第14話 魔法使い(卵)たちの生活事情
まだこの旅行というか、合宿は始まったばかりだから、と案内されて出たテラスは、いつの間にか夕日に照らされていた。
常夏の島でも、日が沈むにつれて若干暑さは和らぐ。それでもなお、蒸し暑いのはどこか記憶にある日本の夏に似ていた。
それはこの別荘が海に近いせいかもしれないし、普段意識しないことをなぜか思い出しているだけかもしれない。
「飲み物は何がいい? お茶は冷たいウーロン茶ならあるわよ」
「僕はそれで」
翔が答えると、アイナとシェリエも同じものを頼んだ。大玲に向かって答えたが、もちろん取りに行くのはメイドである。
「ペリエはあるかな?」
「もちろんよ」
フランクの注文にも頷き、大玲は大きなガスBBQグリルに火をつける。
据え置き型のそれはよく手入れされており、新品のような銀色の輝きを放っていた。
蓋をしてまま、温度が上がるのを待つ。
その間に飲み物が行き渡り、大玲が音頭をとった。
「今日は来てくれてありがとう。明日からもいい議論にしましょう」
乾杯、という言葉とともに全員がグラスを掲げ、打ち鳴らした。
カチン、と小気味よい音を立てた後、それぞれがグラスに口をつける。
「多少は遊びもしたいけれどね」
「勉強ばかりなんて言わないわよ。一応バカンス名目なのだし」
早速要望を口にしたフランクだが、それは全員の気持ちを代弁していた。確かに、せっかくの連休でこんなにもいいロケーションなのに、遊ばないのはもったいない。
「さて、そろそろ焼いていこうかしら」
熱したグリルに、大玲が食材を載せていく。手伝うわ、とアイナが横に並んだ。
用意されていたのは、鮭、エビ、貝類の他に烏賊や蛸もあった。ずいぶんと海鮮が多い。マグロの切り身まであって、翔は意外に思った。とはいえ、嫌いというわけではない。
「ずいぶん海の幸が多いですね」
「まあ初日ということもあるわ。せっかく海の近くなのだから、肉ばかり、というのも面白くないでしょう?」
翔の言葉に答えながら、大玲はテキパキと焼いていく。途中でスパイスを振るのを忘れない手慣れた様子は、正直言って意外であった。
「大玲って、料理もできるのね」
同じような感想を抱いたのだろう、シェリエが感心したように手元を覗き込んだ。
「こんなのは料理というほどのものじゃないわよ」
大玲は特に嬉しそうでもなく、当然といった様子だった。シェリエの方にちらり、と視線をやって、小さく微笑む。
「シェリエも多少の家事くらいはできたほうがいいわよ。魔法使いだからって、生活はあるんだから」
「うぐ……わかってるわよ」
口調はお互いに丁寧語をやめても、そこは先輩らしくもっともなことを言う大玲に、シェリエは視線を逸らしつつも頷いた。
「メイドとか、料理人にやらせるんじゃないのね」
隣で海老に串を刺しているアイナが言った。彼女も動きにそつがない。
「普段はやらせているけどね。使用人がいるからって、自分ができなくていいことにはならないでしょう? アイナだってできるでしょうに」
「うちには使用人なんて、掃除係しかいなかったわよ」
それでも掃除係は雇っていたらしい。普段の魔動機オタクからは想像もできない言葉に、翔は内心驚いていた。
「フランク先輩は家事はどうですか?」
会話に参加することなく、優雅に炭酸水を傾けていた自分以外唯一の男子に声をかける。
「この島に来てからできるようになったかな。ずっと外食やクリーニングサービスというわけにもいかないからね」
「ああ、それはそうですね」
翔は頷くが、先ほど大玲に指摘された、ずっと外食やクリーニングサービスに頼っている少女は、聞こえないふりをしていた。
「翔はどうだい? カテリナ教諭と同居だから、やってもらっているのかい?」
フランクの言葉に、翔は首を横に振った。カテリナは非常に多忙のため、家事は交代でやっている。
「僕もやっていますよ。もともと日本でも両親の手伝いくらいはしてましたから」
「へえ、そうなんだね。差し支えなければ、どういうご家庭だったか、聞いてもいいかな?」
もういない翔の家族のことを、気遣いながらも尋ねるフランクに、嫌な気分はしなかった。
「ごく普通の、会社員の家庭ですよ。父はパイロットで、母は僕が産まれるまでは、銀行に勤めていた、って言ってましたね」
「へえ、そうなの」
男二人の会話に、大玲が相槌を打つ。その手には焼きあがった料理が盛り付けられた大皿があった。
「さあ、食べながら話すとしましょう」
海からの潮風と、それに負けない磯の香りがかぐわしく、小さく歓声があがる。
それぞれが席に着き、改めて乾杯をして、思い思いに料理をさらに取っていく。
「うん、鮭はいい感じね」
「僕はマグロが好きだなあ」
「日本人はホント、マグロ好きよね。この蛸もいい味に焼けているわよ」
「わたし蛸苦手。烏賊ならイカリングとかで馴染みあるけれど」
「アメリカ人は不思議だね。どちらも似たようなものなのに。僕はこの貝をいただくよ」
ワイワイと、料理に舌鼓を打っていると、次第に料理の感想からお互いのことに話題は移っていく。
「大玲って、お金持ちなの?」
「まあ、それなりにね。どっちかというと、成金になるわね」
「アイナの家はもはや富豪よね」
「ご先祖さまには感謝しているわよ。お金の心配せずに魔動機をいじれるし」
「ダルク家は没落に向かっていっているからね。羨ましいよ」
全員が笑顔で、お互いの質問に答え、距離が縮まっていくことを実感する。
「翔君の家は? ご先祖に魔法使いがいたりしたの?」
「いや、聞いたことがないんですよね」
「そもそも日本人って、ほとんど聞かないわよね」
「そうなの?」
シェリエの発言に、翔が幼馴染に尋ねた。
「うーん。そうね。わたしも知らないわね」
「僕の従兄弟の代には一人いたらしいよ。5年前かな」
「わたしの情報だと、再来年に一人入ってくる、とは聞いたわね」
翔はアイナの言葉よりも、先輩二人の情報網の広さに驚いた。
「わたしの母国もそうだけれど、どうしてもアジアは魔法使い、という概念が希薄なのよね。仙人とか、道士とか。別の概念で伝わっていることが多いし」
特に気にした様子もない大玲の言葉に、フランクも頷いた。
「そうだね。アフリカだと不可思議な力は呪術師、とされやすいし。そういった力が魔法と同じかどうかはまだわかっていないね」
「なるほど、だからスカウトしづらいんですね」
大玲に応じたフランクの発言が意味することはわかりやすく、翔は納得して頷いた。
「そういう意味では、翔君は日本政府からアプローチが来ても不思議じゃないんだけれど……来ていない?」
訝しむ大玲に、翔は首をひねった。
「いや、ないですね」
「そうなの? そのうち来るかもしれないわよ」
確かに、大いにありうる話だった。翔は、大玲の言葉に素直に頷いた。
「まあ、気には留めておいた方がいいかもね」
大玲はそういうと、追加を焼く、と言って席を立つ。
「ほら、シェリエ、教えてあげるから手伝いなさい」
「はーい」
指名されたシェリエも素直にうなずいて、立ち上がった。
時間は和やかに過ぎていく。いつの間にか太陽は海の向こうに沈み、降りてきた夜の帳に抵抗するように、デッキに備え付けられたLEDが点灯している。
大人の眼がない、少年少女たちの一日はまだまだ、終わりそうになかった。
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