第13話 社会見学の班決め

 五月も中旬に入り、社会見学の日が近づいてきた。


 予定としては半日コースのプログラムで、幾つかの企業や施設が候補に挙げられる。どこを見学するか選ぶのは生徒次第。計五組の班に別れ、見学先を決めることになった。


 四十人のクラスだから八人ずつ。


 この手の班決めにおいて、僕は余り物になることが多い。だけど今回は、千景とつーちゃんとさくらが真っ先に声をかけてくれて、あぶれずに済んだ。


 ただ、ちょっと問題があって……


 クラスの中心人物である中岡君が「お前ら三人はこっち混ざれよ」と、陽キャのコミュニケーションスキルををフルに発揮して千景たちを勧誘している。


 流石はクラスの人気者だ。

 あんな風に、みんなの前で堂々と女子を誘うことができるなんて。


 僕みたいなモブ然とした男子には一生備わることがないであろう、確かな自信が見て取れた。


 正直、かっこいいなとも思う。女子からモテるのもなんとなくわかる。


 ただし、校内三大美女からの評価は低空飛行といったところで、中岡君が千景たちに執拗に絡んでいるのを見かねた僕は、どのタイミングで会話に割り込むかを粛然と考えていた。




「班は決まったんだし、遊びに行くわけじゃないんだからこれでよくない?」


 と千景。



「男女比がおかしいって話してんだよ。京坂だって男一人とか困るだろ」


 千景と中岡君が、バチバチと火花を散らして視線をぶつけ合う。


 その様子を傍観する後ろの男子たちは、おそらく校内三大美女と一緒に社会見学をしたいのだと思う。どんな形であれ、あの三人と半日を過ごせるのはハッピーだ。そんな男子たちの想いを中岡君が代弁していることも、彼には彼なりの面子があることも理解できる。


 だけど見学先が決まった以上、男女比どうのこうのという話は関係ない。


(まあ僕も男子一人になるとは思ってなかったけど……これってそもそも授業の一環なわけだし)


 ここで僕が口を挟んだら、クラスカーストの最上位にいる中岡君のグループに目を付けられるかもしれないけど、別にいい。優先すべきは千景とつーちゃんとさくらの気持ちだし、学校のカリキュラムの点から考えても、班員の男女比がうんぬんという話は二の次であるべきだ。


「僕は男一人でも別にいいよ。中岡君が気にすることじゃないと思う」


「はあ?」


「中岡君は僕のためを思って言ってくれてるんだよね? でも大丈夫。僕はこの班で社会見学に行くって決めたから」


「……ああ、そうかよ」


 中岡君はそう吐き捨てると、苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 クラスメイトの視線が僕に集中している。女子の視線が、とても痛い。


 クラスの中心人物に反駁したからだろうか……周りがざわついているけど、あえて鉄面皮を装い気に留めないことにした。


『京坂君ってあんなに男らしかったっけ』


『なかっち、千景たちと組みたいからって流石にあれはないよね』


『ま、そこが俺様って感じっていいんだけど』


『でも、いまのはスッとした』


 ……。

 女女子たちが何やらヒソヒソと囁き合うなか、千景とつーちゃんとさくらが僕の方に視線を送ってくる。その眼差しにはグッジョブとでも言いたげな和やかな色がありありと浮かんでいて、僕はなんだか照れ臭くなってしまった。


 そして……この時から中岡君が陰で僕のことを『女たらし』と呼ぶようになったのは、また別の話である。


 ※


「よっ、京坂ちゃん」


「えっと」


「あたし蹴上けあげ心愛ここあ。社会見学で一緒の班だから、しくよろね」


 昼休み。

 社会見学の班決めの一件がきっかけなのかそうでないのか、判然としないが、僕に話しかけてくる人がちらほら現れるようになった。


 蹴上さんもその一人のようで。

 取り巻き然とした三人の女子を連れながら、僕の席までやってきた。


「あたし、京坂ちゃんといっぺん話してみたかったんだよね。かわいい顔して、中岡にはっきりモノ言うの、ケッコーいけてたよ。やんじゃん」


「ど、どうも……」


 蹴上さんは小麦色の健康的な肌に黒髪のゴールデンポニーが特徴的な女の子だ。

 つーちゃんと同じく校則違反ギリギリの短いスカートから覗く太ももが色っぽい。胸も大きく、男子をドキッとさせるのに十分な魅力を持つ同級生である。


 ボタンを二つ開けたブラウスから、深い渓谷とハートのチャームのネックレスが覗いている。


 と、いけないいけない……。


「でも中岡君の言い分も僕には理解できたし……」


「アイツのこと庇うん? 超イイやつじゃん」


 蹴上さんは、けらけらと笑い声をあげた。

 その仕草がまたギャルっぽく色気がむんむんで、僕は思わずドキッとしてしまう。蹴上さんの明るさには陰がないというか、いや……妖艶に咲いて獲物を誘い込む食虫植物プリムリフロラ・ローズのような、そんな一歩間違えれば食べられてしまいそうな危うさもある。


「お~い、心愛ここあ。ちょっと絡み濃すぎ。おけいはんが困ってんでしょ」


「あ、メンゴメンゴ。司っていつの間に京坂ちゃんと仲良くなったん? 最近ケッコー話してんよね?」


「また今度話すから。ほら、しっし」


 蹴上さんの後ろにいた三人の女子を追い払うようにして、つーちゃんが僕の席にやってきた。


「じゃね司。京坂ちゃんも」


「あ、はい」


「うい、またね~」


 蹴上さんは取り巻きの女子を連れて、手を振って教室を出て行った。


 嵐のような出来事に、僕は唖然とする。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。


「おけいはん、心愛なんかにデレデレすんなし」


 つーちゃんは近くの席にどかっと腰を下ろすと、机の天板に頬杖を突いて口を尖らせた。


「し、してないよ」


「はいダウト! 顔に書いてあるから」


「う、嘘?」


 僕は自分の顔をぺたぺたと触ってみるが、わからない。そんなにわかりやすく表情に出てたかな?


「心愛は経験人数三桁超えだから、おけいはんが手に負える相手じゃないよ。とーにーかーく、よーじんだけはするように。多分、次のターゲットはおけいはんだと思うから」


「へ、へえ」


 僕は曖昧に頷いた。

 つーちゃんの後ろから千景とさくらの視線も突き刺さり、他の女子相手に鼻の下を伸ばすなというメッセージがビシバシ伝わってくる。


 はぁ……。

 僕は三人のことを考えるだけで頭がいっぱいなんだけどな……。

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