002

 始業式に続いてホームルームが終わると、昼前にもかかわらず、ちらほらと下校する生徒が現れ始めた。


 うちの学校は始業式当日に授業がないのが救いだ。

 僕も帰り支度を済ませていると、不意に後ろからポンと肩を叩かれた。


 振り返ると、そこにいたのは二人の女子生徒。一人は安達さん。


 去年も同じクラスだった子で、もう一人は……ごめんなさい。ちょっとわかりません……。


 その後ろには数人の男子が集まっていて、こちらの様子を興味深そうに窺っている。


「京坂くん、いまからカラオケ行かない? ほら、この前行けなかったでしょ」


「あ、ごめんね。今日もバイトがあるんだ」


「え。でも今日は学校、お昼で終わりだよ?」


「うん。お昼からバイトに行く予定なんだ」


「そ、そうなんだ。なんか、ごめんね……?」


 申し訳なさそうにする安達さん。これ、何度目のやり取りだろう。


「ううん。こっちこそ。また今度都合あうとき誘ってくれると嬉しいな」


「おっけー。わかったよ。絶対誘うからね」


「んだよ、あいつ。ノリわりーよな。始業式の日までバイトかよ」


「アイツんち貧乏で、プレハブ小屋で生活してるらしいぜ」


「なにそれワロス。風呂入ってねーとか?」


 教室には、僕を中傷する声が広がる。


 進級してまだ日も経っていない二年三組の教室。


 クラス替えが行われたばかりだというのに、僕はすでにみんなの輪から外れている。


 なんなら加わったこともないんだけど。


「アンタたちより京坂くんの方が小奇麗よ」


「うっせ、バーカ。なにが小奇麗だ。京坂は男らしさのカケラもねーだけだろ」


「それな。なよなよしていて、きもちわりいんだよ」


「も、もうやめなって、男子」


 僕こと京坂京を嫌い男子は多い。


 よくわからないけど、『女たらし』だと思われているらしい。


 実際にこちらから話しかけてるわけでもないのに、そんなレッテルを貼られるなんて心外だけど。


 慣れっこだし、今さら、特に気にしたりはしない。


 むしろ僕というストレスのはけ口を失ったら、この学級は荒れるのではないかとさえ思う。


 人は人、僕は僕。


 人の心がわからない人間にはなりたくないし、そんな人間になるくらいなら、孤独でいる方がずっとマシだ。


 ボッチ最高!(強がり)


 さて、今日もバイトを頑張るぞ。

 早く、お金を稼がないと。


 

 

 ユーバーイーツ。

 それは配達員のバイト。フードデリバリーサービスってやつだ。


 注文された商品を指定の場所に届ける仕事で、簡単に言えば、「飲食店」と「配達員」を結びつけた、画期的なビジネスモデルである。


 美味しいご飯を家から一歩も出ずに楽しめるこのシステムは、今や老若男女問わず、多くの人に愛されている。


 僕もそのバイトの求人に応募して採用されたのだ。


 一昨年までは十八歳以下の採用はなかったのだけど、去年から応募資格が緩和された。


 給料制ではなく報酬制で、一回の配達で約五〇〇円程度の報酬がもらえる。


 要するに数をこなせばそれだけ稼げるというわけだ。


 

 時刻は、十七時頃。

 僕は指定の場所である、六地蔵周辺のマンションに来ていた。


 インターホンを鳴らすと、すぐに住人が出てくる。


 艶やかな長い黒髪と、黒マスク。切れ長の目に、長いまつげ。


 お財布を取り出す女の人の姿を視認して、僕は驚いた。


 なんということでしょう。

 ユーバーイーツの配達先は、あの校内三大美女の一人・烏丸千景さんの住むおうちだったのです。


 クールな美人の見本みたいな烏丸さんは、ネイビー色のアウターを肩に落としたスタイルで、中はタンクトップ、下はホットパンツという、ラフな格好をしている。


「京坂、だっけ? へぇ、ユーバーのバイトしてるんだ」


 僕の名前を知ってくれているらしい。

 ちょっと、いや、かなり嬉しい。


「うん。こんにちは。烏丸さん、だよね? これ配達の品。中身を確認してくれる?」


 配達用のリュックから、パック詰めされた中華料理を取り出す。


 チャーハンとか八宝菜とか、けっこうこってり。


「あのぅ……烏丸さん?」


「バイトってさ、時間の無駄だと思うんだよね。高校生がお金を持って何をするの?」


 烏丸さんはパックを受け取ろうとはせず、何故かそんなことを訊いてくる。


「えと、時間の無駄かどうかは僕が決めることだから」


「そうだね。私にはカンケーないし。でも意外。てっきり、お金に興味ないタイプだと思ってたけど、そうでもないんだね。いつもみんなのお誘い断ってる理由って、お金が欲しかったからなんだ」


「お金が欲しいわけじゃない。でも、お金がないと妹を大学に通わせてあげることもできないから」


 このニュアンスをわかってもらおうなんて思わない。


「……」


 烏丸さんは少し間を開けてから笑った。


「へぇ。そんなこと言う人、今どきいるんだ。誰かのために、ね。んー希少種って感じ」


 口元がマスクで隠れていてよくわからないけど、目が三日月の形になっていたから、多分、笑ったのだと思う。


「希少種、なのかな……? 家族のために働く人って大多数だと思うけど」


「京坂ってオトナなんだね」


「いや、えっと。烏丸さんの方が百倍オトナっぽいと思うけど」


「ふふっ、なにそれ。私、そんなに老けて見える?」


「そ、そういうわけじゃ」


 これはからかわれているのかな。


 あんまり、というより、全然お話をしたことがないのだけど。


 学校ではいつもクールな印象の烏丸さんに、こんなおちゃめな一面があったなんて、ちょっと意外だ。


 校内三大美女と称される三人組の、一人。

 同級生だけど、僕とは住む世界が違うような……そんな気さえしてしまう人。


「引き留めて、ごめんね」


「ううん、気にしないで」


「バイト頑張って」


「ありがと」


 お代を受け取り、パックを渡すと、彼女は家の中に引っ込んだ。


 配達は完了だ。




あとがき

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発売まであと4日

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