017

 成り行きというか、なし崩し的に僕は烏丸さんと小野さんをうちへ招いてしまった。


 一応二階建てなのだけど、外観からして年季の入ったボロ家なので、二人とも目を丸くしている。


「は、はぇー」


「こ、ここが京坂のおうち?」


「我が家です。魔女の館とかじゃないからね?」


 そう言って、二人を家の中に入るように促した。


「お兄おかえリンゴ! いつの間にこんなべっぴんな女の子と、って……うひゃああああああああ! べっぴんさんが二人増えとるっ!!」


 出迎えてくれたあかりは、まるでお化けでも見たかのように驚いた。その後ろからテクテクと醍醐さんが現れて、「お邪魔してます京坂くん」と丁寧にお辞儀をしてきた。


 ホントにうちにきてたんだ。こっちの方がホラーな気がする。


「ただいま、あかり。醍醐さんも」


 あかりは興味深そうに三人の美少女を見回しながら、「夢のハーレムやん、何があったんや?」と楽しそうに訊いてくる。


「さあ、僕にもちょっとわからないんだ」


「なんやそれ!」


「烏丸千景です。よろしくね、あかりちゃん」


「アタシは小野司。仲良くしてねん」


「あ、ども、うちの兄貴がお世話になってます。なあお兄、ほんまに何があったんや?」


「訊くなあかり。とりあえずご飯にしよう」


 僕は苦笑いを浮かべながら、頬をぽりぽり。

 今朝までモブ然として生きていたはずなのに妙な展開になったな、と。どこか他人事のように、そんなことを考えていた。


「よし、完成」


 僕とあかりと父さんの分。

 そして烏丸さん、小野さん、醍醐さんの分。


 まさか六人分の夕飯を作ることになるとは思わなかったけど、とりあえず特製カレーの用意はできた。父さんは帰りが遅いので、あとで温めてあげればいいだろう。


 しっかし、まぁ……


 夕飯の準備をしながら、自分の気持ちがどう変化していったのかを整理してみたんだけど、やっぱりよくわからない。


 突然の展開すぎて僕の感情が追い付いていないのだ。リビングでは妹と校内三大美女がバラエティ番組を一緒に観ている。不思議な光景だ。


「なんかおけいはんちって、それらしくね?」


「ほんとだねー……。ファイヤスティックとかゲーム機とか一切置いてないし、俗世に染まってないって感じ」


 物珍しそうに我が家を眺めて、そう評する小野さんと烏丸さん。

 もちろん、それがどういうものかぐらいは知ってるけど、あえて置いてない。


 動画配信サイトをテレビで観たり、月額制のサービスを利用すればアニメや新作の映画がたくさん観れるらしいけど、だらけてしまいそうな選択肢はなるべく減らしたいから。


 ゲームもそういう理由で購入は避けている。


「間取りもらしいし、なんかいいじゃん」


「味があるよね」


「古臭くてごめんね。ご飯にしよっか」


「そ、そういうつもりで言ったわけじゃ」


「司ってこういうところあるから。ごめんね京坂」


「アタシだけ悪いやつみたいじゃん!?」


 小野さんってツッコミ役なのかいじられ役なのか、どっちなんだろ。


「京坂くん。急にお邪魔してごめん」


「ううん。二人から事情は聞いたから。僕と妹のためにありがとうね」


 醍醐さんはどこか申し訳なさそうにしているので、そうフォローしておく。


「お礼を言うのはこっち。ご飯まで用意してくれてありがとう」


「ああ、いや、そんな」


 僕は気恥ずかしさを紛らわせるために、テレビに視線を向ける。

 お笑い芸人がひな壇に座り、大爆笑の渦を起こしている。


「ごめんみんな。狭いから詰めて座ってね」


 ご飯をよそい。

 カレーをかけて。

 お皿をトレイにのせて、リビングへ。

 みんなで手を合わせて、いただきます。


「おいしー……家庭的な味がする」


「まいう! おけいはん女子力高すぎじゃね」


「うん。美味」


 三人とも、すごく美味しそうに食べてくれるので、作った側からしたらめちゃくちゃ嬉しい。


「まあ、得意料理だからね」


「なんやその返し、クーデレかいな」


「うるさい」


 夕飯を食べながらの会話は弾んだし、烏丸さんは時折マスクを外していて、それがとても綺麗に映った。


「お兄、なんか今日は賑やかやなぁ」


「そうだね。いつもは二人でご飯食べてるし、余計にそう感じるんじゃないかな」


「やな。てか、おにいにこないな可愛いお友達が三人もできるなんて、うちはえらいびっくりしとるんやで」


「うん。僕が一番びっくりしてると思う」


 まさか烏丸さん、小野さん、醍醐さんに夕飯をふるまう日がやってくるなんて夢にも思わなかったから。


「ふふっ、あかりちゃんの方が可愛いけどね』


「おおきに。千景さんほどキレイな人にそう言ってもらえて、ほんまに嬉しいです」


「……あ、ありがと。未来の妹ちゃんにそう言ってもらえて私も嬉しいよ」


 ん? あかりは僕の妹だよ。


「あかりん、アタシは、ど? キレイ?」


「司ちゃんは愛くるしい系やさかい、多分、お兄がいっちゃん好きなタイプですよ」


「マ? 超うれぴなんですけど。にひひ」


「あかり、わたしの評価はしなくていいから」


「そないなこと言わんといてください、桜子姉さん。姉さんはうちが見てきた中で一番のメガネ美人さんです。いや、宇宙一かも」


「よくできた妹。よしよし」


 醍醐さんのは伊達メガネだけどね。


 それにしてもあかりのやつ、流石はコミュ力オバケだな。お得意の褒め殺しで烏丸さんと小野さんと醍醐さんの寵愛を独り占めしている。


 あかりはおだて上手なところがあって、僕は何度それで得したか数えきれない。


 まあ、妹自慢はこれぐらいにして、そろそろ本題に入ろうと思う。


 三人が現在進行形で提案してくれている、バイトについてのことだ。


 僕としてはやはり、あかりの意見も聞いておきたかったので、

「これは京坂家の問題だし、流石にそこまでお世話になるのはよくないよね……?」


 と、相談してみたところ。

 あかりはスプーンをダンッ! とテーブルに置いて、こう言い張った。


「ええかぁ、よう聞きやお兄。このご時世にこないなおいしい話断ったら、それこそバチが当たるで。京坂家のエンゲル係数の高さは、オトンとお兄がすぐご近所さんにお裾分けするのが要因の一つでもあんねん。別にそらええ。みんな『京坂家がお隣さんでよかった』って言うてくれはるし、妹としても鼻が高いからな」


 う。あかりのやつ、いつの間にうちの家計事情を……。


「でもな、現実はちゃんとみいや。節約術持っとってもお人よしは一生直らへんのやから、せめてもうちょい貪欲になり。皆さんに甘えさせてもらい」


 などと、生意気にも説教をたれられてしまう。


「どうか、うちのバカ兄貴をよろしゅう頼んます」


「こちらこそだよ、あかりちゃん」


「んじゃあかりん公認ってことで」


「あかり、お手柄」


「ぼ、僕の意思は?」


「お兄は黙っとき!」


 かくして、バイトの話はトントン拍子で進んでいった。


 まだ正直現実感はないけど、こんな僕のために一生懸命考えてくれた提案なのだから、断る理由はどこにもなかった。


 それに、愛する妹のゴーサインも出たわけで。

 三人の厚意にどう恩返ししたらいいのか、その答えはまだ出ていないけれど。


 とにかく、僕も前に進まなければ。と、前向きに考えることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る