第3話 王大玲(ワン=ターリン)

 翌日、昼休み。

 久しぶりに魔動機を暴走させて爆発事故を起こしたアイナを捨て置いて、翔はシェリエと食事をとるべく中庭へ向かっていた。

 常夏の島であるため、晴れの日が多い一方で結構な暑さを常に記録するこの島では、日中の中庭はあまり人気がない。

 それでも何かと注目を集めがちな翔とシェリエは中庭の日陰でゆっくりと昼食をとることを好んでいた。

 別に自分たちの縄張りであると主張することもないが、なんとなくいつも座っているベンチには、先客がいた。

 一人は昨日も会ったフランクである。この暑いのに薄手のジャケットを羽織っている姿に、翔はお洒落は我慢、という名言を思い出した。


「うげ……」


 シェリエは露骨に嫌な声を漏らした。さすがに聞こえないよう、小さめに漏らすよう配慮はしていたが。

 そして、フランクの隣にはもう一人、少女が座っていた。

 ペラペラと明るく何事かを話すフランクに嫌な顔をせず、相槌を打っている。

 如才ない、というのはこういうことを言うのだろう、と翔はちょっと失礼な感想を抱いた。

 少女、とはいうものの、その容姿は隣のシェリエよりも遥かに大人びて見えた。

 太陽に照らされて艶やかに光る黒髪は腰まで伸びている。やや釣り眼がな大きな瞳の色は翔と同じ濃い茶色。鼻立ちもすっきりと通っている。

 いわゆるチャイナドレスのような柄のシャツに、クロップドのパンツ。スタイルの良さがはっきりとわかる出で立ちは、黒一色のシェリエとこれまた好対照である。

 間違いなく東洋人であった。この島ではいわゆる魔法使いの起源や現在の所属国からしても欧米系が多く、珍しい。特に日本人は翔しかいない。


「あら、来たわね」


 フランクの相手をしつつも、周囲の様子をうかがっていたのか、少女――成人と言っても通じそうな大人っぽさだが――は翔とシェリエに向かって微笑みかけると立ち上がった。

 足が長いせいか背が高い印象であったが、それほど背は高くない。男性にしては小柄な翔より少し低いくらいか。


「日高翔君に、シェリエ=ミュートさんね」

「あ、はい」

「そうですけど」


 腰をかがめて背中に手を組んで上目遣いに尋ねるという、あざとい仕草も様になっている。

 しかしそれよりも名前を知られていることに驚いて、翔とシェリエは戸惑いながらも頷いた。


「待ち伏せみたいになってごめんなさいね。わたしは王大玲ワン=ターリン。2年生よ」


 その挨拶に翔はどうも、と返したものの、シェリエは絶句していた。

 何という大人っぽい2年生であろうか。すでに完成されているとさえいえる。

 思わず自身の胸元をチラ見して、シェリエは世の不公平差を感じた。


(何なの……こういうのって普通アメリカ人がスタイル抜群担当じゃないの?)


 そうはいってもシェリエは金髪枠ではない。黒髪黒づくめの魔女枠である。

 翔の幼馴染である少女の姿が浮かび、目の前の先輩と合わせて自らの戦力差に絶望するしかない状態に、シェリエは勝手に落ち込んだ。


「ど、どうしたのシェリエ?」


 露骨に態度に出ていたのだろう。翔がオロオロとした様子で声をかけてきた。

 その様子を微笑ましく思ったのか、大玲は柔らかく微笑んだ。


「待ち伏せみたいになって驚かせたかしら。ごめんなさいね。できれば昼食をご一緒できない?」


 言葉とともに、出された弁当箱にシェリエの視線は釘付けになった。なんとお重である。しかも三段ある。これはなかなかのボリュームであると断言できた。

 これも表情に出ていたのだろう、大玲はくすくすと上品に笑った。


「大丈夫みたいね。じゃあ、一緒に食べましょう」

「シェリエ……もうちょっと食い意地を隠そうよ」


 シェリエは大玲の言葉には頷いたが、翔の言葉は無視することに決めた。


「僕も一緒に頼むよ!」

 フランクの明るい声は、全員が無視した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る