第25話 海で1
夏休みに入って最初のお出かけ。
千景の姉である烏丸日和さんが手配してくれたレンタカーに揺られながら、僕たちは京丹後市へと向かっていた。丹後は京都府の最北に位置する日本海が拝める観光地だ。道中も自然を楽しむことができ、窓の外には抜けるような青い空が広がっている。
助手席の僕は、後部座席で和気藹々としている千景とつーちゃんとさくらの会話をBGMにしながら、まったりとしていた。
時折聞こえてくるセミの鳴き声も心地いい。向こうに着いたら、海で遊んだり浜辺でバーベキューをしたり花火をしたりと、忙しなさそうな、それでいて心から楽しめそうなプランが目白押しだ。
運転席でハンドルを握る日和さんは流石は千景の姉だと思わせるような、美人さんだ。街を歩けば誰もが振り返りそうな女優然としたオーラが漂っていて、一目惚れする男子が後を絶たなそう。
母親似なのだろうか、千景も日和さんも親御さんのDNAを受け継いでいるのかもしれない。
などと想像を巡らせていると、視界いっぱいに青が広がった。
「お、見えてきたんじゃね」
「ね、ケイ。海だよ海。福井の海もいいけど、丹後の海もキレイだよね」
「……うん。すごくきれいだね」
見渡す限りの青い海。潮の香りが鼻の奥を刺激する。
照りつける太陽は眩しくて暑かったけど、窓から入り込んでくる風が心地良かった。近くの駐車場に車を停めて降りると、そこはまるでプライベートビーチのようだった。
京都市に住んでる人間なら、滋賀県の琵琶湖の方まで泳ぎに行くのが一般的なんだけど、人が多いという理由から、ここまで足を伸ばしたというわけだ。
丹後は山や田んぼも多く、大自然に囲まれた風光明媚な土地だ。僕はマイナスイオンに敏感なわけではないけれど、それでも空気が澄んでることはなんとなくわかる。
そんなこんなで、予約していた民宿にチェックイン。
部屋は畳で、そこそこ広い和室。窓から見える景色も最高だ。海は砂浜と岩場が広がっていて、波の音が室内にまで響いている。ちなみに貸し切り露天風呂もあるらしい。
荷物を運び終えた頃には十二時を回っていたので昼食は民宿で取った。
海の幸をふんだんに使った料理はどれも絶品で、リアクションクイーンのつーちゃんは逐一舌鼓を打っていた。
「ごちそうさまでした。はー……美味しかったぁ」
「いいん千景? 泳ぐ前にそんなに食べて。おけいはんにぽっこりお腹を見られるかもよ?」
「別にいいもん……ケイはそんなの気にしないでしょ?」
「そうだね。太った千景も可愛いと思うし」
「私は別に太ってないから! そこは勘違いしないで」
「わたしは司の胸の方が心配。その胸に合う水着はあるの?」
「うおら桜子! 喧嘩売ってるなら買うけど?!」
「はいはい若人ども。元気が有り余ってるなら外で遊んできなさい。お姉さん、長時間の運転で疲れたからちょっと寝るわ」
「お姉、ごめんね。休みの日に」
「その点は気にしなくていい。私も田舎でのんびりしたかったし、ほれ行った行った。あ、そだ京坂君。みんなのこと頼んだよ。男の子のキミが責任を持つこと。オーケー?」
「はい。わかりました」
日和さんにぐいぐい背中を押される形で、僕たちは早速海に向かった。
(ふぅ……)
そんなわけで僕は今、砂浜で独りつーちゃんとさくらと千景を待っている。女の子の着替えは長いぐらいがちょうどいい。
なにせ三人の水着姿だ……ドグンドグンと早鐘を鳴らすこの心臓を落ち着けるのに、僕も時間が必要というわけだ。
水着。それは男のロマン。
(たのしみだなぁ……)
三人を待っている間に僕は簡易的なテントを立てて、バーベキューの用意をしておく。四つ足のコンロや炭の入った箱をテントの近くに並べて、海で遊んだ後すぐに作業に取り掛かれるよう、下準備を完了させる。
ふぅ。
やることがなくなってしまった。
波打ち際で、ぼーっと海を眺めながら時間を潰す。みんなはまだかなぁ……と、ぼんやりそんなことを考えていると、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おけいはん!」
