第14話 給料&インセンティブ

 SHRが終わって、僕は小野家にいた。

 五限目の、社会見学の班決め――中岡君の振る舞いについて、三人はまだ腹を立てていた。

 つーちゃんが手製のピザトーストを焼いて、みんなでもぐもぐ食べながら、彼女たちの怒りが収まるのを待つ。

 千景は、マヨネーズを山盛りかけたピザトーストを頬張りながら、じろりと僕を見た。


「ケヒ。はんか男らひくなったひょね」


「食べながらしゃべるのは、お行儀が悪いよ」

 

 やんわりたしなめると、千景はごくんとピザトーストを飲み込んだ。

 それから、さっきよりも落ち着いた口調で僕に問う。


「ケイ。なんか男らしくなったよね」


「そうかな?」


「絶対そう。他の子たちまでケイの話してたし、やだな、なんか」


 つーちゃんとさくらもピザトーストをむしゃむしゃしながら、うんうんと頷いている。


 僕、そんなに変わったかな?

 自分ではわからない。


「ここらで一度『強制力』を働かせよっか。おけいはんがうちらのものだってこと、はっきりさせるためにも」

 

 そう言って、つーちゃんはぺろりと指を舐めた。


「おけいはんに渡したいものがあるんだ。私ら三人からの、プレゼント」


 そう言って、つーちゃんは机の引き出しから分厚い封筒を取り出した。

 封筒には、封がされている。

 なんだろう?

 僕は三人からのプレゼントを受け取る。


 お、重い。


 封筒は、ずしりと重かった。

 かなり厚い。そのぶん、厚みがあるんだろう。

 僕は封を開けた。


 中に詰まっていたのは……大量の一万円札だった。

 しかもこれは……ピン札だ!

 100枚はあるだろうそれが、ぎっしり詰め込まれている。


 お年玉でももらったことがない、大金。

 僕は思わず息を吞んだ。

 これ……いったいいくらあるんだろう?


「な、なな、なにこれ、お……おかね?」


 声が裏返ってしまった。

 つーちゃんは当然といった顔で頷く。

 さくらも得意げだ。

 千景も、にやりと悪い笑みを浮かべていた。


「とりま二十五日間ぶんね。おけいはんの平均勤務時間が8時間だから、時給5000円で一日4万円。かけ二十五で、100万円。使い道は自由だし、最初に交わした約束通りの金額をこれからも渡すよ。で、それはお給料。インセンティブは別にあるから」


 つーちゃんは、もう一つ封筒を取り出した。

 こっちも、とても分厚い。


 インセンティブ……つまり報酬か。

 

「ここ、こんなに貰えないよ……一万円でも多すぎるのに」

「いいからもらっとけし。妹ちゃんのために、稼ぐんでしょ?」

「でも、一万円だって大金だし……」


 と、そこでつーちゃんが僕の手をとった。

 そのまま、封筒を握らされる。


「おけいはん。うちらのこと信用してくれてる?」

「うん……もちろん」


 僕は即答した。


「じゃあさ、これからはいっぱい愛して。愛してくれた分、私も千景も桜子もおけいはんに愛情を返し続けるから。そしたらおけいはん、もっとずっと幸せになれるよ」


 ……。


「おけいはんの欲しいものならなんだってあげるし、なんだってしてあげるからさ……うちらにだけは正直でいてね」


「ケイのこと、お金で縛り付けようとは思ってないからね。でも、私たちにしか使えない武器は最大限に使わせて貰える。心愛ここあちゃんみたいな子の接近を許したくないから」


「卒業したら、わたしが京君のこと養ってもいい。たくさん愛してくれるならその分わたしが働くから」


「おーい桜子、しれっと独り占めしようとしない」


「抜け駆けはダメだよね」


「千景にだけは言われたくない」


 僕は、三人からの愛情に応えられているだろうか。

 三人のことを、心から愛していると言えるだろうか。


 そんなの、考えるまでもないことだ。


 大金を目の前にして、そう思ってるんじゃない。

 僕が、この三人を絶対に幸せにする。

 僕が、この三人にずっと愛されたいと思っているから。


 そう固く決意して、僕はお給料とインセンティブの入った封筒を、つーちゃんから受け取った。

 計150万円。


 僕が一月でこれだけ稼いだって知ったら、父さんと妹は驚くだろうな。

 でも、これは三人からもらった愛情の証しだ。

 僕も、つーちゃんとさくらと千景に誠意を示していこうと思う。

 社会見学で使うカメラとか小物を買うことにして、僕は大事に封筒をカバンにしまったのだった。


 ――……これって、ヒモだよね?


 京坂京、15歳。

 ただいま、人生の岐路に立たされています。


 ※


 校内三大美女と呼ばれる女の子たちといっぺんにキスをしてる僕は、なんて幸せ者なのだろうか。

 キングサイズのベッドの上で。

 突き出した舌が、三人の舌に絡め取られていく。

 四人でキスをし合ってる感じ。舌と舌が絡み合う音が、脳髄に響き渡る。


 かぷ、かぷっ、と下唇を甘噛みされて。

 三人の唾液を口の中で受けながら、僕も舌で応戦する。


 ちゅっ……ちゅるっ……ちゅっ。


 もう口の中は三人に舐め回されて、三人の唾液でいっぱい。

 ちょっと苦くて、生温かい。

 みんなの舌が僕の口の中で絡まり合うと、くちゅくちゅって音が立つんだ。

 口の中がぬるぬるでとろとろだから、自然と水音も大きくなっちゃうんだろう。


 四人分の粘液が混ざって溶け合って、生温かいスープみたいになってる。

 とてもえっちな味。


 この味は一対一のキスでは味わえない、特別なもの。


「「「……んっ……ちゅっ……」」」


 僕の日常は、つつがなく幸せで、このまま一生、みんなと穏やかな日々を送れると信じていた――




 社会見学の日、蹴上さんに拉致されるまでは。

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