007

「二年の京坂きょうさかけいです」


「へえ。俺は三年の六条ろくじょう慶太けいた。キミ、この三人とは仲がいいの? 友達?」


「あ、えっと、その」


 友達になりたいとは言ってもらえたけど、友達と呼んでいいのか、正直なところ自信はない。


 同情心と憐れみから、声をかけてくれただけかもしれないし。


「うちらの友達なんで、ダル絡みするのやめてもらっていいですか?」


 僕の代わりに、小野さんが答えてくれた。

 肋骨の奥がキュッと痛む。


 今のは、少し、いや、かなり嬉しかった。です、はい。


「誤解だよ。ダル絡みする気はないんだ。ただ彼にも交渉を手伝ってもらおうと、そう思っただけさ」


 六条先輩は爽やかな笑みを浮かべて、僕の肩をポンと叩いた。


 その衝撃はさほど強くなかったけれど、得体の知れない何かを感じさせる。


 一見して爽やかな好青年だからそのギャップは強烈で、これが本当の腹黒さというやつなんじゃないかと、そう思えた。


 僕がツマならこの人はイカ墨だ。


「どうでもいいけど、京坂から手をはなしてもらえます?」


「それな」


「京坂くんが困ってる」


 烏丸さんと小野さんと醍醐さんがわかりやすく語気を強めて、六条先輩をキッと睨みつける。

 

 なんだろうこの、女子に守られてる感は。

 情けないぞ京坂京。


 妹にこんな現場を見られた日には、お兄ちゃんの威厳など皆無に等しい。


「ああいや。悪気はないんだよホントに。実は沓涼高で密かに噂になってるバイト戦士くんの話を思い出していたところでね。そう京坂くん。キミ、ユーバーのバイトをしてるよね? クラスの女子から聞いたんだ」


 三年生の女子か。配達先でそれらしき人を見たような、見なかったような。


「そうですけど、それが何か?」


「ユーバーって確かシフト制じゃなかったよね? どうだろ、この三人と同じだけの報酬を支払うからさ、キミの撮影の日にアシスタントとして協力してくれないかな? 日給で五万出すよ。もちろん交通費も、必要経費も、全部こっちで負担する」


「日給五万円!?」


 は、破格の報酬だ。

 妹の学費を稼ごうと数多くのアルバイトに励んできたけど、ここまで高い日給で働けるバイトは経験がない。


 交渉のお手伝いをしてほしい、というのは単なる建前でもなく紛れもない本音なのだろう。


 ぐぅ。さすがに心がぐらつく。


 迷うまでもなく飛びつきたくなる話ではあるけれど、僕はきっぱりとかぶりを振った。


「魅力的な提案ですが、僕は友達をないがしろにするような人間になりたくないです。だからごめんなさい」


 三人がまったく乗り気じゃないのに僕一人がイエスと言うのは、根本的に何かが違う気がした。


「京坂はこの話を、魅力的だと思っちゃったわけ?」


「おけいはんそれは流石になくね?」


 烏丸さんと小野さんが、揃って顔をしかめる。

 

 魅力的は失言だった。友達よりも、お金を優先する人間だと思われてしまったかもしれない。


 まずい。このままだと、資本主義の犬的なイメージが定着してしまう。


 ただでさえ妹に、「お兄ってたまに生活切り詰めることが目的になってもうてる主婦みたいな顔するよな」とか遠回しに揶揄されてるのに。


 僕は節約して浮いたお金をブランド物のバッグにつぎ込んだりしないぞ。


 あかりよ、お前が大学に行けるように。

 って、なに記憶の中の妹に反駁してるんだ僕は。


「ち、違うんだみんな。僕は、その、えっと、あの」


「落ち着いて京坂くん。わたしの顔を見て、深呼吸」


 すーはーすーはー。

 醍醐さんの美しい相貌に見入ってしまい肩の力を抜くどころか、胸の鼓動が加速する。


 こ、これ、逆効果だと思うよ?


