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四月下旬。バイト二日目。
掃除をしながら同人サークルの作業風景を観察していてわかったことがいくつかある。
まず一つめは、千景、ツーちゃん、さくら、の三人はそれぞれ担当するパートが異なっているということ。そして二つめは三人ともサークル外のお仕事も兼業していること。
最後は、みんなすごく器用なこと。本人談を踏まえて各人の説明をすると。
烏丸千景。サークル内のボイス担当。
某事務所に所属している声優で、声帯模写も得意。ギャルゲーやAMSRでヒロイン役を多数こなす。登録者二〇万人超えの新星Vチューバー・音羽天使の中の人で、おもな活動は、ライブ配信だったり歌配信だったりする。サークル外における声優の名義は御池千景で、裏名義は濡羽千鶴というらしい。
小野司。サークル内のイラスト担当。
オリジナルキャラから版権絵まで幅広くこなす神絵師で、ギャルゲーの作監、ASMRのジャケット絵などを手がけている。Vチューバー・音羽天使のママ(キャラデザ担当)でもあり、ライブ2Dモデラーも兼任し、同人誌の作画なんかもやっている。
ちなみにイラストレーターとしてのペンネームはKOMATIというらしく、SNSのフォロワー数は三〇万を超えている。
醍醐桜子。サークル内のシナリオ担当。
ギャルゲーやノベルゲームの現役ライターでASMRや音羽天使の台本制作、オリジナルソングの作詞作曲、同人誌の原作などなどマルチタスクをこなしている。
サークル外ではシリーズ累計発行部数五〇万超の夜桜キリングというライトノベルを執筆しており、ペンネームは春うららという。先生とつけた方がいいだろうか。
と、いった具合に、三人とも名の通ったクリエイターでいわゆる神作家陣ってわけだ。
これだけの仕事量を学業の合間にこなすのは時間的にも体力的にもかなりハードだと思うのだけど、強力な『助っ人チーム』がサークルに在籍しているおかげで、なんとかスケジュールの調整をつけているらしい。
ちなみに、その助っ人さんたちの顔や年齢や性別は……誰も知らないとのことで、ハンドルネームは『MM』というらしい。つまりはネット上の協力者みたいなものか。
その内ちゃんと紹介すると言われたので、僕も頭の片隅に留めておくことにした。
「ここ変更しちゃうワケ?」
「変更ではなくリテイク」
「ぬー。桜子のこだわりはわかるけどさー、ワンシーンのために表情やらグラフィックやら追加するアタシサイドの労力も考えてもらわないと」
「だね……私もセリフ覚え直さないとだし」
「なら二人がスプリクトとプログラムを覚える? 労力という意味を一度辞書でひいてみたほうがいい」
「ご、ごめん桜子」
「まま、謝るからそういじけんなし」
「いじけてない。クオリティについては完璧を期すことが絶対条件というだけ。もちろん納期も遵守する」
「了解。スピード重視ってことだね。サウンドの外注はこっちで詰めとくよ」
「任せる」
「あ、逆オファーのメールきてるけど、どうする?」
「抱き合わせの打診はチョメでヨロロ軍曹」
痴話喧嘩みたいな会話劇から始まったミーティングが、どうやら終了したようだ。
学校ではお目にかかれない三人の掛け合いに、僕は作業の手を止めてしばし聞き入ってしまう。
ぼ、僕も頑張らないとな……。
一時間後。
「いちちー。手首がパンナコッタ」
「だいじょうぶツーちゃん?」
親指をぴくぴくさせてるツーちゃんに僕は駆け寄る。
「ま、いつものことだし、ジョブジョブ」
「あんまり無理しちゃダメだよ」
「心配してくれて一休さん。てか、おけいはんって掃除のプロなん?」
「まさか、業者さんじゃあるまいし」
「でもなんか部屋ピカピカになりすぎじゃね?」
「そうかな?」
「絶対そう。こんな神ワザどこで身に付けたし、このこの」
「んー……ネットを参考にしたり、動画を観てやってたら自然と身についちゃったっていうのが正解かも」
「そゆ主婦力高いとこ、萌え萌え」
主婦でも主夫でもないけどね。
「ホントだぁ。髪の毛ひとつ落ちてない。すごいねケイ」
