第13話 『杖』とは何か

 絶妙に緊張感のある空気を壊したのは、メイドに案内され、いつも通り軽快な挨拶を交わしてきたフランクであった。

 一人蚊帳の外であったシェリエは、初めてフランクに感謝した。

 そのフランクは、暑い中でも淡いブルーの薄手のジャケットとパンツというスタイルだった。さすがに洒落ている。そして通常運転の軽薄さが見事に表れた服装でもあった。


「それで、これは何だい?」


 特に何も考えていないかのような疑問に、シェリエは心底ホッとしていた。記念に軽薄な男子もたまには役に立つ、と脳内のメモに記載することにした。


「Ⅲ型汎用魔動機とは、ずいぶん古いね」


 しかし、秒で裏切られた。フランクはあっさりと3人の会話に追いついてしまった。


「宝貝といっても、実際貝の形をしていたわけではないと聞いていたけれど?」


 その言葉に、大玲もへえ、と感心のつぶやきを漏らす。


「よく知っているわね。そうよ。伝説に出てくる宝貝は、どれも特化型で、形も目的に応じて色々なのよ。だからこれは、洒落というか、きつい皮肉よ」

「なるほどね。東洋の魔法使いも、苦労しているんだね」


 苦笑して頷くフランクに、シェリエは脳内メモを追加した。

 やはり軽薄な男子は信用できない、と。

 一瞬で評価を上げ、そして底辺に戻すという脳内作業をこなすシェリエを見て、翔は苦笑する。


「シェリエの家では魔動機の研究はしているの?」


 その言葉に、全員が会話を止めて注目する。

 現代社会における魔法使いの中で、間違いなくトップクラスに位置づけられるミュート家。それがどのように魔動機を研究しているかは、誰にとっても興味のあることだからだ。

 とはいえ、翔とアイナはその答えをすでに知っている。単に翔がシェリエを会話に加わらせようという気遣いでしかない。

 そのことに気づいた様子もなく、シェリエはあっさりと答える。


「うちでは、魔動機の研究はそれほどやっていないかな。それよりも魔法の運用に力を注ぐべき、って考えだから」

「まあ魔力が充分高ければ、今ある汎用魔動機で色々な魔法の実現を目指した方が速いかもしれないわね」


 その言葉に、大玲が理解を示す。

 一方でフランクは羨ましいという感情を隠しもしない。


「妥当かもしれないけれど、贅沢なアプローチだね。僕は魔力が低い方だから、必然的に魔力を上げるための方策探しが重要になる。羨ましいよ」


 苦く笑った表情には、いつもの軽薄さは含まれていなかった。

 翔はいち早くそのことに気づき、わずかに訝し気な視線を向ける。


「まあ、とはいっても我が家にはいろんな呪文が伝わっているからね。その研究をしているから、うちも魔動機の研究は正直おろそかかな」


 その視線に気づいてか、気づかずか。フランクは一瞬でその仮面をつけなおした。

 しかし、翔は軽く言われたその発言に重要な要素が含まれていることに気づいた。

 周囲では、アイナと大玲も同時に気づいたらしい。

 すなわち、ダルク家には魔力を増幅、あるいは集積させるための呪文があるということである。

 それは、魔動機で言えば増幅器、あるいは炉にあたる。どちらも魔動機が魔動機たる所以の、コア技術に他ならない。

 もし本当に呪文でその技術を代替できるとすれば、魔法使いたちは何としてでもその秘密を知ろうとするだろう。

 しかし、簡単に口にしたということは、それほど効果はないのかもしれない。

 翔と同じ結論に達したのか、アイナがさも気にしていないかのように、会話を続ける。


「それにしては、ずいぶん魔動機のことを勉強しているみたいだけれど?」


 先ほどの宝貝に関する知見に感心していたアイナが問いかけると、フランクは特に気にした様子もなく頷いた。


「まあ、うちも手詰まりだからね。一人くらい別のアプローチを優先してもいいだろう、ってね。おかげさまで僕は異端児とも言われる始末さ」

「異端児なのは列聖された先祖がいるのに、アモーレを全面に押し出すあなたのせいでしょ」

「そういう説もあるかもしれないね!」


 冷静にツッコむアイナに、フランクは気を悪くした様子もなく軽く流した。


「あれ? アイナはフランク先輩と知り合いだっけ?」

「ええ。フランクの父親は国際魔法機関に勤めていて、うちとも付き合いがあるのよ」

「そうだね。その縁でアイナ嬢には魔動機も作ってもらったね」

「テーマを教えてもらっていたら、もう少し別の提案ができたと思うわよ」


 苦笑するアイナに、しかしフランクは首を振る。


「いや、あれでいいさ。完璧に、オーダー通りだったよ」


 ありがとう、と微笑むフランクに、アイナはふーん、とだけ応じた。

 その明らかに信じていない様子を気にすることもなく、フランクは再び貝型の魔動機に視線を向ける。


「それで、大玲嬢。これを僕たちに見せて、どうしたいんだい?」

「そうね。フランクが来る前に翔君が言ってくれたのだけれど」


 主催者、王大玲は、一人一人としっかりと視線を合わせるようにして、全員を見渡す。

 そして、言った。


「現代に発展してきた魔動機と、かつての宝貝に代表される魔道具。一体何が違うというのかしらね」


 その言葉に、即答できる人間はいない。

 二つが違うことは、常識として知っている。

 しかし何が違うのか? その根本的な問いに回答できるほど、理解できている者はいない。

 



 その問いはつまり――『杖』とは何か? と言っているのだから。

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