第23話 夏休みが始まる

 夏休みを目前に控えた、終業式。


 を終えて、明日からは待ちに待った夏休みだ。

 今日は午前中で終わったし帰ってゴロゴロしたかったけど、千景もさくらもつーちゃんも夏休みの計画で盛り上がっており、とてもじゃないけど僕の怠惰を許してくれそうにない。


 まあ僕のために計画してくれている部分もあるし、嬉しさの方が勝っているけど。

 僕の予定はほぼほぼ全て、みんなのためにある。夏休みに入ってもそれは変わらないし、むしろ予定は増えるだろう。


 でもまさか、つーちゃんが虫取りをしたいと言い出すとは思わなかった。


 千景は「絶対嫌だ」と断固拒否の姿勢を示し、さくらも似たような反応だ。けれど、つーちゃんも意固地なところがあるので、譲るつもりはさらさらとないといった鉄の意志を貫いている。


 つーちゃんだけを特別扱いする気はないけど、僕もわりとカブトムシとかクワガタが好きだったりする。


 でも女の子は昆虫に興味なんかないよね。そんなこんなで様々な意見を交え色々と計画を練りながら、僕たちは雑談に花を咲かせる。


 今日が終われば夏服制服はしばらく着ることがないだろう。

 つーちゃんなんか、夏休みは明日からだというのに髪を金色に染めていて、それがまた良く似合っている。もともとギャルっぽかった外見が更にギャルギャルしく変貌していて、ニューつーちゃんって感じ。


 僕は『ギャル』が好きだとか『清楚系』が好きだとか、とりわけこれが好きという偏った嗜好はないのだけれど、ニューつーちゃんは他の追随を許さないほどに、むちゃくちゃ可愛いな、とそう思った。千景とさくらが髪を結ったりいつもと違うメイクを施している時にもそう感じることがあるので、どうやら僕は目新しいものに見とれてしまうタチらしい。


「ねね、一日中イチャイチャする日作りたくね?」


「それは賛成」


「賛成」


「えっと……じゃあ賛成で」


「おけいはんのすけべ」


「ケイも好きだね」


「京君えっち」


「いや、みんなが言い出したんだよね!?」


 相も変わらず、この三人に僕が勝てる道理などなかった。


「やっぱさ、海は外せないっしょ。おけいはんだって水着見たくね?」


 つーちゃんが、からかうように僕を見てくる。

 よーし。ここは堂々と答えて、大人ぶっておこう。


「うん。見たい。きっと似合うと思うし、絶対綺麗だよ、三人とも」


 つーちゃんが盛大に麦茶を噴き出した。


「ちょ、おけいはん。素直かよ」


 ふふ。

 僕も日々進化してるんだ。からかわれっぱなしとはいかない。


「ね、ケイ。布面積は少ない方がいい? それともクロスタイプ? ビキニよりも、ワンピースの方がいい?」


 千景が真顔でそんなことを聞いてくる。


「布面積が少ないのはやめて欲しい……」


「どうして?」


「僕以外の男に……千景の素肌を晒して欲しくないから」


 ぼそぼそとそう言うと、千景はアルコール度数の強いお酒を一気に呷ったかのようにかーっと顔を真っ赤にさせた。


「じゃ、じゃあ……可愛いやつにするね?」


「うん」


「京君。わたしは二人と違って大きいから、普通のビキニでも布面積が少なくなるかもだけど、どうしたらいい?」


「ああ、まあ……それは仕方がないっていうか、ね?」


「あー、桜子にだけ甘い。私だってそこそこ大きいよ? 司に比べたら」


「こぉらお二人さん、あんまりし胸の大きさでマウントとらんでくれる?」


 つーちゃんがくあっとテーブルに身を乗り出して、さくらと千景の胸を交互に睨みつけた。


「そんなのただの脂肪だし。痩せる努力を怠った証拠だから」


「わたしはそんなに太くない」


「うん、私もそう。司はもうちょっとご飯食べたほうがいいんじゃない?」


「食べてるし! 食べてこれなの、成長が止まっただけ!」


 つーちゃんが、さくら、千景、僕と順に睨む。なぜ僕にまで飛び火するのか。


「ぼ、僕は小さいのも好きだよ」


「そうそれ! その小さいってのがもうね、なんかもうね」


「……わかったから。ちょうどいいサイズで好きだよ」


「お、おけいはん……それは不意打ち。うん、まあいいけど」


 ぷしゅーっと顔から湯気を立ち上らせながらテーブルに突っ伏すつーちゃん。

 さくらと千景は自身の胸を見下ろしながら、ちょうどいいとは? とった風に疑問符を浮かべている。その仕草は間接的なエロティシズムを孕んでいて、慌てて目を逸らしたけれど、僕は大きいのも好きかな。……うん。


