第22話 息子さんをください

 父さんと約束をした、次の休日。

 午前11時半、約束の時間は15時だ。

 僕はつーちゃんちで、みんなに頭を下げていた。


 千景は、ニコニコ笑ってる。

 さくらは無表情……いや、よく見ると頰がちょっと緩んでいる。

 つーちゃんは、僕をじっと見つめてきた。


 じぃいいいいい~~~~~~。

 なんか、すごく視線を感じる……穴が開くんじゃないだろうかってほど見つめてくるもんだから、気まずくて仕方がない。


「ついにこの時が来たんだね、ケイ」


「え?」


「アピールタイム到来」


「ん?」


「てか、おけいはんが頭を下げる必要なくね? だって私らの方がおけいはんにお願いしてるわけだし。ま、お父さんの気持ちもわかるし、その心配はもっともだと思うけど」


「ああ……えっと、ありがとう、みんな」


 僕は、今一度感謝の気持ちを伝えた。

 みんな、笑って答えてくれた。


 だけど疑問に思ったことがある。


「なんでみんな、笑顔なの? 父さんに変なバイトだって思われてるんだよ……? みんなのイメージを下げてしまっているのは僕のせいだし、てっきり気分を悪くさせると思ってたんだけど」


「わたしか千景か司か、誰かは絶対京君と結婚する。挨拶は早い方がいい」


 僕の疑問に、さくらが淡々と答える。


 け……結婚?


「た、確かにそうかもしれないけど」


「ケイ、そうかもじゃなくて絶対だよ? 二人なら許せても、他の女の子は絶対やだ。てか二人にも身を引いて欲しいし、ケイのお嫁さんは私がいい」


「ちょーっち千景、それは話を飛ばしすぎ。選ぶのはおけいはんだから。てか、私も桜子も引く気はさらさらないし。あ、そうだおけいはん、お父さんに私とおけいはんは付き合ってますって、言ってみてもいい?」


「ダメに決まってるでしょ」


「絶対ダメ」


 千景とさくらが、同時に答えた。

 つーちゃんは、にへらと笑顔を浮かべながら、「これがおけいはんへの気持ちね」と、サムズアップした。

 みんな、笑顔は崩さないままだ。


 ……なんだか、変な空気になってきている気もするけど、でも、みんなの気持ちはありがたく受け取っておく。

 

 父さんにもいったけど、僕はみんなに恩返しをするって決めてる。


「ありがとう。ほんとに。みんなありがとう」

 

 僕はもう一度、頭を下げた。



 ※



 身だしなみを整えたり、ソワソワしたりする三人を見つめながら、僕は家へと歩いて行く。

 緊張しているのだろうか?

 そうだよね……僕の父さんがみんなに対してどういうイメージを抱いているのか、伝えてるわけだし。


 ……みんなに任せっきりじゃだめだ。

 そもそもこれはうちの問題なんだし、僕も、しっかりしないと。



 ※



 京坂家の狭い居間で、父さんは三人を出迎えた。

 三人とも、余所行きに着飾っていて、気合が入っている。


 僕のお父さんとみんなが向かい合う形で座る。


 僕とあかりはテーブルの横に座って、父さんをまっすぐ見つめた。

 自己紹介が終わると同時に、父さんが早速口を開いた。


「正直……驚いたよ。まさか、こんなに可愛い女の子たちが京と仲良くしてくれているなんてね」


 父さんは、三人をしっかりと見据える。

 ……怒ってる様子はない。だけど、どこか戸惑っているようにも見える。


「君たちが、京と仲良くしてくれているのは、とても嬉しい……でもね。正直にいって私はまだ、少し不安なんだ」


「わかります、お父様の気持ち」


 食い気味に、父さんに同意する千景。

 

「ですが私はケイ……ケイくんを手放す気はありません。ケイくんとは一生を添い遂げ、そして幸せにすると心に決めています」


「……え、ああ……はい。うちの息子のことをそんな風に思ってくれてありがとう。だけどね烏丸さん、君は……高校生だよね?」


 父さんは、目をぱちくりさせて千景を見ている。


「はい。高校生です。子供です。でもケイを愛してます。私がケイを養います。私ならケイのお嫁さんに相応しいと思います!」


「ちょっと待った千景。だーかーら、そうい抜け駆けはなしってさっき話し合ったとこじゃんか」


「その通り。お父さんへの直接的アピールはNG」


 ずい、と身を乗り出して鼻息を荒くさせる千景を、さくらとつーちゃんが押しとどめる。

 三人とも、なんだかいつもより積極的に見える。


「け、京……お前、なんというか……凄い子たちと仲良くやってるんだな」


 父さんは、僕を見て言う。

 僕は苦笑した。


 確かに、凄い子たちだ……僕はこの三人のおかげで前向きになれたし、いつも支えられてる。


 だから僕は、真っ直ぐに、ありのままを伝えた。


「みんな、僕にとってかけがえのない、大切な人達なんだ」


 僕がそういうと、三人はとても嬉しそうな表情を浮かべてくれた。

 父さんは……じっと、考え込んでいるようだ。


 やがて、ゆっくりと目を開いた。

 僕は固唾を飲んでそれを見守る。どんな結末になるのだろうと不安に思いながらも、三人の頑張りを無駄にしたくなくて、必死に笑顔を取り繕った。


「キミたちが京のことを本気で想っているなら、養うなんて言っちゃダメだ。それではいつまで経っても京は大人になれないし、男にもなれない。私は古い考えの人間かもしれないが、少なくともお嫁に来てもらうというのはそういうことだろう? 京が、キミたちを幸せにするべきだと、私は思う」


「では、私の人生をかけてケイをサポートします、お父様。なので息子さんを私にください」


「え……烏丸さん? あの、ちょっと、話が早い」


 千景が身を乗り出して父さんに詰め寄り、一気に畳みかける。


「う、うちの息子はそう簡単に……って、俺は何を言ってるんだ。京、お前、とんでもない子を味方につけたな」


 父さんは僕を見て、冷や汗を浮かべた。


「まあ、そうだね……」


「おけいはんのお父さん、千景はちょっと変わった子なんで、お嫁にするなら私がいいと思います。息子さんは私にこそ、相応しいかと」


「司の方が変わってるでしょ……?」


「千景の方が絶対おかしいし」


「のように、二人とも少し変わっています。わたしなら的確に京君をサポートできます。お父さん、わたしの方がいいと思います」


「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ。息子のことを慕ってくれているのは正直、嬉しい。だけどね……この国は一夫多妻制ではないし」


 な、何を言ってるんだ、父さん。


「一夫多妻制の国に移住します」


「あー、流石は桜子。その手があったね」


「んー……確かにそれなら、うん。ケイをみんなで独占できる」


「き、キミたち……本当に高校生なのかい?」


 もはやコントだ……。

 みんな、一歩も引かない姿勢だ。


 もう父さんもあっちこっち目をグルグルさせて、どうしたらいいのかわからないという様子である。


「あたし、みなさんの妹になりたいです。お兄ちゃんをどうぞよろしくお願いします」


 あかりが、ぺこりと頭を下げた。

 三人が顔を見合わせて、にかっと笑った。任されました、と。

 

 父さんはお手上げ、というように両手をあげた。


 そして、僕にいうのだ。

 こんな凄い子たちに慕われてるんだから……もう俺に文句を言う資格はないな、と。


 こうして、千景、つーちゃん、さくらは無事に父さんへの挨拶を終えたのだった。


「みんな……ご飯を、食べていきなさい。京、作ってくれるかい?」


 父さんがそう言ってくれたので、僕はにこりと笑って台所へと向かった。

 

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