第22話 息子さんをください

「てな感じで。……僕の説明足らずのせいで父さんに不信感を持たれてしまったいたいで……」


 家族会議から数日が経った休日のこと。

 勝手知ったる4LDKのマンションの一室で、僕はみんなに深々と頭を下げていた。


「それで……その、一度、父さんがみんなと会ってみたいって話になりまして……」


 情けさを感じながら洗いざらい全てをぶちまけると、三者三様の反応が返ってきた。


 千景はにへらと目を細めている。さくらはいつも通りの無表情……いや、よく見ると頰がちょっと緩んでいる。つーちゃんはニカッと前歯を覗かせながら、満面の笑みを浮かべている。


 各々の視線はなんだか温かで、胃に穴が開くんじゃないだろうかってほど見つめてくるもんだから、気まずくて仕方がない。


「ついにこの時が来たんだね、ケイ」


「え?」


「アピールタイム到来」


「ん?」


「てか、おけいはんが頭を下げる必要なくね? だって私らの方がおけいはんにお願いしてるわけだし。ま、お父さんの気持ちもわかるし、その心配はもっともだと思うけど」


「ああ……えっと、ありがとう、みんな」


 そんなにあっさりと受け入れて貰えるとは思っていなかったから、嬉しさと気まずさが半々だ。

 けれどやはり喉につっかえているしこりが取れるわけじゃない。


「でも父さんに変なバイトだって思われてるんだよ……? みんなのイメージを下げてしまっているのは僕のせいだし、てっきり気分を悪くさせると思ってたんだけど」


「わたしか千景か司か、誰かは絶対京君と結婚する。挨拶は早い方がいい」


 僕の疑問に、さくらが淡々と答える。


 け……結婚?

 これはまた、いささか話が飛躍しているような気がするけれど。


「ま、まぁ……そういう未来がないわけでもないよね」


「ケイ、そうかもじゃなくて絶対だよ? 二人なら許せても、他の女の子は絶対やだ。てか二人にも身を引いて欲しいし、ケイのお嫁さんは私がいい」


「ちょーっち千景、それは話を飛ばしすぎ。選ぶのはおけいはんだから。てか、私も桜子も引く気はさらさらないし。あ、そうだおけいはん、お父さんに私とおけいはんは付き合ってますって、言ってみてもいい?」


「ダメに決まってるでしょ」


「絶対ダメ」


 千景とさくらが同時に答えた。


「これでわかった? おけいはんへのキモチ」


 にひひと悪戯っぽく笑いながらサムズアップするつーちゃん。

 みんな、こんなにも僕のことを想ってくれているなんて。

 この温かさは単なる居心地の良さとも違って、もっとこう胸に染み渡る何か特別なもので、僕は思わず肋骨の奥がきゅっとなる。

 

 父さんにも宣言したけれど、僕はみんなに恩返しをすると決めている。


「ありがとう。ほんとに。みんなありがとう」

 

 僕はもう一度、深々と頭を下げた。


 ※


 思い立ったが吉日とはよく言ったもので、休日ということもあり、三人はすぐにでも会いたいと言ってくれた。

 すでに父さんには連絡を入れていて、段取りをつけている。

 三人とも余所行きの格好をしており、気合が入っている。それでもなお身だしなみを整えたりソワソワしたりするみんなの後ろ姿を眺めながら、僕は我が家へと歩を進ませる。


 緊張するなぁ……。

 でも、みんなに任せっきりじゃだめだ。

 そもそもこれはうちの問題なんだし、僕がしっかりしないと。


 ※


 京坂家の狭い居間に三人を案内すると、父さんは厳然と胡坐をかきながら、こちらにちらりと視線を移した。


 つーちゃんと千景とさくらが父さんと向かい合う形で腰を下ろす。僕とあかりはテーブルの横に座って、父さんをまっすぐ見つめた。


 三人が自己紹介を終えると同時に、父さんが早速口を開いた。


「正直……驚いたよ。まさか、こんなに可愛い女の子たちが京と仲良くしてくれているなんてね」


 父さんの語調は想像していたよりもずっと穏やかで、そこに怒気は含まれていない。けれども、どこか戸惑っているようにも思える。


「君たちが、京と仲良くしてくれているのは、とても嬉しい……でもね。正直にいって私はまだ、少し不安なんだ」


「わかります、お父様の気持ち」


 食い気味に、父さんに同意する千景。

 