「なんだかなぁ。京坂はいつか闇バイトとかの勧誘に引っかかって、お巡りさんのお世話になっちゃいそうな気がする。心配だよ、私」


「え、闇バイト? そんなのしないよ」


 なるほど。

 烏丸さんの懸念点はそれだったのか。


 僕はてっきり、お金の亡者だとでも思われたものかと。


「だって京坂って、ちょっと抜けてるところあるし」


「わかりみ深すぎてウケる。天然系入ってんよね」


「千景に同意」


 ……三人とも、僕のことをそんな風に思ってたんだ。


「もちろん、闇バイトではないからね。あくまで俺は、自分自身のさらなる躍進につながるかもしれないチャンスを、手放したくないってだけさ」


 と六条先輩。


「その足掛かりとなるのが、沓涼高のPR活動、ひいては校内三大美女と4ショット写真なんだ。どうかな京坂くん?」


「どうと言われましても。先ほどお答えした通り三人を裏切るようなことはできませんので、ごめんなさい」


 僕は再び、深々と頭を下げた。

 これ以上は話すことはないとばかりに、食べかけのお弁当を片付けて立ち上がる。


「キミはお金が欲しいんだろ? 効率的に稼ぐ方法があるのなら、それを試してみるべきだと思わないのかい?」


「……お金が欲しいわけじゃない。必要なだけです」


 図星を突かれて一瞬ひるみかけだけど、僕は強い口調で否定した。

 

 お金は欲しい。当然だ。

 お金があれば、あかりを大学に行かせてあげられる。


 だけど、そうじゃない。

 そんな単純な話じゃないんだ。


 お金だけを追いかけてしまうと、きっと大切なものを失ってしまうから。


「行こうみんな。昼休みが終わっちゃう」


「そのつもりだったんだけどね、京坂のせいだよ? 心が揺れるって、多分こういうことなんだと思う」


 その場に踏みとどまるようにして、烏丸さんが言う。


「えと、どういうこと?」


「んー……気が変わったってことかな。京坂がどうしてもってお願いするなら、この話、受けてもいいよ」


「わたしも協力する。京坂くんには社会見学が必要」


「ま、しゃーなし案件かー。そういうワケなんで先輩のテーアン受けてもいいですよ? その代わり、撮影したら金輪際うちらに関わらないって約束してくださいね」


 まさかの展開。

 烏丸さん、醍醐さん、小野さんの三人が、次々と六条先輩の提案に賛成していく。


 僕は呆気にとられることしかできない。


 しかし、そんな僕の気持ちを置いてけぼりにして話はとんとん拍子に進んでいき。


「わかったよ。いい写真が撮れたら、もうキミたちにはちょっかいをかけないと約束する。今週の土曜日なんてどうだろうか? 時間と会場は後で連絡するよ。京坂くん、連絡先を聞いてもいいかな?」


「は、はあ」


 勢いに呑まれて、スマホを取り出してしまった。


「じゃあ、今週の土曜日、みんなよろしくね」


 そう言って、六条先輩は少し離れたところで待機していた三年生グループを引き連れて、駐輪場から姿を消した。


 嵐のような出来事に、僕の脳内は疑問符で埋め尽くされた。


「みんな、どうして」


「あのキノコヘッドの口車に乗ったワケじゃないかんね? おけいはんは妹ちゃんのためにお金が必要なんでしょ? アタシら友達じゃん。なら頼ってよ」


「言いたいこと、先に司に言われちゃったけど。ま、私もそんな感じかな?」


「奉仕活動の一環」


 三人が口々に言う。

 僕はといえば、その温かさに圧倒されて、開いた口が塞がらない。


 一度片付けたお弁当をまた広げる。


 おかずはもう冷め切っていたけど、誰も見返りを求めない無償の優しさを目の当たりにして、胸が熱くなった。


「京坂のお弁当美味しそうだね? 卵焼きと唐揚げと、あとアスパラのベーコン巻きをもらおっかな。お礼はそれで十分だよ」


「え? 僕のおかず全部なくなっちゃうんだけど」


「ほーら魔性の片鱗が。急に一線越えてくるから千景は」 


「わたしと司は、千景みたいに恩着せがましいことは言わないから心配しないで」


「もう、二人してそういう情報操作やめてよね。京坂、冗談だから……」


「あー、えっと、うん。改めて、ありがとうみんな!」


 きっかけが何かは判然としないけど、僕はあの校内三大美女から友達認定してもらったみたいで、なんだか嬉しくなった。


 どうか、夢なら覚めないで欲しい……なんて思いながら、全力で頬をつねってみる。


 ィててッ! 

 この痛みはホンモノだ。


 

あとがき

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お読みいただきありがとうございます。

下記は本書のページの告知となります。

https://kakuyomu.jp/publication/entry/2024062002

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