第12話 東洋の魔女

 そこにあったのは、なるほど、一目で別荘と言えるものであった。

 白一色で塗られた木造の2階建て。狭い島に不釣り合いなほど、大きい。家の裏手には通常の家では無意味と思えるくらいのデッキがあるようだ。


「おお、これは、なかなか……」


 家の広さに情熱を傾けるアメリカ人であるシェリエですら感心して、その別荘を見つめる。

 もっとも彼女の家族はニューヨークのマンションで暮らしているので、実家は別に広くないのだが。


「趣味のいい家ね」


 トランクから一際大きな荷物を取り出したアイナは、あっさりとそう評した。彼女の実家はドイツの黒い森の近くであるため、ともかく土地はある。よって家はとても大きい。ただし、住んでいる家族も把握していないくらい、先祖代々のガラクタもとても多い。

 そして翔は、率直に度肝を抜かれていた。10歳までの記憶にある家は、日本では普通の3LDKのファミリーマンションであった。アメリカなら一人暮らしサイズの家である。この島でカテリナと暮らしている家も、普通の一軒家だ。

 しかし、この大玲の別荘はその一軒家よりも大きい。そもそも留学生が島に別荘を持っているとはいかなることか。貧富の差が露骨に表れた現実に、翔はちょっと切なくなった。いや、別に生活に困窮しているわけではないのだが。

 三人がそれぞれの感想を抱いていると、音もなく正面のドアが開き、姿勢のいいメイド姿の女性が姿を現した。

 一瞬大玲がサプライズでも仕掛けてきたのかと思ったが、そうではない。要は、ごく普通にメイドであった。


「うわ、メイドなんて生で初めて見たわ。生メイドとかすご」


 シェリエの言葉にはまったく同意だが、生メイドはどことなく卑猥な気がして、翔はリアクションをとらなかった。

 そんな翔をよそにメイドはいらっしゃいませ、と一礼し三人を案内する。なお、さすがに荷物は自分で持っている。

 案内された先は、ビーチが一望できる、冷房のよく効いたリビングであった。予想通り、砂浜までは大きなデッキを経由してそのまま出ることが可能になっている。

 立って待っていたらしい大玲は、非常になんというか、眼のやり場に困る格好だった。

 まるでアジアのダンスユニットが来ているような、丈が短く、へそが見える白のトップスに、ほとんどホットパンツに近い短さのジーンズ。足元はターコイズをふんだんにあしらったミュール。非常に肌色面積が大きい。

 サッ、と眼を逸らす翔に対して、大玲はむしろ見せつけるように近づく。


「よく来てくれたわね。翔、アイナ、シェリエ」

「お招きありがとう、大玲」


 アイナが翔との間を塞ぐように一歩前に出て返事をする。敬語を放り投げているが、大玲は気にした様子もない。


「これ、つまらないものだけど」


 シェリエも丁寧語はやめたらしい。引きつり笑顔で手土産を渡す。


「ありがとう」


 しかし、大玲は気にした様子もなく、笑って受け取るとそれをメイドに渡した。メイドが恭しく受け取り、キッチンに運んで中を確認、冷凍庫へ入れる。


「フランクももうすぐ来ると思うから、先にお茶でもしましょうか」


 そう言って大玲はメイドに準備を命じて、自らはソファへと腰かける。

 それに倣って、翔達も座る。ソファはそれぞれ一人がけで、紺色のファブリックソファが6つ。豪奢な革張りの、大きなソファを並べても不思議ではないのに、柔らかい印象を与える楕円形のローテーブルと、毛足の長いラグと合わせているところに、女性的な気遣いが感じられた。

