第1話 新たなる出会い

 地図に載っていない南国の島、マギス島。そのほぼ中央に、マジックスクールはある。

 スクールと言っているが、高等部しか存在しない。魔法の力は思春期に最も発達するとされており、その3年で徹底的に鍛える、というのが建前である。

 本音としては島は小さく、世界中の魔法使いの卵を、揺り籠から墓場まで確保するような物理的な広さもなく、保護する財政的な仕組みもない。世間の眼もすべてを隠しきるには厳しすぎる。

 そのため、魔動機についてある程度理解する下地ができており、留学するとして自国を離れてもそれほど目立たない、ハイスクールエイジを集めることに注力した、というのが真相であった。

 建前と本音が入り混じるマジックスクールで、最も有名な生徒といえば、誰もが1年生のシェリエ=ミュートを挙げるだろう。

 ウェーブがかった長い黒髪、意志の強そうな茶色の瞳。そして、全身を覆う黒づくめの衣装ととんがり帽子。まさしく魔女、という出で立ちだけでも有名人だが、そういうことではない。

 彼女が最も有名である理由は、その圧倒的な魔力。新興国家アメリカの出身という、出自と不釣り合いな、先祖返りとも言われる魔力であった。

 そして、悪い意味での有名人、すなわち劣等生と言えば、誰もが真っ先に1年生の日高翔を上げてきた。魔力をコントロールできず、小さな魔法すら発現できない。欧米人が多い島の中で唯一の日本人。その身体もやや華奢で、背丈も日本人の平均程度であるため、学年では小柄な部類に入る。真ん中で分けた黒髪と、フレームレスの眼鏡がなんというか、善良さを押し出してしまっているために侮られやすいのも、逆トップの地位を得ることに一役買っていた。

 この二人と、もう一人、アイナ=フォルゲインが1年生の有名人トップ3であった。

 アイナはアイナで、見事な金髪碧眼の、モデルと見間違う美貌と長身。これだけでも有名になる要素には事欠かないが、さらに偉大なる魔動機の祖、ヨハン=フォルゲインの血を引くという欧州の魔法使いでも有数のサラブレッドである。

 翔だけがおかしな目立ち方をしているが、特に周囲は気にしていない。何ならこの三人も気にしていない。

 いや、気にしなくなった。

 春休み前の――ちなみに新年度は9月からはじまる――ある出来事がきっかけで、翔が魔法を使えるようになったからである。

 ちなみに、シェリエを圧倒する冗談のような魔力量であることは、担任兼保護者のカテリナから箝口令が敷かれている。

 それでも退学の危険はなくなり、3人は楽しそうに話しながら校舎を歩く。


「そういえば、そろそろ桜の季節でしょう?」

「そうだね。島では見れないけれど」

「というか、常夏だものね、この島。景色は変わり映えしないわよね」


 他愛もない話を続け、アイナの車を停めてある駐車場に向かう。

 その途中で、何かを見つけ、アイナが顔をしかめた。


「げ」

「どうしたの?」


 翔が尋ねると、アイナは嫌そうに答えた。


「フランクがいる」

「……先に帰るわね」


 その名前を聞いた途端、シェリエは箒にまたがって、さっさと空に浮かんだ。


「う、うらぎりもの……」


 アイナが恨めしそうに言うが、シェリエは無視してさっさと飛んで行ってしまう。

 なお、魔動機なしに箒で空を飛べるのはシェリエだけである。この一点だけでも、彼女がいかに規格外の力を持つかがわかる。

 一応魔法を授業外で使うのは校則違反ではあるのだが、登校時以外はほぼ黙認されている。根本的に使える力を使って何が悪い、と教師ですら思っているからだ。

 翔も飛べるといえば飛べるのだが、まだ魔力の制御が安定しないため、普段は大人しくアイナの世話になって登下校している。

 ともかく、残された翔とアイナは諦めて歩みを再開する。

 そして、そこに彼はいた。

 彼の名はフランク。フランス出身の2年生。翔よりもさらに小柄で、癖のあるくすんだ金髪をマッシュにしていて、音楽活動でもやっていそうな外見をしている。たれ目がちの瞳は薄い茶色。全体的に小動物感が漂っており、人畜無害に見えるのだが、見えるだけである。


「やあ、マドモアゼル。今日も美しいね」


 アイナを見つけると、すぐに声をかけてきた。というか、第一声がこれである。

 アイナは眉間にしわが寄らないように努力して、平坦な声を返した。


「ディルク先輩は相変わらずですね」

「アイナもいつも通り固いね。もっと親しみを込めて、フランク♡って呼んでほしいな」

「お断りします」


 アイナがきっぱりと言い切っても、フランクは気にした様子もない。軽薄そうにへらへらと笑う。


「それは残念。次回までにマシなデートの誘い文句でも考えておくとするよ」

「他の人を当たってください」


 そう、この小動物系フランス人は、アモーレの国の住人なのであった。その国は隣で、それほど仲がいいわけでもないはずなのだが。

 どちらかと言えば内気な翔がその軽薄さに呆然としていると、フランクはようやく翔に気づいたらしく、明るく声をかけてくる。


「やあ! 君とははじめましてかな? 僕はフランク=ダルク。2年生さ。気軽にフランクと呼んでくれたまえ」

「あ……っと。日高翔です。一年生です。初めまして、フランク先輩」

「アイナと同じで固いねえ。まあいいさ、よろしく」


 ニコニコと差し出された右手に応じて、握手を交わす。アモーレの国の住人はコミュ力がとても高いらしい。そうでなければ住人になれないのだろう。


「アイナも隅におけないね! 東洋人のボーイフレンドがいるなんて、やるじゃないか!」


 アイナをからかうような言葉とともに、ウインクする。それもまた、様になっていた。


「じゃあ、デートの邪魔をしてもいけないね。それじゃあ、また」


 アイナと翔が否定するよりも速く、フランクは勝手に納得するとひらひらと手を振って歩き始める。

 何となく翔とアイナが立ち止まったまま、その姿を眼で追っていると、彼は別の女生徒に声をかけ始めた。


「……帰りましょうか」

「……そうだね」


 二人はお互いに疲れた眼をしていた。

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