第10話 強敵、あるいは本物のライバル
東洋の魔女がストレスを枕にぶつけ始める少し前、欧州の黒い魔女――本人は金髪碧眼だが――はよく似た姉とこちらもビデオ通話をしていた。
「王大玲、ねえ。どうせ偽名でしょう?」
「旧家みたいだしね。ほぼ間違いなく」
「じゃあわからないわよ」
大玲の素性を探ろうとした通話は、わずか3分で袋小路に入ろうとしていた。ちなみに冒頭2分は単なる挨拶的な会話である。
「そこを何とか」
「王、ねえ……。中国の魔法使いって少ないんだけれど……そもそも登録数が不自然に少ないからね、あの国」
カタカタ、と姉、ヴァネッサ=フォルゲインがキーボードを叩く。
だが、やはり結果は芳しくない。
「すぐには出ないわね。ちょっと時間をちょうだい。王がせめて家族での通名なら、何かはでるかもね」
その言葉に、アイナはほっ、と息を吐いた。スクールで使用する生徒で、通名ですらない完全偽名というのは、考えられない。怪しすぎて入学許可も下りないだろう。
「それにしても、翔と同じ東洋人で、あんな美人が上級生にいたとは、知らなかったわ」
安心からか、姉への甘えか、珍しくアイナが愚痴をこぼす。
「あら、それは強力なライバルね」
「言っておいてなんだけど、うるさい」
わかりやすく唇を尖らせるアイナに対して、ヴァネッサはケラケラと笑う。
「アイナも初対面だったの?」
「そうなのよね。だから年少期から島にいる、関係者的な人じゃないのは確実」
姉の疑問に、今度は素直に頷く。
マギス島には学校は高校に相当するスクールしかないが、子育てができないわけでもないため、職員の家族が住んでいることはある。翔は事故後10歳から暮らしているし、アイナは8歳から当時高校に通い始めた姉と、心配でついてきていた母親と3人で島にいた。フランクも中学相当の頃から島にいるはずだ。
だがそれがどうしたのか、とアイナが尋ねようとして、姉が難しい表情をしていることに気づく。
「ねえ、アイナが初対面って珍しいわよね。あなたは記憶力は悪くないし、あなたへ魔動機の作成依頼が来ることも多いし」
「確かに……」
言われて、パソコンの中のフォルダを検索する。アイナは自分の修行もかねて、有料で魔動機を作成することがあるが、欠陥等をすぐに把握するために、直接注文しか受け付けていない。
そして、その一覧に、王大玲の名前は、ない。
それはつまり、彼女が市販品を使っているか。取巻きに購入させて横流しさせているか――
「もしかして、本物のライバル?」
--あるいは、人から買う必要がないほど、魔動機作成の腕があるか、である。
「わからない、わからないけれど……」
姉の疑問を否定しようとして、大玲が言った言葉が蘇る。
――魔動機について、話がしたい。
ほぼ、確信を持って言える。王大玲は、スクール一とも名高い、アイナの魔動機の助力を必要としていない。
アイナは理解する。彼女は、あらゆる意味で、立ちはだかる壁になるのかもしれない、と。
「……思っていた以上の、難敵かも」
そんな妹に向けて、姉がエールを送る。
「頑張りなさい。命短し恋せよ乙女、ってね」
そんな姉からのエールを、妹は当然無視した。
「破邪よ!」
言葉とともに、翔の掌から白い光が放たれる。
光は、光にしては不自然に遅い速度で的に当たる。しかし、中心部からは遠い。
「うーん。格段の進歩と言うべきか。精緻さがなさすぎる、と言うべきか」
その様子を見ていたカテリナが、呆れたように評する。
「何というか、まだ不安定ねえ」
「自覚はしてるよ」
厳しい意見を口にする姉に対して、翔も苦笑で答える。
「連続して100発近く破邪の魔法を、魔動機もなしに打って、まだ平気というのは、規格外の一言ね。シェリエ以上。むしろ異常」
魔法を使えるようになってからも、翔はカテリナとの特訓を続けていた。
とはいえ、差し迫った退学の危機は脱したため、カテリナの負担になりすぎないよう、週に2回とその回数は減っている。
だが、翔自身は毎日魔法の制御やイメージの確実化の自習をしている。
もともと翔の魔力量は突出して高いことはわかっていた。それは、大きな長所である。
しかし、扱える魔法の種類や、制御は学生レベルでも平均以下と言わざるを得ない。
そもそも、自分で意識的に発動できるようになってわずか数カ月。そのことを考慮すれば、やむを得ないのかもしれない。
だが、そのことを考慮してくれるほど、スクールと世間は優しくない。
だからこそ、翔は自身の遅れを自覚しているし、カテリナも辛辣にならざるを得ない。
「魔法っていうのは、魔法使いに何かあったとき、身を守れる最後の手段だからね」
それは、翔が正しく魔法使いとして歩き始めたからこそ、言えること。
厳しくも優しい義姉の言葉に、翔も頷く。
「わかっているよ」
現在翔が使える魔法は4種類。
一つは、すべての始まりとなった、護りの魔法。おおよそすべての魔法使いがその規模の大小はあれど、使いこなす、基礎魔法の一つ。
次に、先日飛行機事故を防ぐことができた、翼の魔法。こちらは逆に、現代では翔以外に使える魔法使いはいないと思われる。実際、普通の飛行魔法より、ムダがかなり多いとカテリナは分析している。
そして、先日ようやくカテリナから合格をもらった。灯りの魔法。これも基礎魔法のひとつであり、魔法使いであれば、できて当たり前レベルの魔法。
最後が、今練習している破邪の魔法。これは基礎魔法ではないが、相手を殺傷せずに無力化することができること、特に魔法使いや悪意に対して効果があることから、カテリナが強く習得を勧めたものである。
だが、発動こそ問題がないものの、その出力と命中精度――総じて制御――にまだ難がある。
そのためにこうして日々練習を積んでいるのだが、他に比べて中々進捗が芳しくない。
カテリナは不思議そうに、不満そうに首をわずかに傾げる。
「おかしいわね。わたしの得意魔法だし、弟のあなたにも適性がありそうなものなのに」
「いや、血縁ないし……」
翔の控えめなツッコミは無視された。
「性格が内向きだから、攻撃的な魔法が苦手なのかしらね?」
「その理屈だと、義姉さんがドSという疑惑が深まるばかりに……」
「吊るすわよ」
今度のツッコミには睨みと恐ろしい言葉が返ってきた。本人も気にしているらしい。
どこに地雷があるかわからないので、翔は大人しく言葉の続きを待つ。
「わたしは苦手だけれど、護りの魔法の応用をやってみましょうか」
思っていた以上に前向きな提案が出て、翔は迷わず頷いた。
(やっぱり苦手なんだ)
浮かんだツッコミを、翔は懸命にも飲み込んだ。
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