引き寄せ編
第19話 テスト勉強
七月上旬。
学校は期末テスト前の期間に突入し、生徒たちはやや閑散とした教室で真面目に授業を受けながらもピリついた雰囲気を醸し出していた。
僕も出来る限りテストの点数を上げておきたいので、学年トップの成績を維持しているさくらの教えに沿う形で、放課後は二人で一緒に勉強をしている。
場所は、僕の家。
つーちゃんと千景はサークル活動の方がかなり忙しいみたいで、今回はパス。ボイス収録とイラストの納期が近いらしく、テスト期間でも
まあ、こればかりは仕方ない。
とにかく期末テストの予習を完璧とまではいかずともある程度のラインまで仕上げて、夏休みの補習を回避したい。
「飲み物持ってくるね。麦茶でいい?」
「うん。ありがとう」
というわけでテスト期間はさくらがわざわざうちに赴いてくれるという、ヒモ(僕たち四人の中では恋人に近い存在の意)ならではの特権を最大限に利用してしまっている僕なのだが……
本日は土曜日なので、勉強がてら出来る限りのお返しをしようと密かに考えている。
麦茶の入ったコップをテーブルに置いて、さくらと二人、勉強に勤しむ。
私服姿のさくらと一緒に過ごすこの時間は、癒し、というより至福のレベルにまで達している。
いつもの制服姿ももちろん可愛いけど、今日のさくらは清楚を極めたようなノースリーブの白ワンピースで、胸元に実った砲弾サイズのダブルメロンがよりいっそう強調されている。
ゆるふわカールのボブカットはお団子ヘアにまとめられており、ソメイヨシノ色の前髪には可愛らしい桜の花のピン留めが。
そして、クリアフレームのメガネが深窓の令嬢のような、そんな文学少女然とした雰囲気を際立たせていた。
「どうしたの? じっと見て」
「いや……その、可愛いなって」
正直な気持ちを告げると、さくらは照れくさそうに頬を赤らめた。
テーブルを挟んで向かい合うように座る僕たちの間には、数十センチの距離がある。
縮めようと思えばすぐにでも縮められる距離感だけど、勉強中なので、あまりイチャイチャはできない。
僕は少し物足りなく思いながらも、さくらとの二人きりの時間を満喫していた。
ノートにシャーペンを走らせる音。消しゴムをかける音。プリントをめくる音。麦茶を飲む音。
時計の針の音さえ聞こえてきそうな静寂が、しばらく続いたのち――……
「京君」
「ん?」
「横いっていい? その方が教えやすいから」
「うん、いいよ。ありがとう」
さくらが僕の隣に座椅子を置いて腰を下ろし、試験範囲の問題がまとめられたノートを広げた。
肩と肩が触れ合うほど近くにさくらがいて、直に体温を感じる。香水だろうか、甘い香りが鼻を突き抜け僕の脳髄をどろりと溶かしていく。
「どこがわからないの?」
「ここなんだけど、この一次不等式がなかなか覚えられなくて……」
「一次不等式は、文字を含むものを左に、含まないものを右に移行させる。仕分けだと思えばいい」
「仕分けかあ」
「そう。燃えるゴミと燃えないゴミを仕分けるのと同じ」
「なるほど……」
さくらの説明はとてもわかりやすくて助かる。
僕は数学が苦手だから、勉強ができる人が身近にいるというのはありがたい。もうじきテストだし……さくらの勉強を妨げているようで申し訳ないけど、とにかく今は僕にできることを最大限頑張ろう。と、そう思った。
静かで心地の良い時間はゆっくりと、だけど確実に過ぎていく――……それからしばらくして、さくらはシャーペンをノートの上に転がした。
「京君。疲れたでしょ。ちょっと休憩しよっか」
「まだ大丈夫だよ。さくらが、せっかく時間を作ってくれてるんだし」
「適度に休憩を挟むのも、勉強のうち」
「うーん……。わかった、じゃあちょっと休憩しようかな」
お言葉に甘えて、僕は小休止を挟むことにした。
「じゃあお昼ごはんでも作ろうかな。さくらは食べたいものとかある? 焼きそばならすぐ作れるんだけど」
「焼きそば好き。いただく」
「そう? じゃあちょっと待ってて」
僕は立ち上がり、キッチンに向かう。
冷蔵庫から材料を取り出して、テキパキと調理開始。フライパンにサラダ油を引き、豚肉と野菜を軽く炒めてから麺を加えて、塩コショウで味付けし、最後にソースを絡めて全体に馴染むまで火を通す。
お皿に盛りつけて、青のりと鰹節をまぶせば完成だ。
「いい匂い」
「手抜きでごめんね。でも味は保証する」
二人分の焼きそばをテーブルに置いてから、さくらの隣に腰を下ろす。
両手を合わせて、いただきます。
さくらはお箸を手に取ると、ふーふーと熱を冷ましてから焼きそばを口いっぱいに頬張った。
「美味しい」
「そりゃよかった。さくらはマヨネーズとかかける派?」
「美味しいのそれ?」
「……僕は好きだけど、さくらの口には合うかはわからないかな」
「じゃあ、かかったやつちょうだい」
「わかった」
僕の食べかけで申し訳ないけど、ソースとマヨネーズが絡まった麺を箸で摘まみ、さくらの口元まで運ぶ。
「どう……? 美味しい?」
「マヨネーズ味」
「あはは、だよね」
マヨネーズをかければ、大抵のものはマヨネーズ味になる。
それは僕も身に沁みて知っているけれど、お好み焼きやタコ焼きや焼きそばといったものにマヨネーズをかけるとソースの酸味が一段と引き立つような気がするから、僕は好きだ。
カロリーテロなので、女の子にはあまりオススメできないけど。
「でも、美味しいのは美味しい。ありがとう京君」
「いえいえ、どういたしまして」
焼きそばを食べ終え一息ついた僕とさくらは、勉強を再開する。
やはりさくらは教え方がとても上手で、苦手な数学も少しずつ理解し、公式さえ頭に入れておけば解ける問題も増えてきた。
「これならなんとか平均点以上、取れそうかな」
「頑張り過ぎは逆効果。程々にね」
「うん、わかったよ」
「わたしもなにかご褒美が欲しい」
普段はあまりそういうおねだりをしてこないさくらから、珍しくそんな言葉が出てきた。
「ご褒美、ね」
「うん。京君にちょっとお願いがあるの」
「内容によるけど、僕にできることならなんでも言ってよ」
もちろん無理のない範囲でだけど……と、一応そう念を押しておく。
「最近ふたりでゆっくりできてなかったし、ちょっとだけ甘えさせて欲しい」
さくらは僕に寄り掛かると、そのまま僕の腕を抱きしめた。
ぐにゅん……、という柔らかく重たい感触が伝わってくる。同時に、シャンプーの良い香りが鼻孔をくすぐる。ただでさえドギマギしている心臓が、さらに跳ねるのを感じた。
僕は平静を装って、さくらの髪を撫でる。毛髪の一本一本がさらさらで粉雪のように触り心地がいい。
「これで、ご褒美になるの?」
「なる」
さくらがあまりにも嬉しそうにの微笑むので、僕はなにも言えなくなってしまう。
(なんか……ズルいなぁ)
結局僕はそれ以上抵抗することなく、さくらのスキンシップを受け入れた。
肩を寄せ合って、キスをして、抱き合って……そんな、幸せなひとときを過ごす。
さくらは僕の胸に顔を埋めながら、小さな声で何度も何度も「好き」と呟いた。その耳は真っ赤に染まっており、僕も自然と頬に熱を感じるのだった。
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