第8話 連休は別荘に行こう?

 フランクと大玲が入ったカフェは一階に洋菓子のショーケースがあり、その奥にカフェスペースがある。

 内装がクラシックで、パリやウィーンの有名店にいるような気分になれるため、人気が高い。つまりは島では有名なカフェだ。

 だが、店の奥には階段があり、そこから上がると2階が個室スペースになっていることはあまり知られていない。

 フランクは名前を告げて、当然のように予約していた個室へ大玲をエスコートする。

 大玲はありがとう、と礼を言ってから、咎めるように眼を細めた。


「わざわざ、わたしの動向を把握していたのね? ダルク家ともなると怖いわねえ」

「この店はよく予約しているから、たまたまだよ」

「たまたま、ね」


 二人は舌戦を交えながら席に着く。

 それぞれが注文し、紅茶とマカロンが運ばれてくるまで、互いにお互いの出身国の文化についての会話を弾ませる。

 フランクは自分が名家であるとの自覚が強く、自国や他国の文化について造詣が深い。本人は家名を背負う以上は当然に必要な知識だと認識している。

 しかし、大玲は通常の高校生では感心するしかなくなるであろう話題に、まったく問題なくついてきた。

 これだけでも彼女の高い教養が、そしてその背後にいるスポンサーの大きさがわかる。

 同学年とはいえ、互いに目立つ存在である。そのため、これまでは必要以上の接触をどちらからともなく避けていたところがある。

 しかし、そうも言っていられない。この間大玲が正面から日高翔に接触しようとしていたのは、フランクを焦らせるのに十分だった。

 同時に、翔を取り巻く噂が真実であると確信するにも、十分であった。

 ただ、彼との親交はできれば自分が先んじて深めていきたい。

 そのためには、眼前の相手を理解する必要がある。

 協力できるのか、あるいは敵対しかないのか。


「同級生だというのに、君みたいな美女とこれまでお近づきになってこなかった自分に腹が立つよ」


 フランクの軽口に、大玲は微笑んだだけで、何も言わない。マカロンを口に入れ、その味を堪能するように眼を閉じる。


「君のことを知りたくなってね。今日は声をかけさせてもらったのさ」

「そう」


 次の返事も、相槌以上ではない。

 フランクがことり、と小型の魔動機を机に置いた。


「静寂の帳をおろせ」


 フランクの端的な言葉に、ブン、と一瞬魔動機が音を立てる。魔力が、部屋を薄く覆うのが二人にはわかった。


「特化型? 珍しいわね」

「流行らないけれどね。けれど、僕は有用だと思っている」


 初めて大玲が驚きの感情を言葉に乗せたことに気を良くして、フランクが笑みを深くする。

 しかし、すぐに大玲は笑みを浮かべなおし、脚を組んでフランクを見つめる。


「それで、わざわざ遮音の魔法まで使って、何を話してくれるの?」


 たれ眼がちで、常に小動物を思わせるフランクの瞳が一瞬鋭くなる。


「王大玲……ずいぶん大きなスポンサーがついているんだね」

「わざわざ調べたの?」

「いや、普通気づくだろう? あれだけ美容だショッピングだ、と取り巻きにまで大盤振る舞い。芸術文化への深い造詣。どれもスポンサーなしにはできないものだよね」

「……まあ、そうね」


 フランクの指摘に頷いた大玲が、続けざまに放った言葉は、悪意に満ちていた。


「所詮魔法使いは籠の鳥。飾り付けてくれるご主人様が必要だものね」


 フランクは一瞬肌が粟立つのを感じた。王大玲という存在が、一瞬異形の怪物と錯覚しそうになる。

 それでも、彼も研鑽を積む魔法使い。すぐに調子を取り戻す。


「ずいぶん辛辣だね」

「あら? わざわざこんなお膳立てをしたのだもの。こういう話がしたいのではなかったの?」

「それも悪くないけれどね。もう少し建設的な話がしたいかな」


 その言葉が意外だったのか、大玲はわずかに眼を見開いた。

 そして、クスリ、と笑う。


「ああ、そういうこと」


 長い脚を見せつけるように組み替えて、言う。


「いいわよ。あなたの考えを聞かせて」


 フランクは、ようやく話をテーブルに乗せられる、とこちらも笑みを浮かべて脚を組む。


「ああ。もちろん、翔君についてのことだけれど、いいかな?」

「他のことだったらそれこそ驚くわ」

「まあそうだね。じゃあ……」


 共通の目標を持つ二人はお互いが協力できること、できないことを議論していく。

 その中心には、島に突如現れた新星、日高翔がいる。

 ただ、彼らの議論には、翔自身の意見は含まれていない。彼らには勘案するつもりもない。

 それは、背負っているものの重さ故か。

 あるいは、魔法使いの傲慢であるか。

 誰にもわからないまま、当人を含まない話し合いだけが進んでいく。




 様々な想いを抱え、桜の季節は過ぎていく。

 翔は島にはない花を懐かしく思いながら、これまでと変わらず、シェリエと一緒に魔力制御の練習と、アイナの手伝いに日々を費やしていた。

 前期と比べると、そこに新たに友人となったフランクや大玲との交流が増えていたが、それはゆっくりとしたものであり、翔の生活に大きな変化はもたらしていない。

 マジックスクールは9月始まり。12月月末で前期が終わり、後期は6月中旬には終わる。

 この辺りは欧米と変わらない。

 季節感に乏しいといえばそうだが、それでも暦は進んでいく。

 祝日はマギス島独自のものがいくつか設定されているが、それほど多くない。

 その多くない連休の一つに、5月頭の連休がある。

 日本ではゴールデンウィークの時期だが、マギス島では単なる4連休である。


「別荘ですか?」


 その4連休に島西部の海沿いにある別荘に招待したい、と大玲が声をかけてきた。


「そうなの。まあ友達になった記念、みたいなものね。フランクにも声をかけているし、シェリエちゃんとアイナちゃんもよかったらどうかしら?」


 時間は昼休み。場所はいつも昼食をとっており、大玲と初めて会った中庭である。

 堂々と翔を誘う彼女に、アイナとシェリエは冷たい眼を向けていたが、そこはコミュ力の高い先輩である。二人を誘うことも忘れない。

 変化の少ないマギス島では魅力的な誘いである。二人は顔を見合わせて悩み始めた。


「食事はうちのシェフが作るし、手ぶらで来てくれたらいいわよ。ああ、でも海に入りたければ水着くらいは持ってきてくれた方がいいわね」


 悩んでいるところにシェフというパワーワードの追加である。王大玲、実に汚い。やり口がほとんど大人のそれであった。


「大玲先輩、お金持ちなの?」

「まあ、そこそこはね」


 シェリエの率直な疑問に大玲も端的に答える。どう考えてもそこそこ、どころではないはずだが、翔は黙っておいた。


「翔とシェリエはともかく、わたしは初対面じゃないかしら? いいの?」

「もちろんよ。というか、アイナちゃんとお近づきになりたい下心もあるわ」


 悩みつつもまだ警戒を崩さないアイナに、下心がある、とあえて言って見せる大玲。

 訝し気な表情を浮かべる魔動機オタクの少女に、安心させるように付け加える。


「魔動機について、ちょっと考えていることがあるのよ。できればそういった話もしたいの」

「なるほど。理解しました」


 それであれば、とアイナは前向きな気持ちになったようだ。

 そこで、翔も結論を出す。


「わかりました。ありがたくご招待にあずかります。アイナも、シェリエもいい?」

「ええ」

「つきあってあげるわ」


 3人から承諾の返事を得て、大玲は満足そうに頷く。


「決まりね」

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