奪い合い編
第9話 美術室で
三人は学校でも積極的に僕に絡んできてくれるようになった。
僕も僕でバイト生活が板についてきて、三人が何を求めているか少しずつわかるようになってきた。
時給五〇〇〇円という恩恵に与っている以上、どんな些細な感情の変化も見逃してはならない。
少しでも校内三大美女の支えになれればいいな、と。
らしくないことを、考えたりして。
(……まあ大前提はあかりを大学に行かせてあげることだけど……)
昼休み。
僕は小野さんに呼び出されて美術室にいた。
小野さんは美術部の部長で、お仕事だけでなく部活でも絵を描いてるらしい。ちなみに、醍醐さんや烏丸さんが所属している部活は不明だ。
小野さんは美術の先生から部屋の鍵を預かっているようで、今ここには僕たちしかいない。
油絵の具のちょっぴりキツイ臭いが、なんとなくノスタルジーを感じさせる。なんというか保健室の消毒液の臭いと同じで、そこになければないでちょっと寂しい感じ。
「誰か入ってくんのもイヤだし、鍵閉めちゃうね」
「あ、うん」
内側から鍵を閉めた小野さんは、僕の背中に抱き着いてきた。ふにんっ、とした柔らかな感触が背中に当たる。
小野さんの胸のサイズは控えめで軟球テニスボールよりやや小さいのだけど、そのフレキシブルさときたら、プリンやゼリーに喩えたくなるぐらいの圧倒的柔らかさだったりする。
何が言いたいかって、そりゃもう刺激的すぎるってことだ。
僕はドギマギしながら、どうか自分の心臓の音がバレないように、と心の中で祈っていた。小野さんが美術室を選んだのは、多分わざとだ。
(ここに呼び出された理由はわかってる……)
「おけいはん、なんか背中おっきくなったね」
「絵を教えてくれるっていうから、きたのに……」
「もう、つれないんだから。ぶぅぶぅ」
小野さんは僕から離れると、机の上から鉛筆とスケッチブックを手に取った。
そのままデッサンをせんという物腰を見せるも、ギャル然としたオーラは微塵も隠し切れていない。
腰に巻いたグレーのカーディガンに校則違反ギリギリの短いスカート、そしてのウェーブのかかったミルクティブラウンの髪と、耳や胸元を飾るピアスとネックレスが、彼女の魅力を二倍、三倍に押し上げている。
僕の隣に腰を下ろした小野さんはブラウスの袖をまくって、スケッチブックに鉛筆を走らせ始めた。
「どうして急に絵を学びたくなっちゃったの?」
「僕、壊滅的に絵が下手だから。先生にやる気ないって思われてるみたいで」
「ほえ~。中途半端にうまいより下手な方が味があるんだけどね。イラストって結局、画角の中にひとつのものをどう入れるか、だから。アングル次第で化けるかも」
「そっか……勉強になります」
僕は鉛筆を持ち直しながら、小野さんの言葉を記憶というメモ帳に書き留める。
(やっぱり小野さんの絵はすごいな)
すらすらと美術室の風景が鉛筆で描かれていく。
「ま、こんな感じ。おけいはんはとりあえずそこらへんにある小物とかで練習した方がいいかな? 風景画は正直一番ムズイ。パースを気にしながら描くから、知識ゼロの人には描けないんだよね」
「そういうものなんだ」
「まあセンスがずば抜けてるとかなら、別なんだけど」
小野さんは僕をちらりと横目で見た。
(センスか……)
僕にはないものだ。
絵を見るのは好きだし美術館や博物館もよく行くけど、観ると描くでは勝手が違う。
「わかった。小物とか、参考になりそうなものを探してみるよ」
「ちょっち待って。やっぱ趣旨変更」
小野さんは作業の手を止めると、僕の顔をまじまじと見つめてくる。
(な、なんだろう……)
絵に描いたような美少女に至近距離で見つめられると、否応なく緊張してしまう。
ドクン。ドクン。心臓の鼓動がどんどん大きくなっていくのがわかる。
僕は平静を装って、ただじっと小野さんを見つめ返した。
「私がモデルになってあげよっか? ヌ ー ド モ デ ル」
