第4話 あるべき姿を目指すために

 大玲が持っていたお重は、それはそれは豪華なものだった。

 炒飯が敷き詰められた一段目。チャーシューや餃子、焼売が敷き詰められた二段目。そして三段目には高校生に圧倒的な人気を誇るお弁当の定番、から揚げだけでも十分すぎるのに、エビチリやホイコーローが並んでいた。

 名前で仮決定していたが、この時点で翔は大玲を中国人だと確定した。


「おおおおお……」


 自前の弁当をマッハで間食したシェリエは、まるで宝石箱を見つめるかのような欲望に満ちた視線を注いでいた。


「遠慮せずに食べて」

「ありがとうございます!」


 いいんですか、とすら聞かないシェリエ。ある意味欲望に忠実な魔女らしい姿である。


「いや、賑やかでいいね」


 翔が何と言おうか苦心していると、フランクがお手本のような感想を口にした。さすがである。

 そんなフランクはハムとチーズを挟んだバゲットサンドを上品に口に入れている。

 サンドイッチの食べ方ひとつもサマになる男であった。


「お二人はご友人ですか?」


 和やかな昼食の中、翔が率直な質問を口にすると、フランクと大玲は顔を見合わせた。


「そうだね。友人というよりはクラスメイト、かな」

「そうね。あいにく友人とは言い難いわね」


 二人して恐ろしくドライな言葉であった。

 翔は自分の質問を後悔した。その気まずそうな表情を読み取ったのか、フランクが苦笑する。


「ああ、いや。仲が悪いわけではないんだ。僕は隠していないけれど、大玲嬢も高名な家の出身だからね。迂闊に友人付合いはできないのさ」


 フランクの言葉に、大玲も同意するように苦笑する。


「勝手に人の背景を後輩にばらさないでほしいのだけれど?」

「いや、ごめんごめん。でも翔君の顔を見るとフォローしたくなるだろう?」

「まあ、そうね。何というか放っておけなくなるわね」


 可愛いわよね、と流し目を送られ、翔は赤面した。


「はぐはぐ。美味しい!」


 シェリエはその様子には気づかず、色気より食い気を証明することに注力していた。

 フランクはそのシェリエにも微笑ましそうな表情を向けた。

 すぐにナンパしそうな印象であったため、その表情は翔には少し意外だった。


「君達があの飛行機墜落を未然に防いだなんてね。ちょっと信じられなくなるな」

「あら、もう本題に入るの? せっかちねえ」


 大玲もわずかにフランクを非難するが、発言自体には驚いていない。

 しかし、翔は内心で驚いていた。休み前のあの事件は、公にはなっていない。

 小さな島だから、それほど隠せるものでもないがそれでも――

 この二人は学生の身でその情報をつかみ、そして翔たちに接触してきた。


「……よく、ご存知ですね」


 思わず低い声を出す翔に、大玲は余裕を崩さない。


「あら、そんな凛々しい顔もできるのね。やっぱり大人しいだけの少年ではないのね」

「んも?」


 二人の様子にさすがに気が付いて、シェリエも食事の手を止める。ちょうど七割がた食べ終わったところであった。


「僕たちは名家、と言われる家系だからね。それ相応に情報も入る。そこのシェリエ君だって、家の情報網を持っているんだしね。大差ないよ」


 フランクも悪びれた様子さえ見せずに言い放つ。


「……なるほど」


 翔は呻くように頷いた。その家の情報網とやらであの事件を調べていたとなると、次の言葉は当然――


「日高翔君。僕は君に興味があるんだ」


 ――そうなるよな。

 冷めた気持ちで、翔はフランクの言葉を耳にする。


「十歳にして魔法を発動。それ以後の成果は、発動の事実を事故としても問題ないくらいに何もなかった」


 翔を揶揄するその言葉に、シェリエの瞳が鋭くなる。

 フランクは少女の変化に気づいていないはずもないが、そのまま続ける。


「ところが先日の事件では、最終的には魔動機を介さずに魔法を使用。制御も完璧」


 一転して持ち上げる発言に、シェリエの口元が嬉しそうにぴくぴくと動いた。


「その素性はほとんど魔法使いのいない日本出身。家系的にも魔法使いの血は入っていないと思われる」


