003

 烏丸さんとお話するという、アンビリーバボな体験をした翌日のこと。


 学校に行くと、いつも通り僕は陰口を叩かれていた。おもに陽の方に属する人たちに。けれども、そんな周りの反応なんて気にならなくなるくらいの騒動が昼休みに起こる。


東山ひがしやまさあ、アンタ下心が見え見え。ハッキリ言って、ウザいんだけど」


「下心なんてねえって。ただ、なんつうの……お前らが来てくれた方が『親睦会』も盛り上がるし、な?」


「アンタそれマジ言ってるん? アンタら好みのメンツだけ集めて、カラオケで飯食って、それでクラスの親睦が深まるとかホンキで思ってんの? バッカじゃない」


「そ……それは」


 教室の隅で、男子のグループと三人の女子が対立している。

 東山、と呼ばれた男子はクラス内においてリーダー的存在だ。スポーツ万能な爽やかイケメンで、女子に人気がある。


 そんな彼が中心となり、新しいクラスの親睦会を企画していたのだけど、烏丸さん、小野さん、醍醐さんの三人(おもに小野さん)が、真っ向から誘いを断っている。


 クラス一の美少女グループの明らかな拒絶に、男子だけではなく女子たちも困り果てている様子。


 でも、理由は明らかだ。親睦会という名目だけど、要するに東山君たちが女子と仲良くなりたいだけなのだ。特定のグループだけを誘っているあたり、下心がスケスケである。


 僕なんかは今さっき、へえ親睦会なんてあったんだ……と初めて知ったくらいで、クラス内における誰々のヒエラルキーも漠然としか把握していない。


 これはこれでやばい。


 けれど俯いている人たちはきっと誘われてなくて、戸惑っているメンバーはすでに誘われて参加が決定している人たちなのだろう。と、それぐらいは何となく察しがつく。


 まぁ、僕には関係ないけど。

 そんなことを考えていると、ふと、烏丸さんがこちらに視線を寄越した。


 どうしよっか? みたいな顔で僕を見て、それから小さく肩を竦める。


 ぅへ。昨日少しお話しした仲だとはいえ、いきなり振らないでほしいな……。でも、このままにはしておけないような、そんな空気だった。


 僕は席から立ち上がって、「あ、あのう」と、控えめに手を挙げる。その瞬間、教室が静まり返る。男子も女子も、みんな僕に注目している。


「京坂、お前……なに?」


 イケメンが不機嫌そうに僕を睨む。


「いや、えっと、今日僕、久しぶりにバイト休みで……あの、その、親睦会に行けたらなー……なんて」


 記者会見を開くもなんの用意もしてない政治家みたいな、しどろもどろな受け答え。


 やばい。なんか泣きそう。小野さんは一瞬、何を言われたかわからない、という顔をしたけど、すぐに意図を察してくれたようでポンと手を打った。


「たしかおけいはんって、去年もバイトあるとかで親睦会来てなかった系だよね?」


 おけいはん?

 それって、もしかして僕のあだ名だろうか。


「あ、うん。そうだけど。どうしてそれを? 小野さんとはクラスが違ったはずだけど」


「ウケる、去年の親睦会は三クラス合同で、河原町のカラオケ貸切にしたし。おけいはんひとりだけ不参加だったから、ある意味超目立ってたよ」


「……あはは」


 どうやら、僕みたいな奴は他にいなかったらしい。てか、去年もみんなでしたなら今年だってそうすればいいのに。


 親睦会を企画した東山君も、選ばれたメンバーも、そうでない人たちも、どうしていいのか分からないようで黙り込んでいる。静かにざわめく教室。


「どする、千景? おけいはんも来るって。あんたレアキャラ好きでしょ」


「まーね。希少種ってなんかご利益ありそうだし」


 僕は運気上昇アイテムじゃないよ。


「桜子は?」


「どっちでも」


「じゃ、全員参加ってことでいいんじゃね? 行きたい人、挙手で」


 その鶴の一声で、教室内はわっと盛り上がった。

 みんなが次々と手を挙げていく。


「ふは、京坂氏の勇気しかと受け取った。我もこの波に乗るとしよう」


 後ろの席からも参加を表明する声が。長い黒髪を頭の後ろで束ねている、いかにもオタクっぽい風貌の彼は、通称ラストサムライこと石田君。


「石田君、けっこうノリノリだね」


「この手の催しは我には縁遠いイベントだからな。年一の無礼講デーとあらば、我も参加しないわけにはいかぬだろう」


 無礼講デーか。

 いいね。なんか響きがかっこいい。


 人のことは言えないけど、石田君はクラス内でも指折りの変人だ。彼が同志と呼ぶ、サブカルチャー愛好家の人たちも揃って手を挙げている。


 東山君のグループは面白くなさそうにしながらも、特に反論することなく、そのまま参加ということになった。


 睨まれてる睨まれてる。くわばらくわばら。


 かくして僕のせいで(?)クラス権力者の宴はごくごく普通の親睦会に早変わり。


 烏丸さんと小野さんがクスクスと笑い合いながら僕の方をチラ見してきたような気もしたけど、多分気のせいだろう。


 気のせいであって欲しい。


 さっきのあの情けない受け答えが尾を引いてるのだとしたら、あまりにも恥ずかしすぎる。


 女子に笑われるとか、地獄かな。


あとがき

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発売まであと3日

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