第30話 連行
イベント会場の東のブースに移動した僕達は、壁ぎわに備え付けられたベンチに座っていた。つーちゃんと心愛は僕にぴったりとくっついて離れようとしない。慣れというのは人類最強の加護なのか、周りの目も特に気にならなくなってきた。
「写真撮影しなくていいの?」
「するけど、悪い虫が寄り付かないようおけいはんにマーキングしとかないと」
「そゆこと♡京坂ちゃんあぶなかっしぃからさ、あたしたちのだってわかるようにしとかないと♡」
「なるほど、だからさっきからやたらベタベタしてくるんだね」
「ベタベタいうなし。おけいはんだって鼻の下伸ばしてるくせに」
「それは、その……。認めるよ。つーちゃんと心愛が可愛いから」
「はすはす♡京坂ちゃんがあたしにもデレてくれた♡司も聞いてたっしょ?♡今の♡」
「あんたのはお世辞。私が可愛いってのは周知の事実」
「はいストップ。今日はケンカしない。さっき言ったでしょ、僕は二人の笑った顔が見たいんだから」
我ながらキザなセリフを吐いてしまったと自嘲していると、つーちゃんと心愛は頬を紅潮させてそっぽを向いた。
……いや、ここは突っ込むところだと思うけど。
「お、京坂じゃん。やっほー」
突然、そんな声が飛んでくる。
声のした方に視線を移すと、そこには中学時代の知人が立っていた。
こ、これは、ボディースーツというやつなのか? スーパーロボットに搭乗するパイロットのような、ボディラインがくっきりと出るタイプのコスプレ衣装を纏った女子が、僕たちの方へと歩み寄ってくる。
「に、西大路さん? どうしてここに?」
「それはこっちのセリフー」
つーちゃんと心愛の表情が一瞬で曇る。
その反応はわかりやすぎるので、やめていただきたい。
「てかウケる。京坂、彼女いたん? しかも二人も」
西大路さんはケラケラと笑いながらも、興味津々な様子でつーちゃんと心愛を眺めている。
状況が状況なので強く否定したりはしないけど、そのジョークは笑えないよ?
中学の時の同級生であり、僕とは接点があまりない。彼女は一言で表すなら、コミュ力オバケが妥当だろうか。
ウェーブのかかったアッシュグレーの髪に、マツエクで縁取った大きな目。大人びた顔とメリハリのあるスタイルも健在のようで、中学時代はそのリア充然とした風采と人懐っこい性格も相まって、男子からも女子からも人気があった。
「ふーん、へー。彼女さん、めっちゃ可愛いじゃん。ミキャンとリワンのコスプレとかウケる。しかもめっちゃ似合ってるし」
「おけいはん、この子ダレ?」
「ぁぁ、えと、西大路さん。中学のときのクラスメイト」
「紹介ざつー、結構絡みあったじゃんうちら」
そんなにはない、本当に……。
中学時代、僕は一人でいることが多かったから。
「あんさ、お邪魔なんすけど。あたしら京坂ちゃんとデート中なんでぇ、空気読んで消えてくんない?」
「心愛、失礼だよ。……すみません、西大路さん」
西大路さんは心愛に睨まれても、どこ吹く風でにこにこしている。
相変わらず、底が知れない人だ。とにかくこの場は適当に話を切り上げて、早くこの場を立ち去るのが吉だろう。などと僕が考えていると、
「お邪魔みたいだし行くね。あ、そだ京坂さ、プチ同窓会のチャットグループって入ってたっけ?」
「プチ同窓会……?」
「おな中の元三年三組で、集まろうーってやつ。企画してるのアタシなんだけど、グルメンに京坂いたかなーって。ま、いなかったら招待しとくー。じゃあにぃ」
言いたいことを言い終えたという風に、西大路さんはひらひらと手を振りながら去っていく。
「来なけりゃよかった。今日はおけいはんに女の影ちらつかされてる気がする」
「つ、つーちゃん。西大路さんはそういうのじゃないよ」
「さっきも知らないレイヤーさんに話しかけられてたもんね♡京坂ちゃん、モテ期が来るにしても空気を読もうか♡」
「なんかごめん。今日は帰った方が……いいかな」
僕がしょんぼりと肩を落とすと、二人は慌てて首を横に振る。
「ご、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないんだって。てかもう、この場所長居するのはヤバい気がする」
「んじゃさ、あたしのマンションくる?♡もち親いない方で♡」
「それって、おけいはんを拉致したとこ……?」
「ま、まあその件はほら、ね♡あの部屋広いし個撮とか余裕じゃん?♡司だって京坂ちゃんに写真撮って欲しいっしょ?♡」
「おけいはんに写真を? うーむ……それは妙案かも」
妙案ねぇ……イヤな予感しかしないけど。
つーちゃんと心愛は僕の心情などお構いなしといった風に、ひそひそ話を始める。
「二人とも……個撮って何かな?」
苦笑しながら二人の会話に割り込んでみるも、回答はなし。
「あの部屋、コスプレ衣装もいっぱいあっから、京坂ちゃんの好きなやつも絶対あんよ♡」
「行こっか、おけいはん。早くしないと日が暮れちゃう」
「何をするかだけ言ってよ……」
抵抗虚しく、いや抵抗という抵抗はしてないのだけど、僕はつーちゃんと心愛に連行されるような形でイベント会場を後にするのだった。
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