第12話 Extra 烏丸千景

 僕は千景に手を引かれて、女バスの更衣室へと連れ込まれる。

 日中は鍵がかかってないことの方が多いらしく、比較的侵入しやすいスポットらしい。


 て、てかここって……男子禁制の聖域サンクチュアリなのでは?


「ち、千景ってバスケ部だったんだね」


「まあねー、ほぼ幽霊部員だけど。試合だけ出ればあとは自由だから」


「練習をしなくても試合に出られるの?」


「私、上手いから。中学のときは女バスの選抜メンバーだったし。試合だけは出て欲しいって、みんなに頼まれるの。……まー、こういう言い方をすると本気でバスケしてる子たちに悪いから、あんまり口には出さないようにしてるけど」


 千景は自嘲気味にそう吐露して、やや愀然しゅうぜんと微笑む。


 この学校の女子バスケ部は府内でも強豪と知られていて、去年もベスト4という好成績を残している。そんなレベルの高い部活動で、練習なしでスタメンを張っているなら、それは悲観せずに誇っていいことだろう。


(いや……だからこそか)


 容姿端麗。スポーツ万能。玉を転がすような声を持ち、創作活動で一生遊んで暮らせるだけの才能を持つ――そんな並外れたスペックを持つ千景も、人間関係には少なからず悩みを抱いているようで、ちらりとの覗かせる年相応な一面に、僕は安堵を覚えた。


「ケイはユニフォーム姿ってどう思う? 見たい?」


 話題を変えるように、そんなことを聞いてくる千景。


「千景のって、こと……?」


「うん。よくいるじゃん、スポーツしてる女の子が好きって男の人」


「まあ、そうだね。普段とは違うギャップがいいっていうのかな。色っぽく見えるってことは否定しない」


 正直に答えると、千景は目だけでにやりと笑った。


「じゃ、着替えるからさ。目を瞑っててくれる? ケイにユニフォーム姿見て欲しいな」


 そう、おねだりをしてくる千景の声は、わずかに上ずっている。

 僕は千景に言われるがまま、壁際に備え付けられたロッカーに向き直って目を閉じた。


 衣擦れの音がやけに大きく聞こえる。これだけ閑散とした更衣室では生唾を飲み込むこともはばかられて、緊張と恥ずかしさで僕は金縛りにあっているような感覚に陥った。


 ほどなくして、千景は「いいよ。こっち見て」と艶やかな声を響かせる。


(……やばいなぁ。これ)


 ドグン……ドグン……ドックンドックン。


 心臓が高鳴り、血流がかつてないスピードで加速しているような錯覚を覚える。


 いや実際に、僕の血液はサーキットを旋回するエフワンカーのごとく体内を駆け巡っているのだろう。


 振り向き、ゆっくりと瞼を開く。


 視界いっぱいに、白を基調としたユニフォームに身を包む千景が飛び込んできた。差しはオレンジ。生地が身体にぴっちりと張り付くタイプのようで、曲線美を描いたボディラインが冴やかに浮き彫りになっている。

 ノースリーブの双肩から覗く白い肌は透明感に満ちており、胸元には黒文字のロゴと小ぶりのメロンが二つ。


 ……なんというか、煽情的な格好だ。


「どう?」


「か、かわいい……見ちゃいけないものを見ている気分だ……その、いい意味で」


「ケイってストレートに褒めるタイプだったっけ? ……なんか、そういう言い方をされると、ちょっと恥ずかしいかも」


「……多分だけど。千景を呼び捨てにしたことで、少し気が大きくなってるのかもしれない」


 呼び方一つで、気のもちようも変わるものなんだなぁ。

 と、自分でも驚きを隠せない。


 千景は壁に背を預けるようにして、目尻を下げながらマスク越しに微笑んでいる。


「ケイはユニフォーム着た女の子とえっちなことをしたことある?」


「まさか」


「じゃあ、またケイの『初めて』を私が貰っちゃうね」


「……う、うん。ね、千景。マスクは取らないの?」


「やっぱ取って欲しい? だよね、ユニフォームとマスクってあんまり合わないもんね。でも……じっと見られた状態で外すの、ちょっと怖くてさ」


 千景は言葉を濁した。


「怖い? それはどうして」


 僕は千景の瞳を覗き込みながら、そう問いかける。


「コンプレックスだから、かなぁ」


 こ、コンプレックス?

 美の結晶を煮詰めて作ったような千景の相貌は、非の打ち所がないパーフェクトなものだ。にもかかわらず、マスクを外したくないほどのコンプレックスを抱えているというのだろうか。


「な、なんかちょっと安心したかも……」


 僕は思わずそう呟いてしまう。


「え……? 安心しちゃったの?」


「あーえっと……変な意味じゃなくて。千景も完璧に見えて、けっこう悩みを溜め込むタイプなんだなあって。なんかそう思うと安心しちゃって……」


「むー……そりゃ私だって悩みの一つや二つぐらいあるよ。ていうか、なに? ケイは私のことを……悩み知らずなメンタルクリーチャーだとか思ってたわけ?」


「ち、違う違う。あはは、ごめんごめん」


 マスク越しでもわかる千景のむくれ顔に、僕は苦笑しながら平謝りする。


「もー。なんかケイが相手だと調子狂うなー。ケイになら見られてもいいって思っちゃうから不思議」


 千景はマスクの耳掛け部分を指先でつまむと、そのままゆっくりと下にずらしていく。


 白い肌に刻まれた輪郭が徐々に露わになっていき、薄い唇が見えた瞬間、僕は思わず息を吞んだ。


 キレイだ……。


「ね、ケイ。どうして私が、この顔をキラってるか、わかる?」


「わからないよ。こんなにキレイなのに……」


「でも小学生の時までは、私ってブスだったんだよ」


 千景は目を細くして、懐かしむように笑った。


「中学生になるにつれて輪郭が変わってきて、目元とか、口元とか、鼻筋がはっきりしてきたの。自分でもキレイになってくのがわかった。でも、私がマスクをつけるようになったのもその頃」


「それは、どうして?」


「首から上が私じゃない誰かに見えて、怖くなったの。身体も誰かに乗っ取られたような気がしてきて……本当に『私』なのか、わからなくなった」


 千景はマスクを持つ手に力を込めた。


「だから学校ではいつもマスクをつけてるの。誰にも『醜い私』を見られたくないから。司と桜子は別ね。付き合いが長いから、もう慣れちゃってるし」


「……僕は昔の千景を知らない。今の千景しか知らないから、このキレイな顔が千景なんだって、はっきり言える」


「ケイ……」


「マスクをつけた千景も好きだし、マスクを外した千景も好きだ」


「もぉ……いつからそんなストレートに言葉をぶつけられるようになったわけ? じゃあケイにだけ見せてあげるね」


 マスクをハーフパンツのポッケにしまった千景は、徐々に僕との距離を詰めてくる。

 互いの吐息が感じられる距離まで近づくと、千景はキスをねだってきた。

 僕はそれに応えるように唇を重ね……


「んー……下着、つけてないから、そのまま触っていいよ」


「なんか横から手を入れるのって、ちょっとドキドキするね」


 バスケットユニフォームの隙間から手を差し込み柔らかな膨らみに触れると、千景の肢体がびくんっと震えた。


「授業が終わる前に、気持ちよくして」


「うん。わかった」


 僕は頷いて、千景の細い腰に両手を回した。

 このあと滅茶苦茶、身体を重ね合った。

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