第31話 各々が考える時間

 西大路星奈と京坂京の接点は、ほとんどない。

 京坂といえば、そもそもクラスメイトと絡むことがほとんどなく、話しかけてもせいぜい二言、三言程度としか話さないので、クラスメイトとの絡みがほぼ皆無と言ってもよかった。

 一方で、星奈は男女問わず友達が多く、クラスメイト以外ともそれなりに交友関係があった。


 そんな二人なので、接点らしい接点があるとすれば、プリントを回したり、班分けのときに同じグループになったりした程度のものだった。

 だから、星奈にとって京坂はただのクラスメイトに過ぎなかったし、それ以上の認識はなかった。

 

 ただ、クラスで少し浮いている存在ではあったと記憶している。

 貧乏の家の子。京坂は、そう揶揄されていた。


 父子家庭だったか、なんだったか、定かではないけど。

 とにかく、京坂には母親がいないらしいと噂されていたのだ。


 だから、貧乏で、孤立していて。

 友達もいなくて。


 可哀想だなーと、思った記憶がある。

 そんな京坂がコスプレ会場にいて、しかも女の子二人とイチャイチャしているのを見て、星奈は驚きを隠せなかった。


 星奈は、京坂が学校で孤立しているのは、家庭の事情が原因だと勝手に思っていた。

 しかし実際はそうではなかったらしい。


 中学生、という多感な時期において、家庭環境の違いをバカにするというのは、往々にしてある。

 そして京坂は、そういうバカにされる側にいた。


 陰口を叩いてない人間も、腫れ物に触るような扱いを京坂にしていて。

 仕方のないことだとも思った。


 だが高校生になって、コスプレ会場で京坂と再会したとき。

 星奈は、自分の認識が間違っていたことに気づかされた。


 京坂は、自分自身の力で環境を変えたのだろう。

 貧乏だとか、ボッチだとか、そういう子供じみた差別をしない、友達? 恋人? を、一人ならず二人も見つけて。


 とにかく、京坂は高校生になって居場所を見つけていたのだ。


 眩しい笑顔だった。

 特に意識もしてなかったはずのクラスメイトに、星奈は強く興味を惹かれた。


 今まで、京坂に感じていた、可哀想という感情。

 それは、星奈が勝手に想像しただけの京坂像であり、それを押し付けられた京坂は迷惑だったかもしれない。


 だから、せめてこれからはもっと優しくしようと思う。

 星奈は、そう心に決めた。


――それが京坂京にとって、悪意のある優しさであることに気づかないまま。



 ※



 つーちゃんと心愛に連行された僕は、電車を乗り継いで心愛の住むマンションへとやってきていた。

 ここは前に心愛に拉致されたマンションで、駅からもほど近い。


 あいかわらず部屋は広くて、物が少なくて、モデルハウスみたいな綺麗さだった。

 この部屋が今から、心愛の自室兼コスプレ撮影会場になるらしい。

 

 で、個撮っていうのは、カメラマンとモデルが二人っきりで撮影会をすること……らしい。

 

 僕たちは三人だから、個撮ではないような?

 まぁ、カメラマンは僕一人だから、あながち間違いではないか。


 つーちゃんと心愛は、コスプレ衣装が置いてあるクローゼットから、あーでもないこーでもないと衣装を引っ張り出しては、鏡の前でポーズを決めている。


 僕はそんな二人を、ぼんやり眺めていた。

 コスプレってやっぱりすごいなー、と思う。


 つーちゃんは、ファンタジー世界のお姫様みたいな衣装を着て、準備完了といった。


 ドレスがフリフリで可愛い。

 金髪がよく映える。


 心愛はというと、アニメ調の騎士っぽい衣装を着ているけど、正直違和感がない。

 二人とも、めちゃくちゃコスプレ似合ってるなぁと思う。


 僕はもう、完全に観客気分になっていた。


「おけいはん、カメラマンなんでしょ。ポーズ指定してよ」


「京坂ちゃんよろ♡」


「ポーズの指定……ってどうすればいいの?」


「ま、任せるって言ってんでしょ」


「そゆこと♡セクシーなポーズでもおけだかんね♡」


 ……僕は、二人を眺める。


 つーちゃんは、恥ずかしそうにスカートの裾を手で押さえたり離したりしてる。

 心愛は、堂々と胸を張っていて、まるで指示を待っているみたい。


(指示……するの、なんか恥ずかしいな)


