第4話 えげつない女子会

「千景、また胸おっきくなった?」


「あ、分かるー? 最近ブラがきつくてさ……。ついに成長期到来って感じ?」


「わたしから見れば司も千景も小さいけどね」


「んー……?」


「いまうちら喧嘩売られた?」


「わたしは事実を述べたまで。二人が小さいのは事実」


 カスタムリノベーションされた、4LDKのマンションの一室。

 小野司が一人暮らしをしているこの部屋は、校内三大美女の共同作業場であり、学校では見せない裏の顔を披露し合う、いわゆる男子禁制の場ガールズトークルームでもあった。


 ボイス収録用のブースが備え付けられた防音仕様の個室。

 イラスト教本や小説が並んだ本棚。

 シンプルかつ上品なデザインの机。

 座り心地のいい椅子などなど。


 機能的な家具が配置されており、壁紙やカーペット、カーテンは白と黒を基調に統一されているため、とても清潔感がある。


 そんな豪奢な一室のリビングには今、小野司、烏丸千景、醍醐桜子の三人が制服姿で一堂に会していた。


「司はそうかもしれなけど、私はDだよ」


「ってちょい、さりげ巨乳派アピールやめい! アンタはこっち側でしょ千景」


「BもDも変わらないと思う。わたしはG。それ以上でもそれ以下でもない」


「でもほら、私はDで美声もあるから。この中で一番魅力がないのは司でしょ」


「なんで私だけ女子力ないみたいな流れになってるわけ!?」


 三人はリビングに設置されたガラス製のローテーブルを囲んで、とりとめもない雑談に花を咲かせている。


 各々、作業に没頭しながら。


「京坂君は巨乳派だと思う」


「んー、京坂は美乳派じゃないかな」


「そっかな。おけいはんってBぐらいがちょうどいいって顔してんじゃん」


「「それはない」」


「アレここ私の家なんだけど、いつからアウェイになったん?」


 彼女たちが手掛けているのは、音声作品だったり、ギャルゲーだったり、多岐に及ぶ。

 様々なプラットフォームで配信されている、VTuberの動画作成なども手掛けている。


 同人サークル『メロウ』は、その業界では、かなり名の知れた存在だ。

 全員が高校生であるにも関わらず、すでに多額の収入を得ている天才少女たち。



・声担当の烏丸千景

 主な活動はASMR、VTuberの中の人、自作ゲームの声優


・イラスト担当の小野司

 主な活動はジャケ作成、キャラデザイン、自作ゲームの作監


・シナリオ担当の醍醐桜子

 主な活動はASMRとVtuberの台本、自作ゲームのシナリオ



 三者三様に、それぞれ得意な分野があり、そんな三人が集まったら、作業が捗らないはずがない。各々役割分担をし、着々とプロジェクトを進めていく様は、その道のプロであることを十二分に証明していると言えた。