「ですが私はケイ……ケイくんを手放す気はありません。ケイくんと一生を添い遂げ、そして幸せにすると心に決めています」


 ち、千景さん……とても嬉しいお言葉ですが、それは男の僕の台詞では。

 じゃなくて、やっぱりちょっと話が飛躍しすぎてる気がする。


「……え、ああ……はい。うちの息子のことをそんな風に思ってくれてありがとう。だけどね烏丸さん、君は……高校生だよね?」


 父さんは目をぱちくりさせながら千景にそう訊ねる。


「はい。高校生です。子供です。でもケイを愛してます。私がケイを養います。私ならケイのお嫁さんに相応しいと思います!」


「ちょっと待った千景。だーかーら、そうい抜け駆けはなしってさっき話し合ったとこじゃんか」


「その通り。お父さんへの直接的アピールはNG」


 ずい、と身を乗り出して鼻息を荒くさせる千景を、さくらとつーちゃんが制止する。三人とも、なんだかいつもより積極的に見える。


「け、京……お前、なんというか……凄い子たちと仲良くやってるんだな」


「あはは……それについては同感」


 僕は苦笑した。

 凄い、という表現では足りないぐらい完璧な三人に、僕はずっと支えて貰っている。

 でも今後はそれだけではダメだと思うし、この状況で僕にできることは誠実に、ありのままを父さんに話すことだけだった。


 真っすぐに伝えよう。


「みんな、僕にとってかけがえのない、大切な人達なんだ」


 僕がきっぱりとそう言い切ると、三人はとても嬉しそうな表情を浮かべてくれた。


 父さんはじっと考え込んでいるようだ。

 やがて、ゆっくりと目を開いた。僕は固唾を飲んでそれを見守る。

 どんな結末になるのだろうと不安に思いながらも、三人の頑張りを無駄にしたくなくて、必死に笑顔を取り繕った。


「キミたちが京のことを本気で想っているなら、養うなんて言っちゃダメだ。それではいつまで経っても京は大人になれないし、男にもなれない。私は古い考えの人間かもしれないが、少なくともお嫁に来てもらうというのはそういうことだろう? 京が、キミたちを幸せにするべきだと、私は思う」


「では、私の人生をかけてケイをサポートします、お父様。なので息子さんを私にください」


「え……烏丸さん? あの、ちょっと、話が早い」


 千景が身を乗り出して父さんに詰め寄り、一気に畳みかける。


「う、うちの息子はそう簡単に……って、俺は何を言ってるんだ。京、お前、とんでもない子を味方につけたな」


 父さんは僕を見て、冷や汗を浮かべた。


「まあ、そうだね……」


「おけいはんのお父さん、千景はちょっと変わった子なんで、お嫁にするなら私がいいと思います。息子さんは私にこそ、相応しいかと」


「司の方が変わってるでしょ……?」


「千景の方が絶対おかしいし」


「のように、二人とも少し変わっています。わたしなら的確に京君をサポートできます。お父さん、わたしの方がいいと思います」


「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ。息子のことを慕ってくれているのは正直、嬉しい。だけどね……この国は一夫多妻制ではないし」


 な、何を言ってるんだ、父さん。


「一夫多妻制の国に移住します」


「あー、流石は桜子。その手があったね」


「んー……確かにそれなら、うん。ケイをみんなで独占できる」


「き、キミたち……本当に高校生なのかい?」


 もはやコントだよね……これ。

 みんな、一歩も引かない姿勢だ。

 徹頭徹尾戦いますとでも言いたげな強い意思と信念を感じさせる。父さんもあっちこっち目をグルグルさせて、どうしたらいいのかわからないという様相だ。


 ここまで話が迷宮入りしてしまえば、もう父さんに反論の余地はない。


「あたし、みなさんの妹になりたいです。お兄ちゃんをどうぞよろしくお願いします」


 あかりが、ぺこりと頭を下げた。

 三人は顔を見合わせて、にかっと笑った。


「「「任されました」」」


「まったく……」


 父さんはお手上げ、というように両手をあげた。


「こんな凄い子たちに慕われてるんだから……もう俺に文句を言う資格はないな」


「父さん……」


 言葉は魔法だ。

 詠唱のように意思や想いを込めることで意味を持ち、世界に変化をもたらす。などと、ファンタスティックなことを考えながら僕は父さんにありがとうの一言を呟いた。

 

 こうして、千景とつーちゃんとさくらの紹介はつつがなく終わった。


「みんな……ご飯を、食べていきなさい。京、作ってくれるかい?」


 張り詰めた空気を弛緩させるように父さんがそう提案してくれたので、僕はにこりと笑って台所へと向かった。

 

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