第28話 海で4
テントに戻ると、よっ、ほっ、とつーちゃんがストレッチをしていた。
屈伸や柔軟体操を淡々とこなしている。最後はつーちゃんとの二人きりのデートだけど、何をしようとしてるんだろう。
デニムのショーパンを脱いでビキニボトム姿になったつーちゃんは、僕に視線を向けた。
「おかえり、おけいはん。桜子。お散歩楽しかった?」
僕は少し考えてから、答える。
「うん、楽しかったよ」
「楽しかった。司も楽しんできて。千景はどうしたの?」
「日和さんを起こしにいくってさ。流石に晩ごはんはみんなで食べたいし」
「把握。じゃあ京君をよろしく。わたしはテントの中でちょっと寝る」
さくらは少し疲労の色が見える。
でも、その表情は満足げだ。
さっきまで激しめの運動をしてたから、仕方ない。かくゆう僕も体力はほとんどないから、さくらと同じで疲れてる。
でも、ちゃんとつーちゃんを楽しませてあげないと。
砂浜を移動しながら横目に映る、つーちゃんの水着姿。
オフショルダータイプの水色のトップスに、同系色のビキニボトムの組み合わせだ。金色の髪が、水色にとても映える。
つーちゃんはモデルさんみたいな体型だ。
足はすらりと長いし、お尻の形だって綺麗だし、胸は……まあ二人に比べて、ちょっとだけ小ぶりかもしれない。でも、それがいい。
おっぱいに関してはさくらや千景が規格外なだけで、つーちゃんも十分魅力的だ。
キラキラしてる。
僕なんかには勿体ない、眩しい笑顔。
つーちゃんが髪を染めてからというもの、僕はつーちゃんばかり見ている気がする。
髪色ひとつ変わるだけで、女の子はここまで変わるのか、と感心する。
もちろん見た目は変わっても、中身は一緒なのだけれど。
「おけいはん、じっと見すぎ。視線がいやらしい」
「水着のつーちゃん可愛すぎるから、つい……」
僕の言葉に、つーちゃんはまんざらでもなさそうに笑う。
波打ち際を一緒に歩きながら、他愛もないことを話す。
それはとりとめのない内容だったけど、楽しかった。
つーちゃんが僕の腕をとりながら、聞いてくる。
「千景と桜子と何話したの? 将来みんなで一緒に住もう的な?」
「……まあ、そうだね。そんな感じの話」
「はぁ。うちらまだ高校生なんだしさ。おけいはんも考えすぎない方がいいよ、そんな先のこと。普通の学生は結婚とかそこまで考えてないって。最近はほら今が楽しければいいって子も多いじゃん? おけいはんが一人で背負うことないんだって」
「普通はそうなんだと思う」
「お、なんか含みがある言い方。聞かせてみ?」
僕の腕に自分の腕を絡めながら、つーちゃんが聞いてくる。
夕日が眩しい。もうすぐ日が暮れる。
ちょっとだけノスタルジックな気分になりながら、僕は考えていたことを話した。
「出会ってまだ半年も経ってないことは僕だって知ってる。でもつーちゃんや千景やさくらには時間だけじゃ計れない、大切なものをたくさんもらったから。僕も、みんなに何かを返したいと思ってる。それに……」
「それに?」
「こんなに、可愛い子たちに……好意を示してもらえて、それで頑張れなかったら、僕は男じゃないと思う。頑張るじゃなくて自然と頑張れるんだ。だから気にしなくていいよ。勿論、僕のこと重たいって思ったら離れてもらって構わない。決めるのはつーちゃん達だからね」
これは紛れもない僕の本心だ。
つーちゃんは茜色に染まる海の方へと顔を背けながら、左手で横顔を隠した。
隙間から覗く、その頬は、赤い。
きっと夕映えのせいじゃない。
しばらくの沈黙の後、つーちゃんはぽつりと呟く。
「……おけいはんズルいぞ。これ以上私をチョロくしないでよ」
「つーちゃんはチョロいの……? 僕はまだその、他の女の子と深く付き合ったことがないから……よくわかんないんだけど」
「私はノーマルっちゃノーマルかな……、女の子って理想主義だから……さ。イケメンに優しくされるとか、モブっぽいけど実は性格イケメンな人に出会うとか、王子様イベントっていうの? そういうロマンチックなのが好きなわけ。だかんさ、ちょっとでもそれに近いことが起こると、ああこの人は運命の人なんだぁって思っちゃうものだし、うん、私は多分、普通なんだと思う……。でもおけいはんは、なんていうかこう……ずるい」
「ズルい……かぁ、良い意味でなら嬉しいかな」
「もぉ……そういうところが、ずるいんだってば。でもさ、私たちが可愛いから頑張るってのは消費期限付きでしょ? 歳をとれば、どんどん魅力は衰えていくわけだし。……勿論、美容にはお金を惜しまないつもりだけど、容姿どうこうでうちら三人をお嫁さんにしたいって思ってるなら……嬉しいけど、多分無理があるよ」
