第6話 目標とテーマ。家とスポンサー
「ということで、フランク先輩と友達になったよ」
「あら、やるわね」
一日の終わりの食卓で、カテリナは翔の言葉に素直な賛辞を贈った。
あまり褒めて伸ばすタイプでもない彼女からのそれは本心に思えて、翔は少し照れくさそうに視線を逸らした。
「あと大玲先輩も」
続けて出した名前にはすぐに反応がなかったため、視線をカテリナに戻す。
そこには、何と言うべきか迷っているような、というか間違いなく迷っている姉がいた。
しばらく無言で食事を続ける。
皿が空になったころ、ようやくカテリナは口を開いた。
「教師として言うと」
「うん」
「友人が増えるのは喜ばしいわ。異論はない」
「うん」
ここまで全く問題ない。
「姉として言うと」
「うん」
「非常に心配」
実に端的な言葉であった。
カテリナは困ったように眉を寄せると、続ける。
「王大玲。2年生。中国出身。身長168センチ。体重非公開」
何やらプロフィールの開示が始まった。というか、個人情報ではなかろうか、と翔は不安になった。
「成績は優秀の一言で、その容姿もあってスクール内の人気は非常に高い。趣味はショッピングと美容に、中国舞踊。スリーサイズは上からきゅうじゅう……」
「うわああああ! ちょっとちょっと!」
明らかに職権乱用な情報の氾濫を翔は大声で遮った。
「ん? 興味なかった?」
「そうじゃなくて」
わざとらしく首をかしげて見せる義姉に若干の疲れを覚えつつも、翔は個人情報の取り扱いについて説明した。教師の立場のやばさも含めて。
一通り黙って聞いていた女教師は、頷いて笑顔になった。
翔がほっ、と息を吐いたのもつかの間。
「固いわねえ」
見事な感想であった。それはもう、教育委員会に訴えられたら負けるのではないかと思うほどに。
なお、マジックスクールを管轄するような教育委員会は存在しない。
なんだかどっと疲れた気がして、お茶を入れようと立ち上がった翔に、カテリナは視線を向けないまま、続ける。
「わたしが生徒のことをとやかく言うのはよくないけれど」
「この流れで教師面……」
翔のツッコミはもちろん無視される。
「彼女の目標もまた、『不死』なのよ」
その言葉に、電気ケトルにスイッチを入れたばかりの翔の手が止まる。
「変な下心で近づいてきたんじゃないといいけど。なんとなれば、色仕掛けとかしてこないといいけれど。姉としては、非常に心配」
その言葉に、翔は思わず唸る。
「というか、目標とテーマってどう違うの?」
「そこから?」
今度はカテリナががくり、と肩を落とした。
「……」
「……」
姉弟の沈黙を破るように、電気ケトルがピー、と鳴った。
「端的に言うと、目標は与えられたもので、達成したい具体的な成果。テーマは自分が設定したもので、自身が魔法の研究をするための芯のようなものね」
カテリナの説明に、翔は頷いた。違いは分かった。
しかし、もう少し詳しく知りたい。そのために疑問を口にする。
「目標を与えられた、っていうのは誰から?」
「基本的にはスクールから、ということになるわ。スクールの生徒は例外なく2年生になると卒業までに取り組む目標を設定するの」
「一介の生徒が取り組むには、『不死』って達成不可能に思えるんだけど」
「そうね」
翔の最もな指摘に対しカテリナは否定せずに頷く。
「目標はスクールと生徒の話し合いで設定するけれど、その達成は必ずしも在学中じゃなくても構わないわ。取組内容と、ある程度の進捗があればきちんと評価することになっているしね」
細くするように言われたカテリナの説明に、翔はおおよそ納得した。
それでも頷ききれなかったのは、依然として疑問はあるからだ。
「目標はスクールから与えられる。けれど、生徒と合意して設定する。ということは、つまり――」