「お待たせケイ」
「京君。遅くなってごめん」
三人が、水着姿でとてとてと駆け寄ってくる。
その筆舌に尽くしがたい造形美を目の当たりにして、ズキューン! 僕のハートは軽々と撃ち抜かれた。
京都の最北端に女神が降臨なされたらしい。
三柱の女神が揃って僕に笑顔を向けている。
千景は黒を基調としたハイネックビキニ。先日、可愛い水着にすると宣言していたけれど、どちらかというとセクシーさが際立っているような……
さくらは白ベースの水着で腰にはパレオを巻いている。トップの布が胸部を完全に覆い切れていないのか、北半球が上向きにこんもりと盛り上がっている。
そしてつーちゃんはデニムのショートパンツを合わせたオフショルダーの水着だ。程よくついた腹筋の曲線美を描いたくびれが眩しい。
「お待たせケイ。どう? 似合う?」
「う、うん。すごく似合ってるよ」
「えへへっ、ありがと」
「おけいはん、私は私は。ふふん」
うん。埴輪のようなちょっとおバカっぽいセクシーポーズは、つーちゃんのかわいさをより一段と際立たせている気がする。
「みんな凄くキレイだよ。かわいい」
「京君、前かがみになってる」
「おけいはんスケベすぎるぞ~。隠したってバレバレだし! よーし」
つーちゃんがダダダと僕の後ろ側に回り込み、背中に抱きついてきた。むにん、と柔らかな感触が剥き出しの肌に伝わってくる。
「な、なに?」
「千景、桜子、確認よろしく!」
なんなの、この羽交い締めは……?
それと、さくら。しゃがみこんで僕の下半身をじーっと見つめるのは堪忍してください。
「反応してる」
「だねー……可愛いのはケイの方だよ」
「からかうのはやめて……ちょっ、つーちゃんも離して」
それから五分ほど僕たちはじゃれあっていた。
楽しい。海という限定的な場所が解放感をもたらしてくれているのか、三人の格好も相まって気分が高揚してくる。僕は背中にいるつーちゃんをおぶって、海に向かって走り出した。
「ちょ、おけいはん、なになに!?」
僕はつーちゃんをおぶったまま、海にダイブした。水しぶきが上がって、全身びしょ濡れになる。
「ぷはっ! おけいはんのバカ! アホ!」
つーちゃんの叫び声を耳にしながら海面から顔を出すと、千景が顔をくしゃくしゃにして爆笑していた。さくらも薄く口許を緩めている。
「あはは……。これぞ夏って感じがするね」
「詩人か、おけいはん」
「いや……その、海は家族としか来たことなかったから、はしゃいじゃって」
「いいんじゃね? もっとはしゃいじゃえば」
濡れ鼠になりながら、僕とつーちゃんは浜辺に向かって歩き出す。水中につかった足は重くて砂浜は焼けるように熱かった。その感触もなんだか懐かしい。海から陸に上がったときの独特な感触だ。
「めいっぱい楽しも」
「うん」
染めたての金髪をかき上げるつーちゃんが色っぽくて、またドキッとしてしまう。
「もぅ、二人だけで遊ばないのー……。ケイ、こっちきて」
「ん?」
「ここに寝て欲しいなー」
「……えーっと」
「砂浴だよ京君。全身の毒素を吸い取る。いつも頑張ってる京君への、私たちからのご褒美」
「やることはわかったけど……イタズラしないでね?」
「しませーん、ほら早く早く」
ほんとかなぁ。千景の顔、いたずらっ子みたいになってるもん。
僕は言われるままに横になった。さくらと千景は仰向けになった僕の両側を陣取ると、身体の上に砂をかぶせてくる。つーちゃんも加わって、さらに上から砂をかぶせらせる。あっという間に、僕の全身は砂に埋まってしまった。
暑い。じんわりとした暑さ。でもそれが不思議と心地良い。
「……なんだか、眠たくなってきたかも」
「ちょっと寝ててもいいよ。ケイの寝顔見たいし」
「いや、でも、みんなで遊びに来たわけだし、寝ちゃうのは……」
「京君ここのところ頑張りすぎ。プログラミングを覚えたい、って一人で勉強してたこと、知ってるよ。ゆっくり休んで」
