第7話 世界と魔法使い

 週末、土曜日。

 マギス島は小さな島であり、魔法使いしかいない島でもある。

 そのため、いわゆる繁華街は小さい。

 小さいながらも、若者が退屈しないように一通りのものはそろっている。

 その繁華街の一角。ネイルサロンに彼女、王大玲はいた。

 私服姿は高校生徒は思えない。

 短い白いTシャツと、ハーフパンツに、スポーティーなサンダル。どれも有名ブランドのものではあるが、服装自体は高校生そのものだ。

 しかし、スタイルが、いや、その雰囲気が成熟した色気に似たものを感じさせる。

 指は細く、長い。その手は今スタイリストの手によって薄紅色に塗られ、人工パールで飾り付けられていた。

 普通の高校生では、怒られるであろう装飾を咎めるルールはこの島にはない。しかし、その技術料は安いものでもない。

 一人の例外を除いて、魔法使いたちにはスポンサーがついている。それは多くの場合、政府であり、実家であり、またはその両方である。

 政府の比重が大きい場合――多くの魔法使いの家はそう裕福でもないため、こちらが多数派である――学生はできる範囲で出費をセーブする。

 それは、清貧を旨とするような立派なものではなく、単に身体に巻きつく鎖の長さを少しでも短くするためである。

 家が裕福な場合、政府の支援は最小限となる。魔動機の大家であるアイナの実家、フォルゲイン家などはこれに当たる。

 そして、王大玲もこちら側である。彼女の実家が相当な資産家であるらしいことは、2年生の間では有名な話であった。

 それだけに、取り巻きも自然と増える。

 決して褒められた行為ではないが、おこぼれにあずかりたい者はどの時代、どの地域でもそれなりにいるものだ。

 そして彼女は、それを許す。取り巻き達にも、利益を渡す。

 大玲以外にも座って施術を受けている少女が多いのは、そのためだ。

 完成した爪を眺めては喜んで礼を口にしてくる少女たちに、気にしないで、と笑顔で返しながら少女は店を出る。

 後に同じ魔法使いの卵である少女たちが続く。

 そう、王大玲はわかっている。

 金が持つ力を。その使い方を。

 それは、魔法使いであっても例外ない力であることを。

 自分を取り巻くこの状況こそが、魔法使いを取り巻く世界の縮図であることを。

 向かい側から歩いてくるフランス人の同級生が、手を上げて挨拶してくる。

 それを艶然とした笑みで受け止めて、大玲は歩みを止める。


「やあ、今日も美しいね。大玲」

「こんにちは、フランク。偶然ね。あなたもショッピングかしら?」

「ああ。僕はこの近くのカフェが好きなのさ。よかったら一緒にどうだい? マカロンが美味しいんだ」

「へえ。それは興味をそそられるわね。いいわ、ご一緒しましょう。皆さんはどうする?」


 ただのナンパにも思えるそのやり取り。フランクがここ最近よく大玲に声をかけているのはみんなが知っている。

 だから、大玲がフランクの誘いを受けたことを、そういうことだと理解して、全員が遠慮する旨を伝える。


「ああ! 残念だよ。美しい花に囲まれてのティータイムかと思ったのに」

「贅沢ね、フランクは。わたしが付き合ってあげるのだから、満足しておきなさい」



 周囲の少女で、気づくものはいない。

 フランクも、大玲も、浮かべる微笑みと交わす言葉と裏腹に、瞳は無味乾燥としているこということに。

 王大玲は理解している。フランク=ダルクも理解している。

 自分たちを取り巻くこの状況こそが――魔法使いを取り巻く世界の縮図であることを。




 そんな優雅で、ある種華麗なる一族的な休日とは程遠く、翔はジャンク屋での買い物――主に荷物持ちとして――を終えて、アイナの家に来ていた。

 来ていたというか、帰る隙を与えてもらえないまま、魔動機の試作の助手を務めていた。

 隣では手伝う気のないシェリエが、とんがり帽子をかぶったままオレンジジュースを飲んで二人の作業を眺めている。


「毎度毎度、好きねえ、二人とも」


 呆れたように言うシェリエに、翔は無言で抗議の視線を向けた。


「これ以上の娯楽は存在しないわよ」


 しかし、人によってはドン引き一直線のアイナのセリフによって視線は無意味なものとなった。

 アイナは洒落っ気の欠片もないいつものツナギ姿に着替えており、早速とばかりに魔動機のコアである炉を作業台の上に置いた。

 翔が気乗りしないながらも慣れた様子で工具を並べ、二人で図面を見つめる。


「さて、始めるわ」

「はいはい」


 二人が台の向かい側に立つ。その真剣な様子を何となく眺めながら、シェリエは思う。


(翔も魔動機はもう必要ないのに、なんだってこんなに一生懸命に手伝うのかしら)


 その疑問に、論理的な答えはないのだろう。

 魔動機が必要ないから手伝わない。それは単に、利害だけの話でしかない。

 翔とアイナには、友情か、親愛か、あるいは、もっと別の何かか。利害を超えたものがある。そんなことは、改めて確認するまでもない。

 シェリエだって、二人に利害を超えた友情を持っている。

 けれど、その感情は利害に押しつぶされてしまうかもしれない。

 シェリエは、半年前に祖国から受けた指示を忘れていない。忘れることはできない。

 それは家のためであり、シェリエ自身のためでもある。フランクや大玲が何を目的に翔に近づいてきているのかわからないが、シェリエは自身の立場も彼らとそれほど大きく変わらないと考えていた。


 ――いつか、翔の敵になる日が来るのかもしれない。


 何度自問しても出てくるその可能性。それを考えると、胸にズキリと痛みが走る。

 この痛みにも、いつか慣れてしまうのだろう。

 でも、だから。この痛みは誰とも分かち合えない。

 零れた感情をアイナに拾ってもらったことはあったが、その時に確信してしまった。

 自分とアイナは違うと。

 でも。だから。だからこそ――


 いつか来る破綻の日までを、大切にしたい。

 優しさと寂しさを等分乗せるシェリエの視線にも気づかないまま、二人の幼馴染は魔動機を組み立て、分解し、議論を戦わせていた。

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