第21話 家族会議

 さくらとのテスト勉強はつつがなく終わり、全教科平均点以上を取れた。

 これで夏休みに補習を受けなくてもいい。


 不安要素が解消された頃、父さんが久しぶりに早く帰ってきた。

 僕と妹と父さんと久しぶりに家族三人でご飯を食べて、あかりはすごく嬉しそう。

 

 今日の夕飯は、あかりが大好きなハンバーグ。

 付け合わせは、サラダとジャガイモのスープ。


 父さんも妹も大満足だ。


「……無理させてすまないな京、バイトも忙しいのに」


 父さんが、申し訳なさそうに僕に頭を下げる。

 僕は慌てて首を横に振った。


「気にしないで。僕は大丈夫だから」


「お父さん、聞いて。お兄ちゃんのバイトね、時給5000円のすごく割のいいバイトなんだよ」


 あかりが、嬉々としてバイトについて語る。

 父さんはぶほっとスープを噴き出した。


「そ、それ……闇バイトじゃないのか? 京、大丈夫か?」


「ち、違うよ。ちゃんとしたところだよ」


 僕は慌てて弁明する。

 父さんは、不安そうな面持ちで黙り込んでしまった。これはなんとか安心させないといけない。


「……信頼出来るバイトだよ」


「……でもお前、5000円って。月にどれくらい稼いでるんだ?」


 父さんは、おそるおそる僕に訊ねる。


「……あ、えっと、この前の月は全部あわせて100万ぐらい……」


『ひゃ、ひゃくまん!?』


 あかりも、ハンバーグを噴き出した。

 父さんは目を白黒させている。


 まあ、そういう反応になるよね……。

 160時間働いて、残りの10万円はインセンティブという形で受け取っている。


「父さんの月給の4倍はあるじゃないか……ほ、ほんとに闇バイトじゃないんだよな?」


 父さんはしつこく僕に訊ねてくる。


「違うって」


「お、お父さん。お兄ちゃんのバイトはね……すっごく美人なお姉ちゃんたちのお手伝いなんだよ。だから、お兄ちゃんはぜんぜん悪くないの」

 

 あかりがフォローしてくれるも、逆効果だったようで、父さんは難しい顔をした。

 美少女のお手伝いって、いかにも怪しい感じがするし、父さんが心配するのも当たり前か……。


「……京。詳しく話しなさい」


「うん」


 こうして家族会議が始まった。

 

 僕は、三人との関係や、お手伝いをすることでお金を貰っていることを洗いざらい正直に話した。

 父さんは絶句していた。

 

 勿論、身体の関係だとかは話せなかったけど、おおむね事実の通り。

 父さんは険しい顔で俯く。

 そして、ぽつりぽつりと僕に訊ねた。


「……その子たちが漫画やゲームを制作してとても稼いでることはわかった。だがな京、同級生だろ……? しかも三人の女の子と、関係を持っているのか? それはちょっと、いけないんじゃないか」


「お、お父さん、落ち着いて。お兄ちゃんはね、あたしのために頑張ってくれてるの、だからね」


 あかりは、父さんを宥めている。

 でも、僕はすでに覚悟していた。


 いつかこういう日が来るだろうと思っていたのだ。


 父さんは実直な人だ。

 どれだけ損をこうむっても、それがどれだけデメリットなことであっても、真っすぐ伸びた刀のように、誠実に、信念を貫いている。


 だから、同じ男として、複数の女の子たちと関係を続けていこうとする行為を、更には大金を貰っているという事実も、許せないに違いない。


「父さんはその子たちのことを知らない……けどな、百パーセントの善意でお前と接していると言い切れるのか? お金が発生するような関係だ、なにか見返りを求めてるとしか思えない」


 父さんの指摘は鋭かった。


「お前はその子たちになにをしてあげられるんだ……これだけのことをして貰っておいて、何を返せる? 気持ちか? 体一つでその子たち全員に同じだけのものを返せるのか? ただ一方的に享受するだけの関係を、ヒモというんだぞ京。お前がしてることはろくでなしのソレだ。あの世で、母さんだってきっと悲しんでる」


 厳しい言葉だった。

 父さんは間違っていない。

 

「……あかりのためを思うなら、やめなさい京。父さんがなんとかする……あかりが大学に行けるぐらいのお金は、なんとか俺が用意する」


「……そうだね。父さんは何も間違っちゃいないよ」


「わかってくれたか?」


「うん。でも、納得はしていない。僕が今ここで、父さんのいうことをきいて……それを納得してしまったら、あの三人に顔向けできないから」


 僕は、真っ直ぐに父さんの目を見据えた。


「僕は父さんの息子だ。今はまだ不純って思われても仕方のないことかもしれないけど、誠実に、真っすぐに自分の信念を貫きたいと思ってる。僕はあの三人のことが大好きなんだ。だから、いつか僕のやり方で恩返しをしたい。お金は、確かに貰ってるけど……でもそれは、あかりの学費のためで……。なんて言ったらいいんだろ、こんな僕によくしてくれて、ありがとうって気持ちを、いつか恩返しの形で表したい。勿論、お礼なんかじゃ終わらせない。努力して、いつか……」


 いつか、いつか、いつか……そのいつかはいつになるのだろう。

 それをハッキリと言葉にできない僕は、父さんの言うようにろくでなしなのだと思う。


 父さんは、なにも言わない。

 まるで僕の言葉を吟味するように、じっと黙り込んでいる。

 そして最後に、ポツリと呟いた。


「……次の父さんの休みの日、予定が合えばでいいから、一度、うちに連れてきなさい。俺も、京がお世話になってる子たちに挨拶しておきたいから」


「……うん。わかった」


「やった、みんな来るんだね」


 あかりは嬉しそうだ。


 こうして、さくらと千景とつーちゃんを、父さんに紹介することになったのだった。

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