僕の頭を撫でながら、さくらが言う。その手つきが優しくって、どっと眠気が押し寄せてくる。
「てかおけいはんも水臭くね? プログラミング覚えたいなら、まずうちらに相談してくれればいいのに。システムに関しては、メロウは基本外注だからさ、フリーでやってる人とかけっこう知り合いにいるし、紹介してあげんよ?」
「……ありがとう。独学は限界感じてたし……お願いしてもいいかな?」
「おーけい、任せて」
僕は最近、勉強を始めている。
三人の役に立てることってなんだろ、とか、色々考えた結果、プログラミングを勉強してみたらいいんじゃないかという考えにいたったのだ。
もちろん、今はまだHTMLとかソースコードを覚えてる段階で、プログラマーなんて大層なものじゃないし、なれるかどうかもわからないんだけど……でももしなれたら、みんなの役に立てると思うから。
てか……これやばい……。
睡魔が降りてくる………………。
……。
※
「……寝ちゃった?」
「みたい」
「ケイ……かわいい。変な気になってくる」
「千景落ち着いて。京君には休んでもらう」
「……わかってるー」
「おけいはん、
「例えば?」
「『左を意識する』ってタイトルでさ。こんな感じで――」
・ゲーム
広告を踏んでもらう→プレイしてもらう→入金率
・ナンパ
声をかける→アクションを起こす→成功率
・ネット小説
PV数をあげる→読んでもらう→評価率
「……」
「……」
「やばいっしょ? 砂の上に書いてもわかるぐらい、まとめ方が逸材なわけ。左の項目を多くすればするほど、目標達成率は高くなるってことを、色んなものに当てはめて書き出してたの。ノート見たときビビったし」
「ナンパ……はちょっと、嫉妬する」
「京君が実際にしてるわけじゃない。あくまでビジネスならこうという視点。でも確かに分かりやすい。声をかける数が多いほど、成功率が伸びるのは疑いようもない事実だと思う」
「メロウの作品も、おけいはんが宣伝のお手伝いをしてくれるようになってから、二割増しで売れてる。うちらがそこをどれだけおそろかにしてたか、おけいはんがまとめてるデータを見ればわかるよ」
「だって……専門じゃないし」
「千景。それは言い訳」
「努力してるおけいはんを見てるとさ……時々、考えるわけ。将来、DDMとかさ、そういう大手の会社の代表になったらどうする? とかね」
「それは嫌。嬉しいけど……構ってもらえなくなりそう」
「主観を押し付けるのはよくない。京君は、自分のやりたいことを見つけてる途中だと思うから」
「……ケイは私たちから離れたいのかな? 働かなくてもいいのに……一生養ってあげるのに、どうして……離れようとするの?」
「もう、千景、ネガティブ禁止ー!」
「千景の意見も一理ある。わたし達がいまケイくんを独占できてるのは若さ。老いれば興味も無くなる。男の子だから」
「私たちが歳を取ったら、若い子に目移りするってこと……?」
「必ず」
「……やばい、今から美容に気をつかわないと……。お肌のケア……しないと」
「桜子も千景も、悲観しすぎ。おけいはんはそこまで深く考えてないと思うけど……うーむ……」
「でも事実。司ももっと現実を見た方が良い。既成事実でも作らない限り、ずっと一緒にはいれない。今はまだ学生だから、こうして四人でいられるけど。二人ともXデイは考えておいた方がいい」
「それってさ……ケイに誰か一人を選んでもらうってこと?」
「そう。恨みっこなし」
「やめよやめよ、考えるのはもう少し先でいいじゃん。海まで来て、暗い話しない!」
「わかった。夏休みの間は、この話はしない」
「……四人でいられる方法――ないのかな? 海外に行けばさ」
「千景、その話は一旦ストップ!」
「……うん、ごめん」
千景と桜子と司は眠っている京を囲みながら、各々将来のことについて考えを巡らせていた。この夏休みは自分たちにとって、何かを決断する時になる。
そんな予感を、三人は感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます