第5話 魔法の言葉など何でもいい

 そのため、夜シェリエはわざわざ電話をした。


「……ってことがあったのよ」

「ほほう」


 アイナは相槌を打ちながら、顔をしかめた。ビデオ通話じゃなくてよかった、と思いながら。

 平静なままでいるには、色々と気に入らないことが多すぎた。

 最も気に入らないことは、これまで翔の存在をないかのように扱ってきていた旧家――アイナは決して名家とは認めていない――の連中が接触してきたことである。

 しかし、それ以外にも気に入らないことはある。

 例えば、フランクと昨日会ったのは偶然ではないということ。

 例えば、大玲が女性の魅力をチラつかせて近づこうとしているということ。

 そして、二人の動機は同じように思えること。


「それでさー、って聞いてる? アイナ?」

「ちゃんと聞いているわよ」


 シェリエとの通話を、スピーカーに切り替えながら、アイナは心外だ、と言わんばかりに返事をした。

 そのまま机に移動して、マイクをミュートにしてスマホを机の端に置いた。

 シェリエの言葉を聞き流しながら、分厚いファイルを取り出して広げる。

 そのファイルには、アイナがこれまでに作製した魔動機の設計図と記録が保管されている。

 パソコンのデータに比べ、すぐに取り出せるため、アイナは必ず紙でも保管するようにしていた。

 ぺらり、ぺらりと魔動機の設計図をめくりながら、それらを見つける。

 フランクと、大玲に依頼を受けて作製した魔道具を見て、アイナは眼を細めた。


「ねえ」

「え、なに?」


 アイナから相槌以外が返ってくるとは思っていなかったのか、シェリエが少し驚いた声を上げた。

 確信犯的に喋り続けていた友人に見えない苦笑を向け、アイナは自らの疑問を口にする。


「さっき二人のテーマは、『魔法とは何か』と『なぜ魔法使いは魔法を失ったか』って、言ったわよね」

「うん。フランクと大玲先輩がそう言っていたし」

「ふーん」

「どうしたの?」


 シェリエの肯定を受けて、アイナは再び図面に目を落とす。


「いや、壮大なテーマと思ったのよ」

「そうよねー。後二年では無理よねえ」

「無理に決まっているわね。できたら天才どころの話じゃないわ」


 魔法の根源に迫るテーマである。10代の魔法使いがそうそう選ぶようなものではない。

 手がかりを見つけることすら難しいだろう。

 そして、それだけのテーマを掲げているにも関わらず。


(依頼されて渡した魔動機は、テーマと関係なさそうなのよね)


 そもそも、魔動機が魔法の根源に迫るために使えるかも疑問である。

 魔動機は魔力が粒子であることを前提としており、そしてきちんと動作する。

 だがそれは、魔力が粒子であることを証明するわけではないのだ。

 何か別の理論にも合致して発動しているだけかもしれない。逆は真ではない、というものである。


(一度、旧家が魔力を何だと考えているのか、調べてみる必要があるかもしれないわね)


 今後の方針を決め、アイナは再びスマホを切り替えて耳にあてた。

 そのまま、シェリエとの通話に意識を戻していく。

 彼女の真っ直ぐな感情を持った会話が、心地よく、アイナは苦笑ではない笑みを浮かべた。




「聖霊の御名において……」


 フランクの声が自室に響く。

 聞くもののいないその言葉は、何を生み出すこともない。


「これもだめか」


 口にした失望の言葉に反して、彼の表情に変化はない。それは、この結果がわかっていた証明ともいえる。

 事実、彼はわかっていた。

 そもそも、成り立つはずがないのだ。

 魔法を使うために、聖句を口にして、意味があろうはずがない。むしろ、あってはならない。

 魔法使いは過去から現在に至るまで、異端の代名詞。

 異端とは、つまり神の御世において、異端であるとされてきたのだから。その力の行使は、神に願っても得られない。

 魔法を使う者であれば、言われずともわかる。それは、常識の一つですらあった。

 しかし、その常識から外れる者がいる。この理屈においてその常識から外れた者が、フランクの先祖に他ならない。

 突如として世に現れ、奇跡としか思えない力を行使し。

 生前には魔女として生涯を終え。

 そして、死後に列聖された女性。

 それは、魔女であるという扱いそのものが、不当であり、誤りであったとされる。

 それであれば、話は早かった。何の問題もなかった。


「灯れ、光よ」


 しかし、フランクが机に置いた魔動機に手を触れて、意志を込めると魔動機の上空に光が浮かぶ。

 全く問題なく、魔法は発動していた。


「消えろ」


 言葉とともに灯りが消える。


「天にまします我らが神よ。闇を見通す光をお与えください」


 また光が灯る。

 その様子に、フランクは何度となくついてきた溜息を零した。

 つまりは、魔法の言葉など、何でもいいのだ。魔動機は適切な魔力を適切な方向性で注げば、言葉などなくても作動する。

 まるで、電源をつなげば動く電化製品のように。

 神に祈ろうが、呪文を唱えようが変わったりはしない。

 しかし、魔動機を通さないと魔法は発動しない。それもまた、神に祈ろうが、呪文を唱えようが変わらない事実である。


「ご先祖様、貴方はどうやって、魔法を使っていたのでしょうか」


 ――あるいは、世間が言うようにデマだったのか。

 だとすれば、この身が使っているこの力は何なのか。

 連綿と続くダルク家の力は、どこから来たものなのか。

 何度も自問しては答えが出てこなかった問いを、繰り返す。

 そして、友達になった少年の顔を思い浮かべる。

 彼は、フランクが知る限り初めての、突如として世に表れた魔法使いである。


「日高翔君。君にならこの答えが出せるのかな」


 彼は魔法を使うときに、何に祈るのか。あるいは、何かに命じるのか。

 それとも――機械のようにただ行使するだけか。

 フランクは、彼と過ごすことでその謎に迫れると考えていた。

 それは、決して翔に何かを無理強いしたいわけでもない。いつか成果がでればいい、といった程度の漠然とした打ち手。長い歴史の中で、時代時代で打ってきた、結実しない可能性の方が高い布石の一つ。

 だから、友人になる、というのはフランクの些細な願望でもあった。

 いつまでこうした緩やかな手が許されるのかはわからないが。


「天にまします我らが神よ、光をお返しいたします」


 音を立てずに魔動機が稼働し、小さな光は音を立てずに消えた。



 魔法の灯りが消えても、電灯に照らされた部屋は明るいままだった。

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