第27話 海で3
「おかえり、京君」
「二人とも顔赤いぞ~」
砂浜に戻ると、さくらとつーちゃんが出迎えてくれた。二人ともTシャツを脱いだ状態で、準備万端といった様相を呈している。
「ケイにフラれた。慰めて」
ちょっと待った。意義ありだ。
「違うよ。フッてない」
「千景のことだから二人でどっか、遠くにいってみない? みたいなこと言ったんでしょ」
つーちゃんが珍しく冷静な分析をする。この短時間で他人の心の中を覗く超能力にでも目覚めたのか、内容が的確すぎて僕の方が驚いてしまう始末だ。
「まぁ、……そうだけど。でも本心だもん。今はこうして、一人ずつケイと過ごす時間を作れば問題ないけどさ、いつかは、って思わなくもない」
千景の本音に僕はなんて答えたらいいかわからず、黙り込んでしまう。
「京君と仲良くなってまだ数ヶ月。千景、焦りすぎ」
「そうそう、気楽に考えればいいんだって。四六時中、一緒にいるんだしさ」
二人が波長を合わせるようにして千景をなだめる。
千景は不満げに頬を膨らませながらも、一応納得はしてくれたようだ。
「次はわたし。一時間、わたしは京君のもの。さぁ、行こう」
さくらが僕の手を引いて歩き出す。
海面が日光を反射させて、キラキラと輝いている。その神々しい光を一身に浴びるさくらは……おとぎ噺の妖精さながらに可憐だった。
※
「千景は考えすぎるところがある。あまり真に受けない方がいい」
「でも、本気ってことも伝わってくるから。僕もみんなと一緒にいたいし」
「京君はわたしたちを手のひらのうえで転がして、楽しんでる」
「そ、そんなことしてないよ」
「冗談、わかってる。わたしたちは、京君といられればそれが一番楽しい。千景が焦るのも無理ない。でも大丈夫。わたしなりに筋道は立ててる。多分、近いうちに実現する」
「実現?」
「京君は、みんなを幸せにできる男だから。わたしが保証する」
落ち着けるところに腰を下ろしそんな会話を交わした後、さくらは僕の膝に頭を乗せてきた。
サラサラとした髪がくすぐったい。甘えたモードのさくらの頭を撫でながら、僕は波のさざめきに耳を傾ける。
「好きなときに触っていい。今、わたしは京君の物だから」
「もう触ってるよ」
「わたし、水着」
「うん」
「触るところ沢山ある。別に髪じゃなくてもいい」
「……さくらも積極的になったよね」
「京君が、そうさせた。責任をとって」
さくらは、僕の太ももの上で寝返りを打った。ビー玉のようなキラキラとした瞳に、魂の奥底まで射貫かれる。
「そんな目をされたら断れないよ……」
「うん。知ってる」
「さっき言ってたこと、本当なの?」
「うん、多分。……でも、もう少し時間が欲しい。少なくとも高校を卒業して京君が起業しないと難しい」
僕が起業……? できるかな?」
「できる。今の内から準備をすれば、きっと。京君ならできる」
どこからその自信がわいてくるのか、確信めいた語調でさくらはきっぱりと言い切る。僕よりもさくらの方が僕の可能性を信じてくれているらしい。
じわりと胸の奥に広がる温かさを堪能しながら、僕はさくらの手に自分のそれを重ねて指を絡めた。
「一世帯あたりの平均年収二六〇〇万円。わたしたちはそれを達成してる。京君さえ望めば、わたしや司や千景が、京君を支えてあげる」
「な、なんの……話してるの?」
「ドバイの話。一般男性でも最大四人までならお嫁さんを持てて、良い環境で子供を育てられるのが、ドバイ。日本よりもずっと住みやすい、楽園のような国。その代わり、お金がかかる。わたしたちの仕事はネットを使えば成立するから、どこにいてもやることは一緒。年収二六〇〇万円、京君がわたしたちを一生養うためには、それくらい稼げる力が必要」
まるで夢のような話だ。
「……なるほど。ありがとう、さくら」
「難しく考えなくていい。作品を出すプラットフォームがある限り、メロウの売上が下がることはまずない。同人サークルは成功すれば食いっ逸れない。わたしたちが京君を養うってのはそういうこと。でも、それだけだと納得できない理由が京君にはあると思うから」
僕が納得できない『理由』。
それは、みんなに甘えているだけじゃいつまで経っても恩返しができない、という僕自身の個人的な問題だ。そう。こんなものは私情だ。それでも必ず成し遂げるという強い想いが胸に宿る限り、僕は決して諦めたりはしないだろう。だがその手法も知らなければ道なりの険しさも今の僕には想像できない。
「さくらたちに比べると、まだまだ僕は子供だから……不安になるんだ。将来どうなるのか、どうすればいいのか。お金を稼ぐこと自体よりも、もっと大事なことだってあると思うし。でも、妹の学費を稼ぐって決めたときに、現実はそう単純じゃない、お金も必要だって思い知った。でもやることが決まれば、シンプルかな。なんとなく、道が見えてきた気がする」
「……シンプル?」
「あ、いや……その、みんなの為なら何だってできる気がするんだ。時間もできたし……その、バイトのおかげで勉強に必要なものも揃えられた。だから、うん。やってみる」
僕が確固たる思いを吐露すると、さくらは絡め合った手に力を込めてきた。
「京君。それは不意打ち。変な気分」
「へ……あはは。さくらが千景みたいなこと言うなんて」
僕は思わず笑ってしまう。
「今のはかっこよかった。可愛いじゃなくて、かっこよかった。する?」
「こ、ここで……?」
「その反応だと千景とはしなかったんだ。せっかく水着なのに、千景も甘い。京君のアゲマンはわたし」
アゲマンって……。その独特な言い回しには淫らな意味が含まれていたけれど、普段のさくらなら決して口にしないワードだけに、アダルトさよりも微笑ましさが勝ってしまう。
ツボに入るとしばらく笑ってしまいそうなので、そうなる前にさくらの想いに応えておくとしよう。
さくらの腰に手を回して半身を起こさせると、言葉もなしに互いの唇が触れ合った。
唇と唇が触れるだけの軽いキス……でも胸を圧迫するこのドキドキは最終コーナーで差しにかかる競技馬のように、僕の心臓の鼓動を加速させる。
数秒、いや十秒ほどだろうか、ちゅぅ……と、唇を押し付け合った僕たちはどちらからともなく、ゆっくりと離れた。
「砂、熱くない? 僕が下に行こうか」
「ううん、このままがいい」
「そっか」
「うん」
僕はさくらの首筋に顔を埋めた。磯の香りと、さくらの甘ったるい匂いが混ざっていて……とても落ち着く匂いだった。
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