第2話 名家
機械を使うことに慣れ親しむ、という建前でしかない名目によって、マギス島では15歳から自動車免許が取得できる。
ちなみに本音は、バスの本数がそれほど維持できないためである。
島一の魔動機オタクであるアイナは、機械オタクでもあり、当然のように免許を持っており、毎日幼馴染の翔と車で登下校をしている。
その車内で、アイナはぶつぶつとこぼす。
「まったく、フランクには困ったものね」
「まあ、何というか、情熱が垣間見える会話だよね」
「あれは欲望がダダ漏れ、というのよ。翔は初めてだったかしら?」
「うん。初めてだけれど同性の僕には問題なさそうだった」
アイナは嫌悪感を隠しもしないが、翔としては特に嫌悪感はない。女性には若干迷惑な存在でも、同性に接する態度は比較的まとも――というより、極めて友好的――であったからだ。
翔が気にしていないことがまた、アイナの苛立ちに拍車をかけるのだがもちろん翔は気づかない。
ともあれ初対面だったという翔にアイナは頷いて会話を続ける。
「社交力は高いからね、彼」
「アイナは結構な知り合いみたいだったけれど?」
――なんでそんなところは鋭いのよ。
更なるムカつきが声に出そうになるのを、アイナはかろうじて飲み込んだ。
「そうね。彼はフランスからの留学生だし、欧州の魔法使いではかなり高名な家系の出身よ。それを隠しもしないことも含めて有名人」
「高名な家系?」
「そうよ」
翔の疑問にアイナは頷く。カーブに差し掛かり、速度が落ちる。
「神の啓示を受けフランスを勝利に導いた偉大なる女性。そしてすべてが終わり、火刑に処された異端児。オルレアンの乙女」
「え……」
アイナの言葉に翔は絶句する。それは、魔法使いではないはずの名前だ。
それは、列聖されている歴史上の人物。
翔の想いを、アイナが肯定する。
「フランク=ダルク。それが彼の名よ」
アモーレの国に住むフランス人の先輩は、どうにも複雑な背景を持っているようだった。
「有名な話よ。翔も多少は上級生にも興味を持ちなさい」
「……はい」
苦笑とともに放たれた幼馴染の小言に、翔は頷いた。
「フランク=ダルク? もちろん知っているわよ」
夕食の席で尋ねると、翔の姉代わりでもある教師カテリナはあっさりと頷いた。
「どうしたのよ、急に。学年も違うでしょう?」
訝し気に尋ね返してくるカテリナに、翔がアイナに指摘されたことを告げると、彼女はなるほどね、と頷いた。
そして、翔と視線を合わせる。学校で見せる教師としての厳しいものではなく、身内としての優しい視線を。
「アイナの言うことはまあ、正しいわ。とはいっても、翔の場合はこれまでが自分に向き合うだけで精一杯だっただろうし。これから知っていくのでも間に合うわよ」
カテリナは細い眼鏡と釣り眼がちな眼差しのせいで勘違いされやすいが、結構身内に甘い。
男をどんどんダメにしていく危険性も高い女性である。
とはいえ、とカテリナは立ち上がる。
「フランクはいい事例かもしれないわね。お茶でも飲みながら話しましょうか」
空になった皿を持って立ち上がった彼女に頷いて、翔も目の前の皿を空けることに集中することにした。
「現代の魔法使いっていうのは、魔動機あってのものよ」
「そうだね」
「まあ翔とかシェリエとか、数名の特異な例外はあるけれどね」
紅茶で唇を湿らせてから、カテリナがまず口にしたことは授業のおさらいとでも言うべき、ごく一般的なことだった。
魔法使い達が持つ魔力が減り、お伽話で語られるような魔法は絶えて久しい。それを補助する魔動機の発明によって、今多少なりとも復権している。それでも、過去ほどの価値は魔法にない。これが現代の魔法使いたちの常識であった。
「だから、マジックスクールの授業は基本的に魔動機ありきのものになっているわ。魔法の実践も、魔動機を用いての実践だし、魔法理論も魔動機が動作することが前提」
カテリナの言葉に、翔は黙って頷いた。意識したことはないが、確かにそうだ、と納得できる。
カテリナはそんな翔の様子に満足してか、続ける。
「だから、いわゆる過去の偉大な魔法使いを祖先に持つ家系。言い換えると魔動機を良く思っていない、自らの伝統や血筋で魔法を蘇らせたい家は、マギス島には留学してこない」
これも納得のいく話であった。そういえば、シェリエの実家であるミュート家も大きな魔力を持つものの、新興の魔法使いの家系である。シェリエという少女が魔動機を必要としない魔力を持ち、実際に魔動機を使わないが、ミュート家自体は魔動機を活用している。
「もちろん、名家の中で魔動機の有用性を認める家もある。けれど、普通は家名をごまかして留学してくることが多いわ。この島で名家だと目立っても、いいことはほとんどないからね」
とはいえ、とカテリナはやや機嫌を降下させて続ける。
「島としては現代まで続いている名家、というものを完全に無視するのは難しいわ。スクールのスポンサーになってくれている家も少なくないし、そもそも魔動機で再現したい魔法は何か、ってことになるとどうしても彼らの歴史が必要になる」
確かに、と翔は内心で納得した。
魔動機は言ってしまえば補助具でしかない。作れば自動的に何か願いを叶えてくれる魔法の箱などでは決してない。
「そんな中でフランク=ダルクは異端児よ。彼の軽さは、背負っているものの重さの裏返しと言ってもいい」
そう言ったカテリナは教師の顔になっていた。
「彼ももがいているのよ。もちろん、大人たちの思惑はあるけれど、彼自身の目標のために、この島で学んでいる」
「目標?」
興味を惹かれて翔が尋ねると、特に隠されているわけでもないのか、カテリナはそうよ、と軽く頷いた。
「彼の目標は『不死』の実現。単純で、そして、魔法使いの永遠の目標の一つよ」
「不死……そんなことが可能なの?」
翔は純粋に疑問であった。魔法使いの歴史は紀元前にまで遡ると言われている。その中で一度として実現しなかったもの、不死。そんなものが一学生に可能なものだろうか?
「わからないわね。普通は無理なんでしょうけれど。それでも、挑戦するに値するものよ。もっとも……」
カテリナは視線を翔から逸らし、窓を見つめた。カーテンで外の様子はわからなくとも、開ければ夜の闇が広がっていることは、誰にでもわかる。
「わずかな手がかりでも得てしまったら、魔法使いどころか世界が放っておかないでしょうね」
地図に載っていない島。魔法使いの楽園。マギス島。
――それは、必ずしも世の中一般と無関係でいられるということでは、ない。
翔は改めてそのことを意識した。
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