいいって意見がみんなの総意なら、僕は遠慮なく帰るよ」


 その言葉に、西大路さんはおろか、他の人たちまで目をそらす。

 どうやら、図星のようだ。


 すると、


「京坂、オメエまじで変わったな。男らしくなったわ」


 国木田君がそう言って、僕の方へ近づいてきた。

 彼は、僕の肩に腕をまわしてきた。


「なんか色々と悪かったな。ぶっちゃけ俺、オマエのこと根暗だと思ってたから、仲良くなろうなんて全然思ってなかったんだわ。でも、見直したわ」


 そう言って、彼は僕の背中をバンバン叩く。

 僕は驚いて何も言えない。


 国木田君ってこんな感じの人だったっけ?

 あ、でもこんな感じの人だったな。


「僕もキミとは仲良くなれないって思ってた。てか今も思ってる」


「はは、手厳しいな。でも言いてえことはわかる」


「アタシもごめん。なんか京坂のイメ―ジ、中学の頃のままだったからさ。もっとオドオドしてて、何も言えないヘタレだと思ってたんだよね」


 西大路さんが、そう言って謝った。


「あれは、なんていうか……貧乏の子って言われてたから少し腹が立って、ぶっちゃけ僕もみんなと仲良くなれないって思ってたから。口を利きたくなかっただけっていうか、まあそんな感じ」


 国木田君と西大路さんがきょとんと、顔を見合わせる。


「あぁ、それ言い出したの俺だわ……。悪かった、この通りだ」


 国木田君が頭を下げる。


「いいよ。それこそ過去の話だし」


「マジでごめんな。でもスッキリした。勝手だけどよ、オマエにそう言って欲しくて今日ここに来たのかもしれねえ」


「国木田君って変な人だね」


 西大路さんは笑い始める。

 他のみんなも、笑っている。


「うるせえ。で、さっき店員が言ってたあれはどういうことなんだ? あいつって同じ高校だろ?」


 国木田君が、興味深げに尋ねてくる。


「まあ、色々あってね。中岡君の言う事も一理あるっていうか、むしろ同じ事を思ってる人も多いんじゃないかと思うし」


「というと?」


「好きな人が三人いるんだ」


 僕がそう答えると、国木田君が笑い出す。

 意外だ、って顔をされた。


 隠すようなことでもないし、やましい気持ちで一緒にいるわけでもない。


 だから僕は、身体の関係を持ってしまっていることは割愛して、全てを正直に話した。リアルハーレムだ、なんてからかわれながらも、そんなおかしな話をみんなは面白がって聞いてくれた。


 過去を清算するってのは簡単ではない。

 でも、笑い話に昇華することはできる。


 千景やつーちゃんやさくらのおかげで僕も一歩ずつだけど、前に進むことができている。


 昔の僕とは違う、ということだ。

 それは大きな自信と確信だった。


 なんというか、プチ同窓会中にこんなことを思うのも失礼な話かもしれないけど、早く三人の顔が見たいな、なんてことを思ってしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る