「へ?」
「やっぱさ、自分の本能に従う方がイイ絵って描けるわけ。漫画家としての才能はなかったけど、エロ漫画家としての才能ならピカイチって人もいるし、おけいはんもエッチなこと好きでしょ?」
「……それを言うなら小野さんだって」
「わ、私はそこらへん認めてるし。だからエロいの描いてるわけだし」
潔いとは思うけど、そこには確かに恥じらいがある。
小野さんはいつだって自分の欲望に素直だ。恥じらいと欲望という真逆の感情が同居しているからこそ、小野さんは魅力的なんだとも思う。
「小野さんの気持ちはありがたいけど、流石に学校でそういうのはマズイと思う」
僕はできるだけ真剣な声色で説得を試みる。
「絵のモデルをやってる人は普通にいるよ。ヌードモデルとか。つまり絵のモデルは立派な職業なの。やましいと思うのは、おけいはんがやましいことをしようって考えてるからじゃない?」
「そ、それは」
……そうかもしれない。
僕は無意識のうちに、小野さんをそういう目で見てしまっているのかもしれない。
ここ一ヶ月で小野さんとは何度も身体を重ねた。
それ故に、四六時中彼女のことを意識してしまうのは――これはもう自然の摂理だと、そういう風に脳が処理を下しているのかもしれない。
だとしたら僕は最低だ。
「ご、ごめん。やましいことを考えてたかもしれない」
「いいっていいって。おけいはんは男の子なんだからしゃあないっしょ。てことは決定でいいかな?」
「あー、いや……でも」
「おけいはん、こういうのはねノリと勢いが大事なの。恥ずかしがってたら何も始まらないよ」
小野さんは僕の太ももに手を置いて、すりすりと撫でてきた。
ノリと勢いって。さっきまでモデルさんに対して敬意を払え、みたいなことを言ってたくせに。
「小野さんが脱ぎたいだけじゃ」
「ば、バカ……そんなことないし」
「ホントに?」
「う、うん。もちろん。にはは」
誤魔化すように笑う小野さん。
なんだか、怪しくなってきた。
まあいいか。
いや、何がいいのかわからないけど。
小野さんの裸を見たのは一度や二度じゃないわけだし、イチャついてる時ならいざ知らず。
絵のモデルをしてもらっている時なら、僕も変な気は起こさないだろう。……多分。
「じゃ、じゃあ脱いで」
「へ!?」
「ん?」
「へ、へえ。そんなに脱いでほしいんだ。ふーん。おけいはん、やっぱエッチだね」
「小野さんが言い始めたのに。もしかして僕のことからかってたとか……?」
「そ、そんなわけないし。おけいはんのバカ。あんぽんたん」
引くに引けなくなったのだろうか、小野さんは腰に巻いたカーディガンをほどいで、ブラウスのボタンを一つずつ外していく。
けれど、すぐに手を止めてしまった。
顔が真っ赤になっていて、緊張しているのが伝わってくる。
ううむ……可愛い。
普段は経験豊富そうな雰囲気を出してるくせに、根は純情なんだなぁって思うと、微笑ましくなってくる。
実際のところ、小野さんは烏丸さんや醍醐さんに比べたら、ずっと御しやすいというかなんというか。
この人がからかわれてる理由が、よくわかる。
「あ、あのさ、おけいはん……下着は、つけたままでもいい?」
「脱ぐのが嫌なら制服を着たままでもいいけど」
「は、はあ? 全部脱ぐし。おけいはんのくせになに気をつかってん? 逆にムカつく」
小野さんはぷんすかと怒りの湯気を立てながら、ブラウスの残りのボタンを外し、スカートのファスナーを下ろして、なかばやけくそ気味に衣服を全て脱ぎ捨てた。
(やっぱり……何度見ても……すごいなぁ)
可憐で煽情的で、そしてどこか背徳的。
美術室で同級生の女の子のヌードシーンを拝めるなんて。
小野さんがブラジャーのホックを外す。
美術室の中で『ショーツ一枚だけ』になった彼女の姿はそれはもう小悪魔的で、そして僕は最後の一枚に手をかける小野さんを黙って見ているだけだった――。
