校内三大美女のヒモしてます

第11話 体育館裏で

　体育の時間は、男女別で授業が行われる。

　男子がグラウンドで女子が体育館。

　体育館裏に向かうと、既に烏丸さんはそこで待っていた。ラインで事前に連絡をもらっていたので、それほど待たずに合流できた。本日も黒マスクがバッチリ決まっていて、心なしか、髪型が普段よりもおしゃれにセットされているように見える。体操着姿も新鮮で、ハーフパンツから伸びる足が白くて綺麗だ。

　体育館の壁にもたれかかりながら、烏丸さんは「よー」と片手を挙げた。

　僕も、片手を軽く挙げて、彼女の隣に並んだ。

「お待たせ」

「ううん。私もさっき来たとこ。てかごめんね、急に呼び出して」

「いいよいいよ。で、話って？」

「わかってるくせに。……京坂さ、私だけ『さん』付けで呼ぶのやめない？　千景って下の名前で呼んでよ」

　話の持って行き方があまりにも唐突で、僕は思わず咳き込みそうになった。

　黒マスクの上からでも、烏丸さんが真剣であることがよくわかる。

「……なんとなく、そんな話だと思った」

「……だって、司と桜子だけずるいもん」

　拗ねているのだろうか、マスクを尖らせながら、烏丸さんは言う。

　あざといくらいかわいい仕草だ。

「でも、その……下の名前をそのまま呼び捨てにするのは、ちょっとハードル高いというか」

　つーちゃんはつーちゃんだし、さくらだって桜子の『こ』を抜いてるわけで。烏丸さんのことを『千景』と呼び捨てにするのは、少し抵抗がある。

「京坂。私の目を見なさい」

「……はい」

　思わず敬語になってしまったのは、あまりにも強い意志が籠もっていたからだ。

「女の子は特別扱いされると喜ぶの。京坂が『下の名前』を呼べないってとこがポイント。だからこそ、呼んで欲しい、っていうのかな。私のファーストキス貰ってくれたのに、特別扱いしてくれないんだ？」

「そ、それは……」

　僕は言葉に詰まる。『キス』という単語が烏丸さんの口から出たことに動揺したのもあるけど、この人が、僕にとっても『初めての人』なんだと再認識すると、胸がぎゅっと締め付けられた。

「京坂は私が誰にでもキスする女だと思ってるの？」

「そんなことない」

「じゃあ証明してよ。私が特別な相手だってこと、ちゃんとわからせて」

「……呼び捨てにすると、偉そうに聞こえるかもしれないよ」

「そんなこと気にしてるの京坂だけ。てか私、どっちかっていうとＭだし、京坂にはぐいぐい引っ張って欲しいかも」

　いつもの雰囲気とは違う、甘えたような口調で烏丸さんは言う。

　……え、Мって……そういうことだよね。

　僕なんかにカミングアウトして平気なのかな。

　僕は、恋人ができたことがないから、いまいち女の子との距離感がわからない。

　いろいろな仮定をすっ飛ばして三人と関係を持っちゃったけど、それって男として最低な行為だと思う。

　今さらだけど、もう少し節度をわきまえた方がよかったのかもしれない。

　今からでも遅くないなら、ちゃんと向き合いたい。

　烏丸さんのファーストキスを奪っておいて、名前呼びは出来ません、ではあまりにも不誠実だ。

　一歩を踏み出すのは、僕自身。

　つーちゃんと、さくらと、烏丸さん……いや、千景。

　僕は三人に対して、誠実でいたいと思う。

　だから……ちゃんとしよう。

「じゃ、じゃあ。改めてよろしくね、千景」

「わー……これ、喰らうね」

　千景は照れくさそうに笑った。

　頬っぺたが赤いのは、照れているからだろうか。

　マスクで隠れて見えないけど、口元がだらしなく緩んでいるのがわかった。

　*

（あ……やばい）

　僕は直感的に思った。

　話題を変えないと、多分、食べられる気がする。

　そんな予感がした。

「そろそろ体育の授業が始まるし、戻ろっか」

「待って京坂。ううんケイ。行っちゃダメ」

　そう言って、千景は僕を引き留めるように後ろから抱き着いてきた。

　ぎゅっと、柔らかな膨らみが背中に当たるのを感じる。

　そして、僕の耳元で囁いた。

「ケイ」

　彼女の息が耳たぶをくすぐる度、くすぐったいような妙な感覚に襲われる。

「場所かえてシよ。授業サボっちゃおうよ。ね、いいでしょ」

「千景、落ち着いて。学校が終わったらいっぱいできるし」

「我慢できないから、誘ってるんだよ。ケイは私にここまで言わせるの？　好きな男の子に抱いてもらいたいって、思ってはいけないこと？」

「いや、そんなことは……」

　耳元で囁くとき、千景は絶対にマスクをずらす。

　むき出しになった彼女の唇が、僕の耳たぶに触れるのだ。

　くすぐったいような、甘い感覚が襲ってくる。

　ずりゅ、と耳たぶを千景の唇で吸われて、生暖かい舌がちろりと穴に触れた。

　その瞬間、僕の腰の奥がずきんと疼いた。

　身体の芯に熱がこもり始めるのがわかる。

　脳は、まずいぞと警鐘を鳴らしているけれど……どうしても抵抗できないのだ。

　骨抜きにされてしまっている。

　千景とこういうことをするのは、勿論初めてじゃない……。

　学校でするのも初めてじゃない、昨日、さくらと図書室でしてしまったし

　ただ、授業をサボって、っていうのは初めてだ。

　この一回がずぶずぶと底なし沼のようになってしまわないか、少し不安でもある。

　……でも、今日はいいか。

　なんだか、今日なら許される気がした。

　僕は振り返り、千景の細い腰に腕を回すと、そのまま彼女を抱きしめた。