翔の言葉を遮り、カテリナが先んじて同意を口にする。
「そう。『不死』なんて目標は生徒から提案がない限り設定しない」
「フランク先輩と、大玲先輩は二人とも、自分からそんな困難な目標設定をしたっていうことだよね」
翔は自らを理解させるかのようにつぶやき、黙考する。
その様子を見て、カテリナは待ちの姿勢に入るかのように、ソファに体重を預けて紅茶を味わう。
少しして、翔が顔を上げた。その表情は厳しい。
「誰かの意向を汲んで提案した、っていうことだよね」
それに合わせるように、カテリナも視線を鋭くした。
「正解。彼らは家の意向を受けているわ。そして家は、スポンサーの意向を受けている」
プシュ、と音がした。いつの間に持ってきたのか、カテリナの手には紅茶ではなく缶ビールが握られていた。
グビ、と何かを流し込むように勢いよく飲んでから、翔を見つめる。
「結局、魔法使いは世の中から逃げられないのよ。ある意味、名家と呼ばれる人たちが一番苦しんでいるわ」
そこで翔は思い出す。自身の姉の本名を。
カテリナ=マクスウェル。イギリスはロンドン出身の魔法使い。35歳。独身。
ダルク家ほど有名ではないが、マクスウェル家もまた、1000年以上の歴史を持つ魔法使いの家系である。その歴史は、むしろダルク家よりも長い。
「姉さんも?」
率直に尋ねることができるのは、互いの距離の近さと信頼のなせるものだ。だから翔は、ためらわずに尋ねる。
カテリナは再びビールを呷ると、頷く。
「そうね。とはいえわたしは実家からは勘当されている身だから、フランク達ほど密に関わってはいないわ。古いだけで、特に有名な家でもないしね」
さらりと明らかにされた衝撃的な事実に、翔は思わず紅茶を逆流させそうになってむせた。
「か、勘当?」
「ああ、そこ? そこは大したことじゃないわよ。そもそも家とつながっていたら、あなたを引き取るなんてできっこないしね」
軽い口調でそれ以上の説明を拒み、カテリナは翔の気を逸らす追い打ちを口にした。
「心配するなら、シェリエの心配をしてあげなさい。彼女は、それはもうきついプレッシャーを受けるはずよ。もしかしたらもう受けているかも」
「え?」
カテリナの予想通り翔の眼は点になった。
「シェリエが? なんで?」
「何でもなにも」
カテリナは溜息をつきながら、鋭いのか鈍いのかわからない義弟に解説する。
「当たり前でしょ。シェリエは新興とはいえ、立派な魔術師の家系。加えて本人は魔動機の補助なしで魔法が使える。彼女は現代において、最も古き魔法使いに近い一人よ。魔法使いだけじゃない。誰も彼もが、彼女に注目している」
翔は当たり前のことを、今さら気づく。
シェリエという少女の立場を。そして、彼女の肩に乗っているものの大きさを。
「当然シェリエは来年、同じ目標を設定することになるでしょうね」
――不死の魔法。
翔は荒唐無稽な妄想に過ぎないと思っていたそれが、急に現実に求められていることを理解する。
――――まるで、魔法使いを取り巻く呪いのように。
「……」
黙り込んだ翔を見て、カテリナは何も言わない。
(最も古き魔法使いに近い一人、というのなら、翔。あなたもそうなのよ)
いつの間にか空になっていたビールを手で持ったまま、ただ翔を見つめる。
(世界があなたに気づく日が、必ず来る。そのときスポンサーが名乗り出てくるのは確実)
義姉は、義弟の幸せをただ願う。それが儚い願いに過ぎないと知っていても。
(せめていいスポンサーに巡り合えるといいわね)
現代に起きた奇跡である少年。日高翔。
――その奇跡を、いつまで自分は守ることができるのか。
自問するカテリナは、自覚のないまま缶を握りつぶしていた。
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