 まあ、どうせ撮るならとびっきり可愛い二人を残したいよね。


 僕は心愛から借りた一眼レフカメラを構えると、シャッターを切る。

 カシャッっと音が響いて、フラッシュが焚かれ、つーちゃんと心愛はポーズを解いた。


 レンズ越しの二人は、アニメや漫画のヒロインみたいにキラキラしていて、すごく可愛かった。


「そんじゃ京坂ちゃん♡次はもっとすごいのいってみよ」


 心愛がそう言いながら、ベッドの上に大の字に寝転んだ。


「ちょっと心愛、いきなり飛ばしすぎでしょ」


「いいじゃん♡司もほら、あたしの隣に寝そべって♡ほらほらぁ♡」


「ちょ、もう。仕方ないなぁ」


 つーちゃんが心愛の隣に寝そべる。

 こ、この角度、下着見えちゃうって。


 僕は慌ててつーちゃんと心愛に、スカートの裾を引っ張るように指示した。


「ほら、二人とも裾ちゃんと押さえて」


「えー♡京坂ちゃんこういうの好きなんじゃないの?♡」


「す、好きとか嫌いとかじゃなくて! ……そ、その見えちゃうから。女の子でしょ二人とも」


 僕の言葉に、心愛はにやっと笑って舌なめずりした。


「司、京坂ちゃんにサービスしよっか♡」


「まあ、今日は見せパンだし、それにこの写真は内々用だからいっかなー」


 二人で何やら目配せしあって、


「じゃーん♡司のパンツ♡」


「口に出さんでよろし」


 スカートの裾をめくって、カメラに向かってセクシーポーズを取り始める。

 僕は慌ててファインダーから目を離して、二人の手を止める。


 ……え?

 なにこれ? どゆこと?

 見せパンって言っても、下着と変わんないし!


 てか、つーちゃんは見せパンとして、心愛は紐パンだし!


 きわどいどころか、紐パンはただの紐だ。


「……これはコスプレ撮影なんでしょ? だったら下着は禁止。わかった?」


「ちぇっ、京坂ちゃんってば真面目だねぇ」


 心愛がぼやく。

 つーちゃんは、いそいそと衣装を整えた。


 まぁ、そんなこんな三人で楽しく撮影会をやってたわけだけど。

 心愛が「3●する?♡」と言い出したので、僕は思わず噴き出した。


 すぐさまつーちゃんのツッコミが入ったけど、なんというか、この流れはまずい。

 

 何がまずいって、僕があまり心愛を意識しすぎちゃうと、この場にいるつーちゃんはともかく千景やさくらへの裏切り感があるからだ。


 でも、心愛はつーちゃんの幼馴染みたいな存在で、長年喧嘩してたけど最近になってようやく仲直りした、みたいな間柄で。


 やっと仲良くなれたのに、心愛が僕に対してそういう気で接してきてしまうと、二人の仲を裂くような罪悪感がある。


 まあ一時の気の迷いかもしれないし、心愛も冗談で言ってるかもしれない。

 ここはひとまず、


「二人ともお腹減らない? 何か出前でも取ろうか」


 話題を逸らすに限る。


「あ、話そらしたな♡ま、いいや、あたしピザがいいー♡」


「んー、お寿司たべたいかなぁ」


「じゃあそれで……ピザとお寿司、二つも食べれるかな」


 僕は心愛にどう接するのが正解なのか、とりあえずご飯でも食べながらじっくり考えてみよう、とそう思った。

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