絡み盛り編
第29話 白と黒のコスプレ
先日の海での出来事は、僕に前へ進ませるのに十分すぎるほどの勇気をくれた。
夢のようなバイトをしながら三人に甘えてる現状は何一つ変わらないんだけど、まずはできることからコツコツと。
僕は僕なりの方法を模索して、みんなに恩を返していきたいと思っている。
自分の時間とみんなの為に使う時間。その二つ時間の質を向上させながら、着実に前進していくつもりだ。
とはいえ時間は有限だし、なるべくスピード感を持ってレベルアップをしていきたい。目標という名のゴールテープは遥か先だけど、努力を惜しまず邁進していくつもりだ。
そんな意気込みを胸に秘めながら、僕はコスプレのイベント会場へと足を踏み入れた。
いやもっと他にやることがあるだろ、というツッコミは一旦無視することにしよう。僕にとって、つーちゃんとの約束は最優先事項なのだ。
猫耳を生やしたつーちゃんのエッチな格好を拝みたいとか、そんな邪な気持ちは一切ない……いや、好きな人のコスプレを拝みたくないというのはそれはそれで失礼な気がする。うん。
正直、見たいです。はい。
(そういえば……心愛も来るんだよね)
心愛とは夏休みに入ってからしばらく会っていないので、暴走して過度なスキンシップをしてこないか、ちょっぴり心配だ。それに心愛はTPОをフル無視しそうなタイプなので、コスプレイベントという、つい羽目を外してしまいがちな催しに乗じて、予想の斜め上を行く衣装を用意してくるのではないかと、気が気でない。
(……あ、いた)
つーちゃんと心愛は会場の入り口付近で僕を待っていてくれたらしい。
「ういーっす、京坂ちゃん」
「おっす、おけいはん」
「ごめんね。待った?」
「ぜーんぜん、さっききたとこだし。ね、司?」
「そゆこと。んじゃ行きますか」
「うん」
白ギャルと黒ギャル、二人に挟まれて歩く僕を、周りの人達は奇異の目で見つめている気がする。
心愛もつーちゃんもTシャツとデニムというシンプルな装いだけど、この組み合わせはやはり目立つのか。白い肌と、小麦色の肌。ロングストレートの金髪と黒髪という、ダブルギャルの存在感は否が応でも他を圧倒してしまうようだ。
「きょ、京坂ちゃん♡はすはすしていい?♡」
「やめい心愛。おけいはんにあんまくっつくな」
「つーちゃんも抱きつかないで。歩きづらい……」
「両手に花なんだしいいでしょ。てか心愛、あんた勝負に負けてるんだから本来夏休みはおけいはんと遊ぶこと出来ないんだからね」
「はぁ? 司ってさ頭カタいとこあんよね? あたしは京坂ちゃんラブなわけ♡一緒にいるとき甘えんのは当然っしょ」
「……二人とも、目立つから、もう少し声のトーンを……」
恥ずかしい、というより視線が痛い。
美女二人を侍らせやがって、という殺意めいた視線が入り混じっている気もする。
「やっばぁ、けっこーおっきい会場じゃん♡あたしのコスプレ姿に会場中のオス共、釘付けっしょ♡」
建物の中は広々としている。
「おけいはん、これが心愛の本性だから。おけいはん一筋とか言っておきながら、他の男に尻尾振って媚び売る気なの見え見えでしょ?」
「情報操作やばくない? あたし京坂ちゃん以外の男の連絡先ゼンブ消したんですけど。それでもしつこく連絡寄越してくる奴いたから、そいつらもまとめてブロックしたんですけど」
「まぁまぁ、二人とも」
「あんたその程度でおけいはんに振り向いてもらえると思ってんの? 余罪って知ってる?」
「それを裁くのは京坂ちゃんじゃんか。司には関係ねーし、てか京坂ちゃんにならあたし何されてもいいし♡ね、京坂ちゃん、あたしの人権無視して犬みたいに飼って♡首輪つけて四つん這いにさせて、わんって言わせて♡」
「バカとは会話が成り立たないとはこのとこね」
「……あはは」
僕は苦笑しながら、二人の会話を受け流す。
場内には既にコスプレ衣装に身を包んだ人が沢山いた。
中には有名なアニメやソシャゲのキャラのコスプレをしている人もいて、こういう催しに慣れてない僕は思わず目を奪われる。
つーちゃんによると、この手のイベントは開催が不定期かつチケット制で、今回は運良く取れたそうだ。