 あくまでにこやかに、名家の少年は言う。


「僕は君に興味があるんだ。君のルーツは何か。その魔力はどこから来るのか。それがわかれば――」


 あくまでにこやかに、しかし強く、確固たる意志を持って。


「魔法とは何か。その真髄に、近づけると思っている。その真髄を知らないと、僕が与えられている目標は達成できないと思うんだよね」


 かつて世界に突如出現した、聖人の血を引く少年は言った。


「だからまずは僕と、友達になってくれないか?」

「「「……」」」


 世界が、沈黙で満たされた。

 警戒を全開にしていた翔とシェリエはもとより、面白そうに聞き役に徹していた大玲すら凍ったように動かない。

 その様子を、不思議そうにフランクが眺める。


「……あれ?」

「あれ、じゃないわよ」

「下手くそ」


 小首を傾げるフランクを、女性二人が容赦なく罵倒する。

 翔はちょっとフランクに同情した。


「僕は何かおかしかったかな? 何しろ友達を作るのは慣れていなくてね」


 どうもこの女性好きな先輩は、知り合いは多いが友達は少ないタイプらしかった。


「どこも何も、全体的におかしいわ」


 そして大玲は辛辣な言葉を平気で口にするタイプのようであった。


「というか……先輩あれだけ女性に声をかけるのは慣れているんですし、友達は多いでしょう?」


 何とか敬語を取り戻したシェリエの言葉に、またしてもフランクは小首を傾げる。


「いや、女性は愛でるものであって、友人を求めて話してはいないからね」


 そしてそのあざとい仕草から飛び出したのは、なかなかにクズの発言であった。


「そのあたりを初対面でオブラートに包まないあたり、距離感がバグっているわよ」


 大玲はそう告げると、次は自分の番、とばかりに翔へと視線を送った。


「さて、このお坊ちゃまのお誘いは考えておいてもらうとして。わたしもあなた達とお近づきになりたいのよ」


 そう口にする大玲は、微笑みを浮かべている。同性のシェリエですら若干見とれているそれは、翔には計算されて作られた表情に思えた。


「それは、どうしてですか?」

「そうね。色々理由は言えるけれど」


 翔の直球の質問に、大玲はわずかに考えて、直球を返してきた。


「あなた達の魔法の有り様が、わたしの研究に近いから、かしらね」


 恐らくは翔とシェリエが直接的な回答を好むと考えたうえでの、言葉。


「わたしの研究は、『なぜ魔法使いは魔法を失ったのか』よ」


 ある種、フランクと似ているわね。と告げる大玲は、またしても計算された笑みを浮かべる。

 誰もが知る欧州の名家の血を引く、天然ナンパ師、フランク。

 素性不明の中国の大家出身の、計算高き美女、大玲。

 好対照とも、似たもの同士とも言える先輩二人のテーマは、彼らの血の凋落を追うものであった。

 重く、深く、長いそのテーマ。それに正面から向かい合う二人に敬意を抱くとともに、翔はここにいない幼馴染の言葉を思い出す。


 ――これから色々なことが変わっていくわ。もう魔法使いたちは隠れていられない。隔離される必要もない。世の中に、本当の意味で溶けて混ざり合っていく。


 その言葉に、自分は何と返しただろうか。


 ――いや、きっとそれこそが、あるべき姿なんだよ。


 そう答えた。その想いは変わっていない。

 だから、翔は手を伸ばす。

 過去に挑む、尊敬すべき先輩たちに。


「こちらこそ、ぜひ友達になってください」


 こうもあっさり翔が頷いたのが意外だったのか、二人はシンクロしたようにキョトン、として――

 そして、その手を順番に握り返した。

 一人は、嬉しそうに。少し照れ臭そうに。

 一人は、作られた笑みに、かすかに本物の感情を加えて。


「わ、わたしも!」


 アメリカの天才は、その新たな輪に加わるのがちょっと遅れた。



 なお、ドイツの機械オタクはこの場にいませんでした。

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