「浴衣も着たいなー……でも、お祭りやってる日、ちょうど納期近いよね」


「現実逃避したくなること言わんの」


「宿題と同じ。早く終わらせれば問題ない」


「僕にも手伝えることあったら遠慮なく言って」


 僕がそう提言すると、みんなは笑顔で頷いてくれた。

 

「ね? 夏休み前に一回しとかない?」


「千景~それサカりすぎ」


「わたしは賛成。京君がその気なら」


「あ……ぁ、僕はその、もう少し計画を練りたいかな。うん。もう少し」


「おけいはん、逃げたな?」


 つーちゃんがジト目で僕を睨んできたので、咄嗟に顔を背ける。


「んじゃさ、ぱーっとなんかしたくね? ぱーっと」


「司のそれは大掛かりなことな気がする。夏休みは長いようで短い。京君と過ごす時間はかけがえのないものであり、なによりも貴重」


「だねー……ぱーっとするもの、うーん……花火とか?」


「それ夏祭りと何が違うん?」


「あー……うーん……自分たちでするところが、かな」


「いつでもできる」


「元も子もないのこと言わないで。じゃあ二人が考えてよ? てかケイはしたいことないの?」


「あるにはあるけど……その、ちょっと大がかりかなって」


 僕は少し言葉を濁した。

 だけどみんなは僕のやりたいことが何なのか、薄々察しが付いているようで、おもむろにニヤニヤし始めた。


「この前、ネットで検索してたやつっしょ?」


「京君、結構アウトドア」


「ケイって意外とミーハーっぽいよね」


「……い、いいでしょ別に。みんなで楽しめるし」


「キャンプしながらバーベキュー、まあいいんじゃね? 楽しそうじゃん」


「うん」


「じゃ、どこで寝泊まりするとかはケイが企画してね」


「わかった」


 夏休みの予定は着々と埋まっていく。

 楽しい夏休みになりそうだ。きっと忘れられないような思い出を作れる、と僕は確信に近い見立てを深めるのであった。


 ※


 話し合いは一旦休憩ということで、各々がお菓子に手をつけ始める。

 すると千景がとことこと僕の隣に腰かけ、あたかもここが定位置だと主張せんばかりに肩をくっつけてきた。

 ドキドキ……ドキドキ。心臓の高鳴りが鼓膜にまで届き、僕の頬は一気に熱を帯びる。やっぱりまだ慣れない。男というのは異性の体温を直に感じると、鼓動が鳴りやまない生き物なのだ。


 千景の一挙手一投足に見惚れていると、つーちゃんが僕の顔をじーっと覗き込んできた。


「おけいはんさ、千景を甘やかしすぎてね?」


「そんなことはないけど……」


「気持ちは三等分するって言ってんのに、まず千景におすそ分けしてるよね」


「気にしなくていいよケイ。司は気持ちに正直になれないだけ。わたしはケイとくっつきたい。だめ?」


「ん、それはいいけど」


 千景が僕の右手を取ってスリスリと頬擦りをする。か、可愛い。

 けれどもつーちゃんからすれば、僕と千景が二人だけの世界を作っていちゃつくのが面白くないのだろう。


 苦虫を嚙み潰したような顔でそっぽを向き、ふんと鼻を鳴らした。


「まあ、うん、いいんだけどさ。おけいはんってなんでもかんでも千景を優先させるよね」


 つーちゃんの意見に、さくらもうんうんと同調する。


「桜子がうなずくのもおかしいし。ずっとテスト勉強してたじゃん」


「司さ、みんなのケイなんだから嫉妬はよくない」


「う、うるさいな。わかってるし!」


 つーちゃんが口を尖らせて、千景に言い返す。

 そういえば最近、つーちゃんのことあんまり構ってあげられてなかったかも。僕は千景の頭を撫でたあとソファーから立ち上がり、つーちゃんの腕を取って寝室へと連れ出す。


「お、おけいはん?」


「何?」


「な、なにって……こっちのセリフ。どしたん……?」


「あっちで話そ」


「う、ん……」


「千景、さくら。今からその……つーちゃんと、一緒に過ごすから、少しだけ、待ってて?」


 僕はさくらと千景にそうお願いすると、寝室のドアをパタンと閉めた。

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