 そして、それはこの別荘が少なくとも男親の意向で設えられたものではないことの証明でもある。

 それをきちんと理解しているのはアイナだけだが、翔もシェリエも、眼前の女学生が家の主であることを再認識する。


「さて、それじゃあ改めて。ようこそわたしの別荘へ」


 配されたティーカップを軽く掲げ、女主人が歓迎の言葉を述べる。来客たちはそれに合わせてカップを掲げた。


「お招きありがとうございます」

「感謝するわ」

「ありがとう」


 三人の返事に満足そうに頷いてから、大玲はメイドに何事かを伝える。

 程なくしてテーブルに置かれたのは、巻き貝のような形をした両腕で抱えるくらいの大きさの魔動機だった。


「みんなの口調も素に近づいてきたみたいだし、フランクが来ていないけれど、本題に入ろうと思って」


 急な魔動機の登場に驚く三人に、大玲は悪びれずに言う。

 翔とシェリエは苦笑で応じた。その苦笑には、もちろんアイナの瞳がぎらり、と輝いたことも含んでいる。


「珍しい形ね」

「古いのよ。100年くらい前のものね」

「魔動機の黎明期、ってことね」


 まさしく、科学の力を魔法に活かそうと誰もがもがいていた時代。アイナの先祖ヨハン=フォルゲインの時代の魔動機に、アイナは好奇心を隠せない。


「ヨハン=フォルゲインのⅢ型汎用魔動機の影響を受けているわ」


 大玲も笑みを引っ込めて、服装と場に似合わない軍手をする。そしてそのまま、ドライバーを使って外枠を外していく。

 露わになった内部構造を見て、アイナは大玲に同意した。


「なるほど。Ⅲ型の特徴である、小型炉の3基直列なのね」

「そう。この時代はまだ実用に耐える圧縮炉はできていない。でも、ここを見て」


 大玲が指さしたのは、巻貝型の先端と終端。広い側が出力側かと思えば、幅の狭い方が出力側になっている。


「出口を細くすることで、出力を上げているの?」

「さすがに、魔動機の麒麟児ね。その通りよ」


 アイナの推測を大玲が肯定する。その言葉には、満足の意が込められている。


「今だと回路を絞っているけど、外形にそれをやらせているわけね」

「素材も、耐えられるように変えているわよ」

「ああ、なるほどね」


 アイナは頷きながらも、大玲の言葉に内心舌を巻く思いだった。

 ――この東洋から来た女子生徒は、自分と同じレベルで、魔動機を語っている。

 一年先輩ということなど、誤差でしかない。アイナはこと魔動機において、自分についてこれる生徒が存在するなど考えてもいなかったし、これまでは事実そうであった。

 ついてこれる力のある生徒がいれば、それは確実に評判になっている。しかし、王大玲という生徒を、これまでアイナは知らなかった。

 つまりは――彼女はこれまで隠していた実力の一端を今開示してきているのだ。

 ぞくり、と震えを感じるのはいつ以来だろうか。

 アイナと大玲の視線が合う。その中心で、ばちり、と電気が走った気さえして、アイナは知らずに笑みを浮かべた。

 それは翔に向けるような優しいものではない。

 それは、好敵手に向けるような、もっとずっと獰猛な笑みだった。


「なんていうか、思っていたのとは違う方向で、楽しい連休になりそう」

「そう言ってもらえると、招いた甲斐があるわ」


 いつの間にか、同じような笑みを浮かべて、大玲が応じる。

 隣で翔がわずかに困った顔をしたのがわかったが、どうにも止められそうになかった。


「つまり、大玲は、素材からのアプローチをしているのね?」

「そういうことよ」


 アイナの確認に大玲は頷き、続ける。


「欧州のヨハン=フォルゲインを中心に、機械のように内部機関、あるいは回路を試行錯誤していた頃、中国では古の宝貝パオペエをヒントにして、形と素材で魔動機の発展を図っていた。わたしの一族も、その研究に関わっていた」


 誇らしげでいて、自嘲的でもある、不思議な声音だった。


「でも、それはあまり成果を生んでいない。なぜだかわかるかしら?」


 その質問は、アイナに向けてはいたが、同時に翔とシェリエにも向けられていた。

 だから、考える二人に先んじて、翔が答える。


「素材にこだわるのは、昔の魔法使いたちが研究していた魔道具と変わらないから、ですよね」


 その回答の速さを意外にも思っていないのか、当然のように大玲は頷いた。


「その通りよ。日高翔君」


 むしろ、満足そうに。


「アイナよりも、座学が上ということはそういうことよね。よく学び、その学びを現実につなげているわね」


 まるで教師のようにそう評す。

 翔と同じ、東洋から来た先輩は、アイナのみならず、日高翔にも笑みを向けていた。

 妖艶な、いつものそれではない。

 獰猛で、動物的で、ともすれば餓えた獣のような――それでいて、遥かに魅力的な笑みを浮かべる彼女は、まさしく、東洋の魔女であった。

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