じゃっかん食い気味で、つーちゃんは言う。
この関係は時間制だとそう思っているのだろうか。
でも違う。少なくとも、僕は同じ時間を過ごすなら四人で一緒にいたいと考えているつもりだ。
だから僕は、はっきりと自分の気持ちを口にする。
「むしろ……僕がおじいちゃんになっても仲良くしてくれると嬉しい。僕は、つーちゃんや千景やさくらとずっと一緒にいたい。叶わない夢かもしれないけど、その夢を実現させたいと思うことを許して欲しい」
「……やだ、もう。そういうの反則だから」
「つーちゃん?」
「げ、現実はそう甘くないかもよ。例えば、ほらあそこに見えてるおっきい岩。あそこまでかけっこしたら、私が絶対に勝つ。もしおけいはんが負けたら夢は叶わない、みたいな。そういうのあるかもしれないじゃん」
なるほど。
つーちゃんは三人の中で一番、現実主義だ。だから、こういうイベントやジンクスにはこだわりを持っているのだろう。
さっきストレッチしてたのも、この展開を予想して、体を温めていたのかもしれない。
でも、見くびらないで欲しい。僕だってそこそこ鍛えてる。
……もちろん、つーちゃんの方が足は早いだろうけど、やり方によっては、勝てるかもしれない。
「同着なら僕の勝ちでいい?」
「マジでする気? やるならガチでするよ私」
「わかってる。だからこうするんだ。じっとしてて」
僕はつーちゃんをお姫様抱っこして、岩場まで走っていく。け、けっこうキツイ……。
「ちょ、お、おけいはん……」
「じっとしてないと危ないよ。落とさないから安心して」
……まあ、正直言うと、つーちゃんが暴れると普通に落としそうなんだけど。
ちょっと危なかったけど、無事に岩まで駆けることが出来た。
「……はぁ、はぁ……僕の勝ち、だね」
つーちゃんを下ろして、息も絶え絶えに言う。正直、かなりしんどい。
僕は膝に手をつきながら息を整えるが……つーちゃんはぽかんとした表情のまま動かない。
「オラオラ系……まで、いかなくても、これはこれで……。いや、でも……おけいはんがそんなアグレッシブな子なんて……」
ブツブツぶつくさと小声で何かを言うつーちゃん。
「やっぱ……おけいはんはズルい」
「今のは確かにズルしたかも。でも絶対……実現させるから僕にチャンスをください」
「わ、わかったって……信じる。もう駄々こねない。おけいはんの夢……私も叶えたい」
夕日の茜色で、よくわからないけど、つーちゃんは少しだけ涙目になっているようにも見えた。
僕は思わず、つーちゃんを抱きしめる。
腕の中の小さな肩が、ぴくん、と震える。
心臓が高鳴る。でもそれはどっちの鼓動の音だろう。
お互いを抱きしめあっている今の状況にドキドキしているのか、それともこれから訪れる未来のことでも想像してドキドキしているのか……多分両方だ。
「ね、おけいはん……いまいうのは絶対、場違いだと思うけど……」
「ん?」
「猫耳か、ウサ耳ならどっちが好き……?」
「な、なんの話?」
「いいから、どっち? はやく」
「猫耳かな……?」
「来週……心愛とコスプレのイベントにいく、んだけど……。おけいはんが望むなら猫耳つけてく……。な、夏コミほど大きい会場じゃないんだけどね、一緒にいって……くれる?」
僕は無言でつーちゃんを強く、強く抱きしめる。
どういう話の流れでこの話題が出てきたのかわからないけど、つーちゃんが僕を喜ばせようとしてくれているのだけはわかった。
コスプレ、か。
猫耳姿のつーちゃんを想像するだけで、胸が熱くなる。
絶対可愛い。
「行く」
「そ、そか……よかったぁ。断られたら、どうしようかと思ってたし」
「そんなこと思ってたの? 僕はつーちゃんにお願いされたら、どこへだって行くつもりだけど……」
「そ、そんなのわかんないじゃん。コスプレって結構、アレだし……。マニアックなジャンルだし……。お、オタクってアレじゃん……?」
僕がそういうのに偏見を持ってるなら、つーちゃん達の同人サークルの手伝いなんてしてないと思うけど。
まあ確かに、つーちゃん達が描くような特殊なジャンルの漫画は、僕の知識にはないけど……。
でも、偏見なんてない。
つーちゃんが好きなものなら、きっと僕も好きになれるはずだから。
だから僕は笑顔で言う。
「遠慮なんかしなくていいよ。僕だって、好きな人と一緒にいたい」
「おけいはんのバカ……私より恥ずかしぃこといってんじゃん」
ちょっとだけ頰が熱い。
それは夕日のせいだということにしておこうと思う。
そして僕たちは抱き合いながら笑うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます