第14話 給料&インセンティブ
放課後。
勝手知ったる4LDKのマンションの一室。
「はぁ~中岡のやつマジメンドーだったぁ。てか、一番ウザいのは自分から声かけてこない取り巻きの男子たちだよね~」
「だねー、下心透けてるっていうか。もうちょっとうまくやれないのかな?」
「思考が停止してる。だから言葉もおぼつかない」
五限目の社会見学の班決め――中岡君の振る舞いについて、三人はまだご立腹なようで。
つーちゃんが焼いてくれた手製のピザトーストを食べながら、僕はみんなの怒りが収まるのを黙然と待つことにした。
話が一旦落ち着いたところで。
「ケヒ。はんか男らひくなったひょね」
チーズたっぷりのピザトーストを頬張りながら、千景がじとりと湿度のこもった視線を僕に向けてきた。
「食べながらしゃべるのは、お行儀が悪いよ」
やんわりたしなめる。
「ぷはっ、注意されてやんの千景」
「司もそういうところがあるから気を付けた方がいい」
「それは今言わんでよろし」
「むー……ん、ん」
もぐもぐ、ごっくん。
と急ぎ気味にピザトーストを完食した千景は、オレンジジュースの入ったコップをぐいっと呷ってから、
「ケイ。なんか男らしくなったよね」
と言い直した。
「そうかな?」
「絶対そう。他の子たちまでケイの話してたし、やだな、なんか」
千景に同調するように、つーちゃんとさくらもうんうんと頷いている。
「わ、悪目立ちだと思うけどね……ほら僕って、普段はあんまり意見とか言わないし。それで目立つのは本意じゃないというか」
「京君は鈍感。あの反応はそういう類いのものじゃない」
「だよねー、やっぱ桜子もそう思った? ま、ケイは自覚がないから、そんな反応になっちゃうんだろうけど」
……鈍感って言われるのはなんか癪だな。
そりゃ気づいてる部分も多少はあるけど、女たらしって呼ばれないためにあえてその手の話題を避けてる部分もあるわけで。
「ここらで一度『強制力』を働かせよっか。おけいはんがうちらのものだってこと、はっきりさせるためにも」
きょ、強制力?
つーちゃんは何やら物騒なことを口走ると、ピザソースのついた指をぺろりとなめた。
「おけいはんに渡したいものがあるんだ。これうちら三人からの、プレゼント」
「プレゼント?」
なんだろう?
机の引き出しから分厚い茶封筒を取り出す、つーちゃん。
「ほい。おけいはん」
「頑張ったね、ケイ」
「京君。よく頑張りました」
僕は三人からのプレゼントを受け取りつつ、ありがとうとお礼を言った。
(お、重い……)
その茶封筒はずしりと重かった。
僕は封を開ける。
中に詰まっていたのは……大量の一万円札だった。
お、帯付きの札束なんて初めて見た。
ごくり、と生唾が喉を通過していく。
「な、なな、なにこれ、お……お金、だよね?」
「なにって給料じゃん? とりま二十五日間ぶんね。おけいはんの平均勤務時間が八時間だから、時給五〇〇〇円で一日四万円。かけ二十五で、一〇〇万円。使い道は自由だし、最初に交わした約束通りの金額をこれからも渡すよ。で、インセンティブは別にあるから」
い、インセンティブ……つまり報酬か。
「ここ、こんなに貰えないよ……」
「いいからもらっとけし。妹ちゃんのために稼がなきゃなんでしょ?」
「で、でも」
動揺を隠し切れずにいると、つーちゃんが僕の手をとった。そのまま茶封筒を握らされる。
「おけいはん。うちらのこと信用してくれてる?」
「うん……もちろん」
僕は即答した。
「じゃあさ、これからはいっぱい愛して。愛してくれた分、私も千景も桜子もおけいはんに愛情を返し続けるから。そしたらおけいはん、もっとずっと幸せになれるよ」
……。
「おけいはんの欲しいものならなんだってあげるし、なんだってしてあげるからさ……うちらにだけは正直でいてね」
「ケイのこと、お金で縛り付けようとは思ってないからね。でも、私たちにしか使えない武器は最大限に使わせて貰える。
「卒業したら、わたしが京君のこと養ってもいい。たくさん愛してくれるならその分わたしが働くから」
「おーい桜子、しれっと独り占めしようとしない」
「抜け駆けはダメだよね」
「千景にだけは言われたくない」
三者三様、思い思いの言葉で僕を甘やかそうとしてくれる。……一番、頑張らないといけないのは僕なのに。感謝してもしきれないとはこのことだろう。
僕という人間にはまだ、『愛』という感情を受け止めるだけの器量が兼ね備わっていないかもしれない。でも、それでも三人の想いに出来る限り応えたいと思った。
大金を目の前にして、そう思ってるんじゃない。
お給料とインセンティブの入った茶封筒を握り締めながら、僕は、三人の気持ちに正直に向き合うことを固く決意した。
計一五〇万円。
僕が一月でこれだけ稼いだって知ったら、父さんとあかりは驚くだろうな。
――……てかこれって、やっぱりヒモだよね?
京坂京、十五歳。
ただいま、人生の岐路に立たされています。
※
ああ……。
校内三大美女と呼ばれる女の子たちといっぺんにキスをしてる僕は、なんて幸せ者なのだろうか。
キングサイズのベッドの上で、千景とつーちゃんとさくらと密着しながら舌と舌と舌と舌を絡ませる、とても刺激的な時間。三人の温もりを身体で、甘い唾液を喉で受け止めながら、僕も舌で応戦する。
ちゅっ……ちゅるっ……ちゅっ。ずちゅ、ぬちゅ。
口の中がぬるぬるでとろとろだから、自然と水音も大きくなってしまう。三人の粘液が混ざって溶け合い生温かいスープとなっていく。その味は澄み切っていながらも濃厚で、僕はその芳醇なジュースをごくごくと嚥下しながら、心臓の鼓動を高鳴らせていた。
ドグンドグン……ドグンドグン……。
「「「……んっ……ちゅっ……」」」
そう。僕の日常はつつがなく幸せで、このままずっと、みんなと穏やかな高校生活を送れると信じていた――
社会見学の日、蹴上さんに拉致されるまでは。
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