第9話 蠢く国家

 何だかんだ警戒しつつも浮かれる3人に、午後の授業は容赦なくやってくる。

 昼も食べ終わり、眠くなる時間帯のため、座学では撃沈するものも多い。

 その上、今日の講義は魔動機の歴史である。

 チラリと視線をやると、アイナはもちろん起きている。対して、シェリエはもちろん睡魔と戦っていた。

 魔動機の起源はアイナの祖先、ヨハン=フォルゲインであると言われている。それは間違っていない。自動車の隆盛に対抗するように、当時最先端の機械工学を駆使して、魔動機という形に仕上げたという意味で、彼はまさしく発明者である。

 しかし、起源について別の見方もある。

 それは、魔動機は形こそ違うが、魔法使いの歴史とともに常にあったのではないかという見方だ。

 現在の魔動機は汎用型と特化型とに分かれている。ヨハン=フォルゲインが開発したのはいわゆる汎用型である。

 この汎用型は現在に至るまで様々な改良を加えられているが、機構自体は単純である。

 つまり、魔力を入力する。それを炉と呼ばれる場所に蓄積する。増幅器で炉にある魔力を増幅する。増幅した魔力に指向性を持たせて、出力する。

 これだけである。

 それを理解すると、魔法使いであれば当然気づく。

 魔動機は、杖と何が違うのかと。

 長杖でも短杖でもいい。杖でなくとも、魔法使いの指輪でも、腕輪でも構わない。

 魔法使いが歴史の中で持っていたそれら魔法の発動体と、何が違うのか、という疑問。そしてそれから来る、魔動機とは魔法の発動体を機械で組み上げたものである、という主張。

 それも一つ理屈が通っている。否定するほどの材料はまだない。

 この考えが正しいかといって、現代における魔動機の価値が損なわれるものではないし、私達は過去と現在の両方に敬意を払い、研鑽を深めるべき。

 最後に教師がそう締めくくり、授業は終わった。

 次の授業は魔導技術――要は実戦形式の授業――であるため、体操着に着替えて移動しながら、翔は考える。

 杖に代表される、魔法の発動体。それが魔動機と性能を発揮する同じものだとしたら――いわゆる名家には、現代でも通用する発動体が存在しているのでは?

 ちょうどいい、大玲の別荘に行ったときにみんなに聞いてみよう。

 勤勉な少年は、素直にそう思う。

 前期までの、伸び悩み、暗く沈んでいた少年はもういない。

 軽やかに歩く彼は、その姿を見る少女たちの表情に気づかない。


「……鈍感野郎」


 誰かが呪詛のように小さくつぶやいたが、翔はそれにも気づかなかった。




 イメージ的には、バスローブにワインが似合う大玲であるが、もちろん家でそんなことをしているわけではない。

 タンクトップにショートパンツという非常にラフな格好で、入浴後のストレッチを終えた彼女は冷蔵庫から炭酸水を取り出して、グッとあおった。

 ごくり、と艶めかしく喉が動くものの、見る者はいない。雇っているメイドは夕食後は呼ばない限りは待機部屋から出てこない。

 ゆっくりとソファに腰かけると、タイミングを計ったようにインターネットの電話が鳴る。大玲は着信相手が父親であることを見て、放っておきたい気分にかられたが、どのみち携帯電話に転送されるだけと思い直して、カーディガンを羽織ってから通話ボタンを押す。


「大玲です」

「首尾はどうだ?」


 画面に出た父親はカメラもオフにしたまま、率直に疑問をぶつけてきた。

 会話を楽しむ余裕もない自らの父に、心の中だけで侮蔑の言葉を吐きながら、大玲は如才なく答える。


「概ね予定通りです」

「予定外の部分はどういった点だ?」


 しかし、父は概ね、が気に入らなかったらしい。くだらない質問をしてくる。


「そうですね。この島では牛肉の良いものがあまりなく。バーベキューが海鮮中心になりそうなこととか。あとはペリエが高いことかしら」


 大玲はまともに相手をする気をなくし、戯言を報告する。


「大玲。私はお前を報告もまともにできない愚か者に育てた覚えはない」

「奇遇ですね。わたしも育てられた覚えはありませんわ」


 一瞬にして、そして予想通りに語気を強める父に、大玲はあえてカメラをオンにしてから、嘲笑を返した。


「娘の養育費も出せない親が、調子に乗らないでもらえます?」


 翔たちの前では、いや、島では絶対に見せない、純粋な悪意をインターネットに乗せる。

 それはまさしく、現代に適応した魔女の姿であった。


「まあまあ、そう攻撃的にならないでくれるかな? 大玲嬢」


 そこに、別の声が割り込んできた。

 大玲に合わせるようにカメラがオンになり、二人の男の姿が映し出される。

 一人は、青白い顔に、痩せぎすの背の高い40代後半から50代に見える男。こちらが大玲の父である王大成ワン=ダーチェンである。

 相も変わらない景気の悪い顔から、視線を横に移すと、そこにもう一人いた。

 年は30代。スーツに身を包んだ大柄で筋肉質な男は、その体格に不釣り合いな柔和な笑みを浮かべていた。

 政府の関連機関『異能研究所』の李飛龍リー=フェイロンである。


「あら、飛龍様。ご無沙汰しております。そちらはそろそろ石楠花しゃくなげの季節でしたか?」

「息災そうで何よりです、大玲嬢。こちらは雨の季節の前の、花の香りを楽しんでおりますが、南国では四季が懐かしいのではありませんか?」


 画面越しでも伝わる、全身に満ちた自信と覇気。そして、時候の挨拶を交わす余裕。これでは、父に勝ち目があろうはずもない。

 わかりきっていたことを再認識して、大玲は溜息をつきたくなったが、もちろん表情には出さない。とはいえ、眼前の男はそうした心境を悟らないほど鈍くもないだろうが。


「お邪魔していますよ」

「家主である私の許可を得ずにとは、ずいぶんですわね」

「家主は御父上でしょう?」

「父は単なる借り暮らしにすぎません」

「だとしても、ですよ。親は敬うものです」


 大玲のような小娘が高圧的な言葉を投げても、小揺るぎもしない。これだから母国の官僚エリートは始末に負えない。

 大玲は、自分から話を進めることにした。


「それで、ご用件は?」

「ええ、例の日本人に関してのことを教えていただきたくてね」


 柔和な笑みを崩さない飛龍に、大玲もうっすらと笑みを浮かべたまま、答える。


「そうですわね、この島では牛肉が……」

「戯れるな」


 瞬間、男の雰囲気が一変した。画面の向こうで、父がはっきりとわかるほど、びくり、と震えたのがわかる。


「任務の遂行に障害となるものは? あるとしたらその程度と、解決策の具申は?」

「……すべて順調、問題ありません」


 具体的な追及に、大玲も端的に答える。

 すると、飛龍の表情が貼り付けたような柔和な笑みに戻った。


「ありがとうございます。ご苦労をおかけしますが、引き続き頼みます」

「わかっていますわ」

「それは重畳。あなたが如何に道士だか仙人だかの末裔で、天才的な投資の才を併せ持っているとしても、国家に逆らってもいいことなどないことを、お忘れなく」


 通話を終える前に差してきた言葉の釘に、大玲は答えない。


「もっとも、それは我が国に限ったことではありませんが」


 さらに余計な一言を追加して、通話は切られた。

 通話を切って、この部屋に監視カメラがあることをわかった上で、大玲は大きく舌打ちした。

 誰も返事をすることがない部屋に、それは殊更大きく響いた。

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