「京くんは黙々と出来る子。その顔が涼やかすぎるところもいい」
「そうなのかな?」
三人に比べれば僕なんてぜんぜんだけど、褒められるのはやっぱり嬉しい。
でもこんなことで満足してたら、すぐに慣れがきて成長できなくなる。
みんなに愛想を尽かされないためにも。あかりのためにも。もっと頑張らなきゃ。
クビにならないよう、がんばるぞー。おー。
四月二十五日。木曜日。バイト三日目。
「このホコリめ、この、この」
脇目もふらずひたすらに窓をこすりまくる。
お掃除のコツは、上から下に。隅々まで掃除して、塵ひとつ残さない。
試用期間中にどんな形であれ爪痕を残さなければ、クビにされてしまうかもしれない。
才能のない僕にできる、数少ない仕事に全霊を尽くすのみ。
もっと、もっと働かないと……。
それから数十分ほどかけて、色んな部屋のお掃除をした。低く沈んだ太陽が西側にだいぶ傾き、雲の流れによって茜色がのぞく割合が増え始めてきた頃。
「ケイ、ちょっと働きすぎじゃない?」
二十四インチのワイドモニターの角からひょこっと顔を覗かせた千景が、僕のことを心配そうに見ている。
「まだまだぜんぜんだよ」
首からかけた汗ふき用のタオルで顔を拭う。
「頑張り屋さんは好きだけど、頑張りすぎはよくないからね」
「心配しないで。もっとみんなの力になりたいんだ」
「ほほぅ、そのロコモコは?」
と、続きを促してくるのはツーちゃん。今は卵のせハンバーグの話はしてない。
「ロコモコって何? その心って、こと?」
「そそそ。ほら、下心とか色々あんじゃん?」
ないよ。
「まぁ、欲を言えば……もっと仕事を振って欲しいっていうか、お金をもらう以上は労働で返すのが義務だと思うから。僕にできることならなんでもしたい、ってだけ……」
そう。高一のハイパーかけもち時代。山科区の高架下にあるラーメン屋さんでバイトをしていた僕は、未熟ながらも、信頼は得るものじゃなくて積み重ねるものだと学んだ。
最初はホールと具材の盛り付けを担当していたけど、どんどん任される範囲が広がっていって、最終的には調理場も任された。
まあつまり何が言いたいのかというと。
どんな職種であれ、できることは一つよりも二つ、二つよりも三つと、たくさんあったほうが心象は良くなりやすい。
それを下心と呼ぶなら、その通りかもしれないけど。
「へぇ、殊勝なロコモコがけじゃん」
「京くんの向上心はあらゆる仕事に通ずる真理。わたしも見習う」
「まー、ケイがもっと頑張りたいっていうなら、私はそれを尊重するけどさ。気負いすぎないようにね?」
「ありがとうみんな」
素直に嬉しい。僕を取り囲む優しい環境に、心の底から感謝した。
「てかなんでもシてくれるって話、マジの助?」
「あ、うん。できる範囲のことならね」
「じゃ、じゃさ。昨日シてくれた……あれ、またシてくんない?」
モジモジと人差し指同士を突き合わせて、そんなお願いをしてくるツーちゃん。
「あぁ。あれね?」
「そそそ。お願いしていい?」
「もちろん」
ツーちゃんの優しさが嬉しくって、僕は即答した。
おそらくは『仕事を振って欲しい』という僕の意見を無下にしないための、ツーちゃんなりの配慮なんだろう。よーしやるぞー。僕はやるぞー。
あとがき
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
改めて二巻制作決定の感謝を。
一巻をご購入いただいた皆様ありがとうございます。
続きが気になった、
ヒロインが可愛い、
京くんが羨ましい、
などと思っていただけましたら、是非、校内三大美女のヒモしてますの本書をチェックしてみてください。
よろしければ評価やコメントもお待ちしてます。
皆さまと皆さまの大切な方々が、健やかに過ごせますように。
暁貴々
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校内三大美女のヒモしてます 暁貴々 @kiki-ki
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