第6話 ヒモの始まり2

 まさか六人分の夕飯を作ることになるとは思わなかった。

 僕と妹と父さんの分、そして烏丸さん、小野さん、醍醐さんの分。父さんは帰りが遅いの余った分を冷蔵庫に収納して、後で温め直してあげればいいだろう。


 今日の献立は肉じゃがにしようと思っていたけど、作る量が量なので思い切って舵を切り、カレーに変更。


 具材は、豚肉、玉ねぎ、じゃがいも、にんじん。

 ルーは買い置きしていた市販のものを使う。

 

 スパイスから配合するカレーは勉強不足なので、今の僕の料理スキルではみんなを満足させられる一品は作れない。


 まあ家カレーと呼ばれるカレーは、大体市販のルーで作るのが定番なのでは?


 そんなことを考えながら、レッツクッキングタイム。


 ほどなくして、カレー特有のスパイシーな香りが家中に広がっていく。

 スプーンでカレーを掬い、ぺろりと味見。


「うん」


 煮込む時間は短かかったけど、ちゃんと美味しい。

 リビングでは醍醐さんと妹がバラエティ番組を観ている。


(と、溶け込んでるなぁ……)


 カレーよりも。

 和気藹々と会話に花を咲かせる醍醐さんとあかりが気になってしょうがない。


「なんかおけいはんちって、それらしいね」


「ほんとだねー……。ファイヤスティックとかゲーム機とか一切置いてないし、俗世に染まってないって感じ」


 エプロンをつけた烏丸さんと小野さんのそんな感想に、僕は苦笑いを浮かべた。


 それがどういうものかぐらいは知ってるけど、あえて置いてない。動画配信サイトをテレビで観たり、月額制のサービスを利用すればアニメや新作の映画がたくさん観れるらしいけど、だらけてしまいそうな選択肢はなるべく減らしたいから。ゲームもそういう理由で購入は避けている。


 烏丸さんと小野さんは、興味深そうに家の中をぐるりと見回している。


 2DKで、お風呂とトイレは別。

 キッチンは二口コンロで、冷蔵庫は小さいのが一つ。三人で住むには手狭だけど、クラスのみんなが言うようなプレハブでないことは断言できる。


 住めば都という諺もあるし、僕はこの家が気に入っていた。

 あかりがどう思ってるかはわからないけど。


「間取りもらしいし、なんかいいじゃん」


「味があるよね」


「狭くてごめんね。ご飯にしよっか」


「そ、そういうつもりで言ったわけじゃ」


「司ってこういうところあるから。ごめんね京坂」


「私だけ悪いやつみたいじゃん!?」


 と、小野さん。

 見た目はギャルっぽいのに、いじられ役に徹しているところがちょっとおもしろい。


 リアクションとツッコミのタイミングがぴったしで、この人はいじられ慣れてるんだろうな、とそう思った。


「急にお邪魔してゴメンね京坂君」


「ううん。醍醐さんはノートを届けにきてくれたんでしょ」


 醍醐さんが申し訳なさそうな顔をするので、そうフォローをしておく。

 今日はブレザーの代わりに薄ピンク色のカーディガンを羽織っているからか、豊かな胸の膨らみが、いつもより強調されている気がする。


 なんというか、一番目のやり場に困るのが、実は醍醐さんだったりする。


 僕は気恥ずかしさを紛らわせるために、テレビに視線を向けた。

 お笑い芸人がひな壇からガヤを飛ばして、大爆笑の渦を起こしている。


「ごめんみんな。狭いから詰めて座ってね」


 ご飯をよそい。

 カレーをかけて。

 お皿をトレイに載せて、リビングへ。

 みんなで手を合わせて、いただきます。


「おいしー……家庭的な味がする」

「まいう! おけいはん女子力高すぎじゃね」

「うん。美味」


 三人とも、すごく美味しそうに食べてくれるので、作った側からしたらめちゃくちゃ嬉しい。


「お兄ちゃん、なんか今日は賑やかだね?」


「そうだね。いつもは二人で食べてるし、余計にそう感じるんじゃないかな」


「だね。てか、お兄ちゃんにこんな可愛いお友達が三人もできるなんて、あたし、超びっくりだよ」


「うん。僕が一番びっくりしてると思う」


 不思議だ。

 自分の家で、校内三大美女に夕飯をご馳走するなんて――。


 みんなのカレーには、蕩けるタイプのチーズをトッピングしてある。

 ラーメンなら刻み海苔、焼きそばならかつお節をまぶしたりして、ちょっと豪華に見せるのが僕の最近のブームだ。


「可愛いねぇー……あかりちゃんの方がかわいいと思うけど」


「ありがとうございます。千景さんはキレイって感じがします」


「ありがとー。ホントにかわいいなぁ」


「私は?」


「司さんは元気いっぱいって感じがします」


「元気いっぱい? 他には?」


「以上です」


「それだけ!?」


「あ、わたしの評価はしなくていいからね」


「桜子さんはあたしが見てきた中で一番の眼鏡美人さんです」


「よくできた妹。よしよし」


 あかりが僕以外の人と普通に会話している……。

 醍醐さんと烏丸さんと小野さんは非の打ち所がない美少女だ。そんな三人に囲まれていれば、もう少し戸惑うかと思ったのだけど、僕の妹は僕以上にコミュ力が高いらしい。


 夕飯を食べながらの会話は弾んだし、烏丸さんは時折マスクを外していて、それがとても綺麗に映った。


(なんか楽しいな……)


 ただ、妹が見事に懐柔されてしまったようで、バイトするなら絶対に労働賃金の高い方がいいよと説得されてしまった。


 あかりを現実主義に染めるのはやめてもらいたい。

 夢を見る子の方が、伸び代があると思うから。


 なんてことを遠回しに言ったら、あかりは「こんな好条件を断るお兄ちゃんの方が夢見れてないよ」と冷静すぎるツッコミを入れてきた。


 うん。そうかもしれない。

 愛する妹のゴーサインも出たわけで、僕は三人に提案してもらったバイトを、翌日から受けることに決めた。


 *

 

 翌朝。

 教室に入ってすぐ、醍醐さんが僕に向かって手招きをしてきた。クラスメイトたちの視線が集まる中、僕は醍醐さんのもとへ。


 すぐ近くに烏丸さんと小野さんもいて、僕はちょっとばかし胸のざわつきをおぼえた。


「おはよう京坂君。昨日はカレーごちそうさまでした」


「ごちそうさまー」


「おけいはんのカレー超うまかった。また作ってね」


 校内三大美女がそんな風に褒めはやすものだから、当然の如く教室は騒然となる。


「こ、こちらこそ食べてくれてありがとうございます」

 深々と頭を下げる僕。


「どうして京坂がお礼を言うの?」


「普通は言わない」


「まあそこがおけいはんクオリティなんだけどね」


 クオリティって……なんだか、僕の扱いが雑になってきた気がする。

 いやまあ、モブの扱いとしては妥当なのかもしれないけど……ところで、クラスメイトたちの視線が痛い。


(ヒエ……)


 僕はやおら低姿勢になりながら、教室の中を移動し、戦々恐々の思いで席に着くのであった。

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