*
鉛筆を走らせる音が、美術室に静かに響く。
小野さんは、時折くねくねしながら、ポーズを変えている。
「あの、そんなに動かれると描きづらいんだけど」
僕はデッサンをしながら、小野さんにそう声をかけた。
「な、なんでそんな冷静なのよ。裸になったらおけいはんが襲い掛かってくる算段だったのに」
ネタバレがひどい。
「ああ、もう、私がBカップなのがいけないんだ。神さま、仏さま、今すぐおけいはんをぎゃふんと言わせる脂肪を授けてちょうだい」
大丈夫か、この人。
「誰もそんなことは言ってないよ」
「じゃあなんでおけいはんはそんなに冷静なん? 私、裸だよ? おっぱい丸出しなんだよ?」
「……考えないようにしてるんだから、あまり強調しないでくれるかな」
僕がそう返すと、小野さんは天狗のように顔を真っ赤にしながら僕を睨んだ。
「なんかムカついてきたし、発散したい」
「え……?」
「おけいはんのせいだから。昼休み終わっちゃうから、おけいはんも早く脱いで」
「ごめん、ちょっと意味がわからないんだけど」
無茶苦茶な理論を述べて、小野さんは僕を急かしてくる。
学校で?
発散?
いやいや、それをしちゃったらホントに歯止めがきかなくなるって。
三六五日、理性が崩壊するんじゃないだろうか。おもに小野さんの方が。
「学校が終わるまでは我慢して欲しい」
「あー! う、上から目線で要求してきた。あの純情だったおけいはんが。さ、さては千景と桜子に染められたな」
小野さんがオーバーリアクション気味に癇癪を起こす。
これに関しては小野さんの自爆だと思う。
「こうなりゃ是が非でも、おけいはんをその気にさせてやる」
それはまずい。
キスを一回でもされたら僕の方も歯止めがきかなくなる。
「ストップ。それ以外の要求なら応えるから落ち着いて」
「……それ以外?」
「うん」
「うーむ」
「できる範囲のものでお願いします……」
「あ、そいやおけいはんってさ、みんなのことまだ「さん」付けで呼んでるよね」
「うん」
全裸の女の子が腕を組んで、顎に手を当てている。
改めて、すごい光景だと思う。
シュールすぎてちょっと笑いそうになるけど、笑ったら絶対に逆上しそうだから笑わない。
「じゃさ、私のことはこれから司って呼んでくれない?」
「……難しい要求だね」
「なんでよ!?」
「僕、呼び捨てってあんまし得意じゃないんだ。得意じゃないっていうか、同級生のことを呼び捨てしたことがないから、ちょっと拒絶反応が」
高校二年生にもなって、いまだに同級生の下の名前を呼び捨てにしたことがない。
僕はそういうキャラなんだ。
小野さんはそんな僕にジト目をくれると、怪訝そうな顔で言った。
「……じゃあさ、つーちゃんとかならオーケイ?」
全裸で。
「あ、うん。それなら」
「呼んでみて」
「つーちゃん」
「はわっ……!!」
ズッキューン!
とハートを射抜かれたかのように、小野さん改めつーちゃんはへなへなとその場に膝から崩れ落ちた。
それからたけのこニョッキの勢いで立ち上がると、やばい……としか形容できない笑みを浮かべた。
全裸で。
「……も、萌えキタ。ふふふ、ふふふ、おけいはんに呼ばれるとめっちゃ萌える。もう一回言って」
つーちゃんは興奮した様子で、僕に詰め寄ってくる。
全裸で。
(ええ……)
こればっかりは流石にちょっと引く。
でもまあ、本人が喜んでくれてるならいいか。
「つーちゃん」
「くぅぅ、優越感パない。鼻血出そう」
つーちゃんは、にへら、とだらしなく笑ってる。
どうやら一人の世界に入って、妄想に耽っているらしい。
全裸で。
(そろそろ昼休みが……終わる)
僕は美術室の床に落ちたカーディガンとブラウスとスカートと下着を拾って、宇宙と交信しているつーちゃんの着替えを手伝うのだった。
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