開場時間(一般のお客さんが入場する時間)まで、まだ三十分ほど時間がある。僕たちはそのまま更衣室に向かい、予め用意していた衣装に着替えることにした。
僕はコスプレ初心者なので、衣装はつーちゃんに選んでもらった。
黒コートを主体とした紳士服。ところどころ中二心をくすぐられるデザインだ。早々に着替えた僕は更衣室を後にして、待ち合わせの場所へと向かった。
二人はお化粧とか色々あるらしいので、けっこう時間がかかるとのこと。
四つの区画のうちの一つのブースで待っていると、四人組の女の子たちが僕に声をかけてきた。
「それ、シェルのコスですか?」
「闇の執事って感じする。可愛い」
「お写真いいですか? お兄さん、めっちゃ二次元な顔じゃん」
「あ、いや……その、ありがとう……ございます」
な、なんだなんだ。
突然のことに、僕は動揺が隠せない。この格好がシェルというキャラのコスプレだということはなんとなくわかったけど、髪をセットしたわけでもないし、二次元の顔に寄せるようなメイクだって施してないわけで……
「あたし、お兄さんとツーショット撮りたいなー」
「ずるーい、私もー」
「はぁ。あの……その……」
急な展開にどう対処していいかわからずにオロオロしていると、場慣れ感が半端ないお姉さんが僕の腕を引っ張ってくる。
「ほらほら、一緒に写りましょ? あ、私こういうものです」
名刺に書かれた内容を見て、僕はギョッとする。
プロダクション? ……事務所の名前が書いてある。
この人、もしかしてモデルさんとかなのかな……。僕の動揺が伝播したのか、お姉さんはさりげなく名刺を引っ込める。
「まあ、今日はお友達と来てるんで、お仕事のコスプレじゃないですよ? 私のことご存じですか?」
「すみません……名前とかはちょっと……」
「レミ、玉砕してんじゃん」
「ウケる」
「そ、うですか……お兄さんもしかしてコスプレ興味ない感じですか?」
はい。と即答したい気分だけど、この格好でそれを口にするのはなんだかご法度な気がする。
あたふたしてると、僕の前にさっと二つの人影が割って入った。
つーちゃんと心愛だ。二人とも露出度の高い装いで、つーちゃんは頭部から猫耳を、心愛は犬耳をつけている。お尻には尻尾まで生えていて、その変身ぶりときたら可愛いの三文字だけでは到底語り尽くせない、男心を昂らせるクオリティを誇っていた。
(し、刺激的な格好だなぁ……)
「あのすみません、この子うちらのツレなんで」
「危なかったね京坂ちゃん♡あっちのブースいこ♡ほら早く♡」
つーちゃんがレミさんとの間に立ってガードし、心愛が僕の手を引く。
「い、いまの子たちめっちゃ可愛くなかった?」
「レミほら行くよ。勝ち目ないって」
「だ、黙ってて……。はぁ、反応も可愛かったんだけどなあの子……」
レミさんと周りの子たちがひそひそとそんなことを言い合っていたけど、僕は無心で聞き流すことにした。
これ以上、つーちゃんと心愛の機嫌を損なうのはマズい気がする。
それにしても目のやり場に困る。つーちゃんと心愛の格好は闇の執事なるアニメに登場する猫人と犬人のコスプレらしく、その二人を従えてるのがシェルというキャラクターらしい。
補足すると、背丈や顔が僕に似ているとのこと。
なるほど。ようやく状況を飲み込んだところで、つーちゃんと心愛にジト目を向けられていることに気づく。
「ご主人様、さっき鼻の下伸ばしてたかにゃ」
「ご主人様は節操がないワン♡」
「……その語尾はなんなの二人とも」
「おけいはん。次他の女の子にデレデレしたら、まじ許さないにゃ」
「珍しく司と意見があったワン」
僕があの四人組にデレデレしていたって?
それはなんというか早計というか、僕はただ戸惑ってただけなんだけどなぁ。
などと言い訳する暇もなく、つーちゃんと心愛は僕の手を引いてずんどこブースの中を進んでいく。
はぁ。
てか、その語尾……もしかして今日一日続くの?
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