 時に罵り合い、喧嘩をすることもあるが――なんだかんだで仲は良く、その根底にあるのは『親愛』である。

 むしろこの三人が出会ったことで、それぞれの特技や強みが活かされ、三人だけのが生まれている。


 そういう意味では、最高で最強のトリオなのかもしれない。

 もっとも、今、彼女たちの話題の中心にいるのは――クラスメイトの京坂京だった。


「桜子が男子に興味を持つって珍しくね? アンタ、男子に興味ないじゃん」


 司が、ペンをくるっと回しながら、桜子にそう尋ねる。


「それは司も一緒。司だって男子に興味がないはず」


「まあね。でもおけいはんは別。なんていうか、変な子だけど可愛いじゃん」


「京坂は割と普通じゃない? 司の方が変だと思うけど」


「同意」


「なんか今日辛辣じゃね? 前世で私に親でも殺されたん?」


 司は不満げに、鼻を鳴らす。

 そんな司をフォローすることなく、桜子と千景は話を進める。


「千景、ボイス台本のデータ送っといた。司は早くジャケットのイラスト描いて」


「ありがと桜子」


「スルーきたあ。てか、イラストはこの前ラフ上げたじゃんか」


「わたしはあれでいいと思うけど、千景が不満そうだったから」


「マスクは必須。そこだけは譲れないかな?」


「それだと前と似たようなイラストになるっしょ。マスクは目許しか映らないから表情描き分けるのが面倒なんだって」


 司は不満を垂れながらも、液タブにペンを走らせる。


「レイヤーオンオフで対処して。千景は主観が入りそうだし、最後はわたしが二種類の表情を見て、決める」


 醍醐桜子は、常に冷静沈着。そして合理的だ。マスクのあるパターンとマスクのないパターンを平然と要求するあたり、絵師に対しての遠慮はまったくないが。


「うへぇ、もう手首が限界」


 司が、げんなりとそう零す。


「腱鞘炎になったら休めるでしょ? ほら頑張って」


「鬼かアンタは!」


 千景は、PⅭの画面から目を離さず、黙々とシナリオ台本を目に通す。

 来月『LDsite』にアップ予定の、ASMR作品の台本だ。ボイス収録をする前に、誤字脱字、台本に不備がないか、チェックをしているのだ。


「桜子、パート9のところ、ちょっと声の抑揚がつけにくいかも」


「『私の舌長いから耳の中ぜんぶ舐め尽くしちゃうよ』――のところかな? だったら、『私の舌長い』のあとに『かな?』の疑問形で区切ると、ちょっと雰囲気変わるかも」


「んっ、よし。――『私の舌長いかな? 耳の中ぜんぶ舐め尽くしちゃうよ』――。うん、こっちかな。採用」


「わかった」


 千景は実際に発声して、確認作業を行う。

 桜子はキーボードをタイプして、台本に修正を入れていく。


「あぁ……エロジャケ描いてるとムラムラするぅ」


「それはみんな同じー。あ、桜子はそうでもないか?」


「わたしもシナリオ書いてると、たまに」


「桜子、アンタそんな堂々とカミングアウトするタイプだっけ?」


「自分の欲望に忠実なだけ。司も千景もそうでしょ? みんな好きなものには正直に生きてる」


「まあね。エロは正義! いま週八ペースでひとりでしてる」


「私は週七かなー」


「正直、発散しきれないから辛い。そうは思わない?」


「わかる」


 司と千景のあられもない会話に、桜子は顔をしかめることもなく、淡々と同意する。

 女子同士の下ネタは際限がない。それは致し方ないことではあるが、学校の男子たちの思い描く三人のヒロイン像とは、大きくかけ離れていることだろう。そんな、みだりがわしいやりとりをしながらも、三人は作業の手を休めない。


「なら京坂君に慰めてもらえば?」


「お、桜子、ナイスアイディア!」


「いや倫理的にまずいでしょ。それに京坂って、穢れてなさそうなところが可愛いわけで」


「だからじゃん。だからこそ、エロで汚したいわけ。私らみたいな汚れきった人間は、純粋無垢な男の子を汚してこそなんぼっしょ。クラスの男子は下心しかないから、あんなん相手しても全然面白くないし」


「でも京坂は妹さんのためにバイトしてるんでしょ? 私たちの相手してる暇ないって」


「ならお金をだしゃあいいんじゃねえの。バイト代よりも多めに。そしたらウィンウィンじゃん」


「倫理的にアウトだから。お金で繋がる関係って、なんか悲しいよ」


 千景は珍しく強い口調でそう反論する。


「京坂からしたら、私たちが薄汚いおじさんにしか見えないわけでしょ? そんなの嫌だなあ」


「うへぇ……真面目だねぇ千景は」


「司みたいに倫理観が欠如してるわけじゃないから。ほら、桜子も黙ってないで何か言ってよ」


 千景に話を振られた桜子は、しばらく無言を貫いたのち――高性能な自動人形のように口を開いた。


「その理屈だと、わたしたちの恋愛対象は穢れてないといけなくなるけど、千景はそれでいいの? わたしはクラスの男子より京坂君の方が断然可愛いと思う。お金を払う理由は頑張ってる京坂君へのエールってことになるんじゃないかな」


「お、珍しく桜子が私の側についた」


「ついてはない」


「んー……てかさ、私も司も桜子も、ちょっとしか京坂と話してないのに、どうして今こんなことを論じてるんだろ?」


「あ、ぁぁ、まあ、そりゃ、なんつうの、うちらの本能が『このままじゃヤバい』って警鐘鳴らしてるから、じゃね?」


「そうだね。わたしたち三人とも、中学のときからコレしかやってこなかったから、まともな男子と話す機会がなかったし」


「悲しいねー……」


「いうな。泣きたくなるじゃんか」


 司と千景は、しみじみとそんなことを語り合う。

 これが校内三大美女と呼ばれる、三人の女子高生。だがその実態は、男子生徒とまともに話すこともままならない、残念な女子たちだった。


 三人は中学時代からクラスの中心にいて、その美貌と才能から男子の注目を集めてきた。

 彼女たちにとってそれは日常であり、もはや当たり前のことだった。


 ただ、男というのは下心がすけすけで、見たくもない本性が垣間見える。


 そして――京坂とのファーストコンタクトで、三人は度肝を抜かれた。

 男子に対して嫌悪感を抱いていた三人にとって、彼は未知の存在だった。


「私さ、京坂がユーバーのバイトで家にきたとき、すっごーくラフな格好してたんだよね……。なのに京坂ってば、私の谷間をチラ見さえしなかったんだよ」


「それをいうなら私なんかカラオケでおっぱい押し付けてたのに、無反応だったしぃ」


「男子とお花見したの、アレが初めてだった」


 三人はつい最近の思い出話に花を咲かせる。


「前言撤回。汚したくなってきたかも」


「お、千景もついに京坂の沼にハマったか」


「二人とも落ち着いて。相手は数分そこら話しただけの穢れを知らない男子。セカンドコンタクトで失敗すれば、多分一生避けられる」


 桜子の指摘に、司と千景は顔を見合わせ眉根を寄せた。


 現実主義で、合理主義者の桜子がそう推察を立てたということは――つまりはそういうことなのだろう。


「よし、とりあえず今日の作業はこれで終わりにしよっか」


「作戦タイムってわけね。いいじゃん、そういうの大好き」


「賛成」


 三人は作業を止めて、テーブルの上に飲み物とお菓子を並べる。ちなみに千景はコーヒー、司はコーラ、桜子は紅茶、といった女子会にありがちなラインナップだ。


 かくして、校内三大美女と呼ばれる少女たちは、それぞれの想いを胸に秘めながら作戦会議を始めるのだった。

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