絡み盛り編

第29話 白と黒のコスプレ

 あの海での出来事は、僕に前へ進ませるには十分すぎるほどの勇気をくれた。

 ……夢のようなバイトをしながら、三人に甘えてる現状は何一つ変わらないんだけど。


 まずはできることからコツコツと。

 僕は、僕なりの方法で彼女たちに恩を返していきたい。


 自分の時間と、みんなの為に使う時間。

 その二つを両立させながら、自分なりのペースで進めていこう。


 時間は有限だから、なるべく早く進めるように努力したい。


 そんな風に考えながら、今日僕はつーちゃんとの約束を果たすために、イベント会場へと向かうのだった。

 心愛も来る、とのことだけど……大丈夫なんだろうか。


 夏休みに入って一週間ほど会ってなかったから、過度なスキンシップとかされなければいいんだけど……。


 つーちゃんと心愛は僕を駅で待っていてくれた。


 白ギャルと黒ギャル、二人に挟まれて歩く僕を周りの人達は奇異の目で見つめている気がする。

 

 どっちもTシャツとデニムというシンプルな格好だけど、やっぱり目立つなぁ……。

 素材が良すぎるというのも考えものだ。


 白い肌に長い金髪、褐色の肌にロングストレートの黒髪という組み合わせは、かなり人目を引く。

 

「きょ、京坂ちゃん♡はすはすしていい?♡」


「やめい心愛。おけいはんにあんまくっつくな」


「つーちゃんも抱きつかないで。歩きづらい……」


「両手に花なんだしいいでしょ。てか心愛、あんた勝負に負けてるんだから本来夏休みはおけいはんと遊ぶこと出来ないんだからね」


「はぁ? 司ってさ頭カタいとこあんよね? あたしは京坂ちゃんラブなわけ♡一緒にいるとき甘えんのは当然っしょ」


「……二人とも、目立つから、もう少し声のトーンを……」


 つーちゃんと心愛は楽しそうにじゃれ合いながら、僕の両サイドを歩く。

 僕は二人の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。


 心愛はご機嫌だ。

 まるで子犬みたいに僕の腕や脇腹に顔を擦りつけてくるので恥ずかしいけど……。


 駅前でタクシーに乗り、会場近くの駅へ移動する。

 ここから会場に向かう人の数は多くて、僕たちはそのまま流れに身を任せる形で、移動していく。


「やっばぁ、けっこー会場おっきくね?♡あたしのコスプレ姿に会場中のオス共、釘付けっしょ♡」


「おけいはん、これが心愛の本性だから。おけいはん一筋とか言っておきながら、他の男に尻尾振って媚び売る気なの見え見えでしょ?」


「情報操作やばくない? あたし京坂ちゃん以外の男の連絡先ゼンブ消したんですけど。それでもしつこく連絡寄越してくる奴いたから、そいつらもまとめてブロックしたんですけど」


「まぁまぁ、二人とも」


「あんたその程度でおけいはんに振り向いてもらえると思ってんの? 余罪って知ってる?」


「それを裁くのは京坂ちゃんじゃんか。司には関係ねーし、てか京坂ちゃんにならあたし何されてもいいし♡ね、京坂ちゃん、あたしの人権無視して犬みたいに飼って♡首輪つけて四つん這いにさせて、わんって言わせて♡」


「バカとは会話が成り立たないとはこのとこね」


「……あはは」


 僕は、二人の会話を苦笑いで流す。

 イベント会場には既にコスプレ衣装に身を包んだ人が沢山いた。


 中には、有名なソシャゲのキャラのコスプレをしている人もいて、僕は目を奪われる。

 つーちゃんによると、このイベントは開催が不定期かつチケット制で、今回は運良く取れたそうだ。


 開場30分前くらいに着いた僕たちは、そのまま更衣室に向かい、着替えることにした。

 といっても僕はコスプレ初心者なので、つーちゃんに選んでもらった紳士服に、黒コートという格好だったけど。


 男性用の更衣室はそこまで広くはなく、ロッカーが並べられていた。

 人もあまりいない。

 

 早々に着替えた僕は待ち合わせの場所へと向かった。


 二人はお化粧とか色々あるらしいので、けっこう時間がかかるとのこと。

 四つの区画のうちの一つのブースで待っていると、四人組の女の子たちが僕に声をかけてきた。


「それ、シェルのコスですか?」


「闇執事って感じする。可愛い」


「お写真いいですか? お兄さん、めっちゃ二次元な顔じゃん」


「あ、いや……その、ありがとう……ございます」


 突然のことに、僕は動揺が隠せない。

 シェルって誰……?

 

「あたし、お兄さんとツーショット撮りたいなー」


「ずるーい、私もー」


「……え、あの……その……」


 僕はどう対処していいかわからずにオロオロしていると、一人の女の子が僕の腕を引っ張ってくる。


「ほらほら、一緒に写りましょ? あ、私こういうものです」


 名刺に書かれた内容を見て、僕はギョッとする。

 ――プロダクション? ……事務所の名前が書いてある。

 この人、もしかしてモデルさんとかなのかな……。


 僕の動揺が伝わったのか、女の子は名刺をさりげなく引っ込める。


「まあ、今日はお友達と来てるんで、お仕事のコスプレじゃないですよ? 私のことご存じですか?」


「すみません……名前とかはちょっと……」


「レミ、玉砕してんじゃん」


「ウケる」


「そ、うですか……お兄さんもしかしてコスプレ興味ない感じですか?」


 レミと呼ばれた女の子は、僕の反応があまりよろしくなかったので、少し残念そうだ。

 あたふたしてると、僕の前にさっと二つの人影が割って入ってくる。


 つーちゃんと心愛だ。


 二人とも水着みたいな……格好で、つーちゃんは猫耳、心愛は犬耳、どっちも尻尾をつけている。


「あのすみません、この子うちらのツレなんで」


「危なかったね京坂ちゃん♡あっちのブースいこ♡ほら早く♡」


 つーちゃんがレミさんとの間に立ってガードし、心愛が僕の手を引く。

 二人とも怒ってる……気がする。


「いまの子たちめっちゃ可愛くなかった?」


「レミほら行くよ。勝ち目ないって」


「だ、黙ってて……。はぁ、反応も可愛かったんだけどなあの子……」


 レミさんという子が、ぼそぼそと何か呟いていたけど、僕の耳には届かなかった。

 おもにつーちゃんと心愛に引っ張られて、その場を後にしたから。


 それにしても目のやり場に困る。

 つーちゃんと心愛の格好は闇執事に登場する猫人と犬人のコスプレらしく、その二人を従えてるのが執事のシェル、つまり僕はそのシェルというキャラクターのコスプレをしているというわけだ。


 二人から説明してもらって、ようやく状況を飲み込んだところで、つーちゃんと心愛がじとーっとした目で僕を見ているのに気がついた。


「ご主人様、さっき鼻の下伸ばしてたかにゃ」


「ご主人様は節操がないワン♡」


「……その語尾はなんなの二人とも」


「おけいはん。次他の女の子にデレデレしたら、まじ許さないにゃ」


「珍しく司と意見があったワン」


 ……どうやら、二人には僕があの四人組にデレデレしていたように見えていたらしい。

 戸惑ってただけなんだけどなぁ、などと言い訳する暇もなく、僕は二人に連れていかれた。

 

 てかその語尾……今日一日続くの?

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