第2話 回想2 小野司
次の日。
学校に行くと、僕はいつも通り陰口を叩かれていた。おもに陽の方に属する人たちに。
けれど、そんな周りの反応なんて気にならなくなるくらいの事件が、昼休みに起こる――。
「うっざあ。
「そんなことねえって。ただ、なんつうの、お前らが来てくれた方が親睦会も盛り上がるし、な?」
教室の端っこで男子のグループと三人の女子が対立している。
中岡と呼ばれた男子はクラスの中心人物である。文武両道、サッカー部のエースを任されている爽やかなイケメンで、女子に人気がある。
そんな彼がグループの中心となり、新しいクラスの親睦会を企画していたんだけど――
「うちらはマスコットじゃねーし、てかあんた親睦会とかいいながら特定の人間しか誘ってないじゃん」
「いや……それはだな」
烏丸さん、小野さん、醍醐さん(おもに小野さん)がその誘いを真っ向から拒否していた。
クラス一の美少女グループの明らかな拒絶に、中岡くんも男子たちも困り果てている様子。
たぶん、クラスの空気も悪い感じになってると思う……。
小野さんはけっこう、きつめの口調で中岡君を糾弾していて、流石のイケメンもタジタジだ。烏丸さんはそっぽを向いているし、醍醐さんなんかはあくびまでしている。
まるで、自分には関係ないという素振りで。
気持ちは分かる。なんとなくだけど。
そんなことを考えていると、ふと烏丸さんがこちらに視線を送ってきた。
どうしよ? みたいな顔をしている。
……う。昨日少し話をした仲とはいえ、いきなり振られるのはちょっと……
でも、このままにはしておけないような、そんな空気だった。
僕は席から立ち上がって、「あ、あのう」と、教室中になんとか響く声をしぼり出した。
その瞬間、教室中が静まり返る。
男子も女子も、みんな僕を見ている。
「京坂、お前……なに?」
イケメンが不機嫌そうに僕を睨む。
「いや、えっと、今日僕、久しぶりにバイト休みで……あの、その、親睦会に行けたらなー……なんて」
僕の声は尻すぼみに小さくなっていく。声が震える。
中岡君は呆れたようにため息をつく。
小野さんは一瞬、「何を言われたか分からない」という顔をしたけど、すぐに意図を察してくれたようで、ポンと手を打った。
「そういえば、おけいはんって一年のときもバイトがあるとかで親睦会来てなかったよね?」
おけいはん?
それって、もしかして僕のあだ名だろうか。
「あ、うん。でも今回はバイトが休みだからいけそうなんだ」
「よかったじゃん。まあそういうことなら全員参加の方が盛り上がるっしょ」
ウェーブのかかったミルクティブラウンの髪とバッチリとメイクを施したくりくりの目を輝かせながら、小野さんは燦々ときらめく
「んじゃ行きたい人、全員挙手で」
その鶴の一声で、教室がわっと活気づく。
クラス内における誰々のヒエラルキーとか、そういうのを一切無視して、みんなが次々と参加を表明していく。ピラミッドパワーならぬ小野さんパワーだ。
とまあ、そんな訳で……僕もクラスのみんなと一緒に、カラオケに行くことになったわけだけど、あまりこういうイベントごとに慣れてない僕は正直なところ困惑気味だった。
烏丸さんが笑っていたような気がするけど、気のせいだろうか。
※
本当はバイトに行こうと思っていたけれど、あの雰囲気では、とてもじゃないけど言い出せなかった。
しかも、カラオケに来たということは少なからず出費があるわけで。
僕は部屋の隅っこで、妹の大学費用を稼ぐという『自分との約束』を反故にしたことを後悔しながら、みんなの歌を聴いていた。
一クラス、三十六人なので、部屋は六人ずつのグループに分かれている。僕はみんなとあまり話したことないし、カラオケも久しぶりなので、こうして隅っこで一人で過ごすのが、楽だった。
や、やばい。親睦会のしの字もない。
男女がそれぞれ二人一組で固まり、トークに花を咲かせている。そんな恋愛番組のような光景を横目に眺めながら、僕はちびりちびりとウーロン茶を口に含むだけ。
なんというか、合コンみたいだ。ま、僕は合コンなんか行ったことがないので、あくまでイメージでしかないのだけれども。
そんなことを考えていると、部屋のドアが開いて、誰かが入ってきた。小野さんだった。
水滴のついたグラスを片手に、にかっと歯を覗かせている。
笑うと、八重歯がちらりと見えて、すごくチャーミングだ。
第二ボタンまで開けたブラウスに、校則違反ギリギリの短いスカート。腰に巻いたブレザーや耳に光るイヤリング、慎ましい胸元を飾るハートのチャームのネックレスが、彼女のギャルギャルしさと美貌を強調しているようにも思えた。
ギャルっぽいのにどこか親しみやすい雰囲気を兼ね備えていて。
そんな小野さんは、メロンソーダの入ったコップを僕の頬にくっつけながら、「ありがとね」と、一言。アリガトネ……?
「あーさっきの。あれはその、勢いで言っちゃったというか、あはは」
「うん、分かってるよ。おけいはんがああいうこと言うタイプじゃないってことくらい。でもまあアレで空気も良くなったし、ほんとありがとね」
小野さんは僕の隣に腰を下ろしながら、溌剌とした声でそう言って、にこりと笑った。
どうやら、隣の部屋からわざわざお礼を言いに来てくれたらしい。
女の子と喋るのは久しぶりなので緊張するけど、相手は同級生。
自然体で接すればいい、はず。
「僕はおけいはんじゃなくて
「そんなの知ってるし。下の名前が
「あー、なるほど……」
「千景から聞いたんだ。おけいはんが妹ちゃんのためにユーバーのバイトしてるって。今日もホントはバイトに行く予定だったんでしょ?」
昨日の今日で、もう烏丸さんから小野さんに伝わってるのか。
まあ、別に隠すことでもないからいいんだけど。
「小野さんが気にすることじゃないよ。うちの家庭の事情だし」
「わあ、男の子にやんわり拒絶されたの初めてかも」
室内に曲が流れる中、僕たちはポツリポツリと会話をする。
「拒絶はしてないよ」
「でも今遠ざけようとてしたじゃん」
「えっと、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど……」
「冗談だって。ま、みんなには私がうまく言っとくからさ、おけいはんは抜けたいときに抜けていいからね」
そう耳元で囁きつつ、小野さんは――どこか帰りづらい雰囲気を作ろうとしている気がする。
距離が近い。僕の肩に、胸が当たってる。
惜しむらくはそんなに胸が大きくないところだけど、ブラウス越しに伝わってくるプリンのような柔らかさは、確かに本物だった。
女の子の柔らかさを直に感じて、僕の心臓がドクンドクンと脈打っている。
わざとやってるんだろうか。
それとも、ただ単に距離感がおかしいだけなんだろうか……うーん、分からない。
ギャルはスキンシップがレベチだとは聞くけれど、これがその然したる例なのかもしれない。
「ありがと。じゃあお言葉に甘えて、もう少ししたら帰るよ」
「はぇえ。マジで……やんわり拒絶された」
「えと、どういうこと?」
「ううん、こっちの話。バイト頑張ってね」
「うん。ありがと」
僕はそれだけ告げて、カラオケルームを出た。
小野さんがニンマリと笑っていた気がするけど、あれは一体どういう笑みだったんだろう。
ぼっちの僕には、女の子の感情の機敏というものがよくわからなかった。
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