001
うちは貧乏だ。
僕こと京坂京がバイトを始めたのは中二の秋。初仕事は新聞配達だった。
人生ハードモードだけど、心の病から立ち直った父さんと天国にいる母さんを恨んだことは一度だってない。
そう、うちは貧乏だ。
まだ中学生の妹が「借金してまで大学に行く気はあらへんよ。うちは高校卒業したら働くつもりやし、お
僕は妹を大学に行かせてあげたい。そのためにはお金が必要なんだけど。
『子供の年収が一〇三万円を超えると扶養控除の適用外となる』
……という、この国のよくわからない政策が、僕の掲げたハードルを驚異的な高さに押しあげている。
稼ぎ時である春休みもあっという間に過ぎ去ってしまったし、物価上昇で生活もどんどん圧迫されていくし、こうなれば海外移住を……。
ブツブツブツブツブツブツブツブツ。
「って、そんなお金は我が家にない!」
錯乱の途中ですが、このままジリ貧コースを辿るのかなとか考えだしたらぞっとするよね。
多感な時期の高校生に厭世観だけを与えて放置するこの国のやり方に異議を申し立てたいところだけど、幸いにして僕には諦念に打ち拉がれているヒマなんてない。
カラフルなのぼり旗と松の木がずらりと並ぶ通学路をテクテクと歩きつつ、ブルーな思考回路の落とし所に頭を巡らす。
家族が幸せならそれでいい。
それ以上は望まない。
ちぎれ雲が早足に春の空を流れていくのを見てたら、そんなちっぽけな願いくらいはエゴじゃないと思うんだ。
「幸せっていったいなんなんだろうね」
母さん。
そっちは空気が澄んでて気持ちいいのかな?
天国ってところは、優しい場所なのかな?
僕は無事進級できたよ。
「行ってきます」
澄み渡る空の〝向こう側〟へと挨拶を済ませ、二年生の証である青いネクタイを風になびかせながら、僕は新入生を横目に校門をくぐった。
京都府立
それが、僕の通う高校の名前である。
この学校の変わったところは地下にも教室があることで、そのためベランダの大きさが教室の場所によって異なり、オープンカットの広場から見上げる校舎はまるで要塞のような形状になっている。
これは余談なのだけど、地上から広場に下りるための外階段は全校集会や文化祭の時などに座席としての役割を果たすため、
ばっちい、スカートが汚れちゃうっ! などと考える新入生も少なくはないのかな、と想像を巡らせては苦笑する。
しかし実際の風景を目の当たりにするとこれがなかなかどうして、ライブ会場の観客席みたいになってるじゃないかと、感動することうけあいなのだ。
ソースは僕。
入学したて、ほやほやの頃は、この階段の匂配と、広々としたスペースに心躍らせたものである。
まあしかし、それもピカピカの一年生の間までの話で、今はただ昇降口へと続く長い道のりとしか認識していない。
一度下りて、また上る。
この繰り返しは、地下と地上を往来する非効率な行為であり、日に日にただの作業と化していく。
最初から最後まで平坦な道のりならいいのに、ちょっと変わった造りのせいで、二度手間なのが辛い。
と、ここまでネガティブキャンペーンを繰り広げてみたけど、もちろん、嫌なことばかりではない。
多分、僕以外の男子もそう感じているだろう。
それは、この学校の名物にもなりつつある、『校内三大美女』の存在だ。
いずれも入学初日から全校生徒の視線をかっさらい、瞬く間に学園中の話題の人物となった、まさしくスーパーヒロインである。
告白して玉砕した男は数知れず。
百、いや二百に迫ろうかというラブレターを彼女たちは一顧だにせず(そもそも連絡先が入手できないので、なぜアナログ? というツッコミはNG)。
その鉄壁のガードっぷりから難攻不落の城塞都市になぞらえ、彼女たちのことをコンスタンティノープルと呼ぶ人もいるとか、いないとか。
他校の生徒に至ってはまるでアイドルの出待ちのようなノリで正門前に屯していたりするのだから、その熱狂ぶりは推して知るべしだろう。
まあ、僕には関係のない話なんだけど。
そりゃ仲良くしたいかしたくないかで言えば、したいに決まっている。
でも、無理。
住む世界が違いすぎる。
なんてことを考えながら下駄箱で靴を履き替え、地下一階から二階へ。
掲示板に張り出されたクラス表を確認する。
えーっと。僕は二年三組か。
指定の教室に入り、自分の席を探して腰を下ろす。
……と、窓際で談笑する三人組の女子生徒が目に入った。
モデルやタレントさんもかくやと言わんばかりの美貌で、教室の中でも、ひときわ異彩を放っている仲良しトリオ。
一人は、長い黒髪に線の細い、黒マスク姿のミステリアスな少女。
一人は、金髪にピアス、流行のメイクを施したギャルっぽい少女。
一人は、おしゃれなメガネをかけた、文学的でグラマラスな少女。
三人揃って、どこか近寄りがたいオーラを放っている彼女たちこそ、
我が沓涼高が誇る校内三大美女・烏丸千景、小野司、醍醐桜子だ。
入学式の日に体育館で見た姿と一ルクスも変わらない、その輝きは今もなお健在で。
クラスメイトの視線を一身に集めながら、「今期のアニメやばいよね?」とか、「それな。観るもの多すぎてヤバたん」とか能天気な会話をしている。
アニメ観るんだ。
ここまでは一般男子生徒の感想だ。
他の生徒がどんなことを考えているかまではわからないし、僕はモブらしく、ただその眩しさに目を細めるだけである。
同じクラスになれた。
それだけで満足すべきだろう。
ボッチの僕にとって青春とはほんの少しの非日常であり、彼女たちはそんな刺激を与えてくれる存在なのだから。
あとがき
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発売まであと5日
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