第11話 フランク=ダルク

 フランク=ダルクは島の、いや魔法使い社会の異端児である。

 なぜなら、高名な魔法使いの家系である出自を、隠してもいない。

 なぜなら、その家系の起源自体が波乱と謎に満ちており、魔法使いとしては異端の経歴である。

 なぜなら、彼の設定しているテーマは、魔法の根源に関することであり、そんなテーマは、誰もあえてスクールの時代に触れようとしない。

 そしてなぜなら、フランク=ダルクはそれほど高名な家系であるというのに、魔力が低い。

 つまり、彼は極めて有名人ではあるが、別に優等生ではない。ナンパを繰り返す素行にも問題があるが、率直に成績が低い。

 座学の成績は高く、実技の成績は低い。かつての翔とかなり近い状態である。

 それでも翔とは違い、フランクには技術がある。そのために実技も制御系ではトップクラスである。

 しかし、マジックスクールは現実に役立つ魔法使いを養成するための期間である。従って、単純な出力も成績に直結する。

 つまりは、どれだけボールコントロールが上手かろうと、ゴールを決められない選手よりも、圧倒的なフィジカルでゴールを奪取するサッカー選手が必要とされるように。

 だから、技術と知識だけではトップに立てない。

 ダルク、という家にとってはマジックスクールのトップという肩書はそれほど意味を持たないためにフランクは特に気にしていない。

 気にすべきは、その後のこと。スクールを卒業して、魔法使いとして世の中に出る。その時に、かつての栄華と比べて憐れまれることは避けなくてはいけない。

 憐れまれるということはつまり、見下されているということだから。少なくともフランクはそう捉えているし、ダルク家もそう捉えている。


「大玲のお膳立て、とはいえ乗らない手はないよなあ」


 その呟きを拾ったのか、つなぎっぱなしにしている本国との回線の先で、誰かが何かを言った。

 それに対して、表情を変化させることもなく、フランクは頷きを返す。


「わかっていますよ。祖国のため、家のため、少しでも目標に近づけるよう日々精進します」


 大仰ではあるが、つまり努力します、としか言っていない言葉に不満の声があがる。

 フランクはわずかの動揺を見せず、笑顔で応じる。


「もちろん、結果を持って帰ります。ご心配には及びません」


 丁寧な一例に溜飲が下がったのか、そこで画面は静かになり、やがて暗転する。

 常時接続、監視されているリビングから、フランクは寝室に移動する。


(老人たちが努力しかしてこなかった結果が、今だろうに)


 その言葉は、フランクの胸中にだけ響き、外に出ることはない。


「第一の目的は、翔君との親睦かな。大丈夫、時間はまだあるんだ」


 今大切なことは、学生時代を使って、繋がりを強固なものにすること。そのために変な博打を打つ必要はない。

 連綿と続く名家だからこその時間軸で、フランクは先へと進む。

 魔力が低くとも。達成の手段が見えずとも。達成できるかもわからない目標へ。

 ゆっくり、しかし一歩ずつ。

 フランク=ダルクは歩き続ける。



 

 それぞれがどんな思惑を抱えていようと、時間は経つし、日も過ぎる。

 そもそも、何か進展があれば魔法使いの歴史書に乗るようなレベルの話である。

 誰が何をしたところですぐに進展があるはずもなく、傍目にはまったく何の変化もなく、翔達は当日を迎えるのであった。


「ほら、行くわよ」


 そう言って翔の家まで迎えに来たアイナは、黒いノースリーブのカットソーに、ベージュのクロップドパンツを合わせ、その上から白いカーディガンを羽織っている。下手をすればツナギのままどこにでも行きかねない残念系金髪美人なだけに、ちゃんとお洒落をするとちょっと洒落にならないレベルの美人である。

 その事実を久しぶりに思い出し、翔は思わず自分の服装を省みた。

 テーパードの白ジーンズに、紺色のポロシャツ。フレームレスの眼鏡はいつもと同じとしても、何というか、普通の格好であった。通常運転にもほどがある。

 その様子を見て、アイナはクスリと微笑む。


「翔はそれでいいわよ。似合っているし」

「ありがとう。アイナも似合っているよ」


 幼馴染の少女の気遣いに感謝して、翔は率直な賞賛を返事にした。

 アイナは虚を突かれたように一瞬動きを止め、そしてその微笑みを深くした。


「ありがとう。いつもその気遣いを発揮してくれていいのよ?」

「いつもはツナギじゃないか」


 互いに気恥ずかしさからか、交わす言葉はいつも以上に軽い。


「ねえ翔、わたしはどう?」


 シェリエがくるり、と回ってみせる。今日の彼女は空色のワンピースに、編み込みのミュールを履いている。トレードマークでもある黒づくめのローブも、とんがり帽子も身に着けていないのは非常に珍しい。

 シェリエも自分が珍しい格好をしている自覚があるため、これまで翔に声をかけそびれていた。


「なんか……黒くないね」


 だが、だからといってその言い草はどうなのか。

 翔の言葉に若干苛立つものの、ここで怒っては楽しいバカンスが台無しである。

 シェリエは懸命に笑顔の維持に努めた。

 しかし、翔はその表情を見て自らの失言に気づいた。


「ごめんごめん。本当に驚いたから。ずいぶん可愛くて見違えたよ」

「……」


 こいつ、いつの間にかアモーレの国の住人になっているのではあるまいか、と言わんばかりの視線をアイナが注ぐが、翔は気づいていない。天然モノは非常にタチが悪い。

 言われた方のシェリエはわかりやすく頬を染めている。


「何かしら……急にラブコメ時空でも発生したのかしら」


 アイナのじっとりとした呟きに、シェリエと翔が同時に現実に返ってくる。


「はははは、発生してないわよ!」

「いや、そんなつもりじゃなかったんだけれど」


 あからさまに動揺するシェリエとは対照的に困ったように頭を掻いてみせる翔。

 どうやら時空は発生していたようである。次に備えて観測機でも作ろうかと一瞬思ったアイナだが、すぐに気を取り直して車の鍵を開ける。


「さあ、乗って。大玲先輩の家に行く前に、差し入れも買っていきましょう」

「そうだね」

「そうね」


 スクール卒業後はすぐに社会に出ることになるため、このあたりの感覚は三人ともしっかりしている。

 大学進学という選択肢もあるが、一般の学問では魔法使いとしてのアドバンテージを活かせないため、ほとんど意味がない。魔法使いに大学卒が少ないのは、そのあたりが理由であった。


「何がいいかしらね」

「基本的には消えものよねー」

「いや、そんなサラリーマンみたいな言い方……」


 車がスムーズに動き出し、社内で三人は取り留めのない会話を始める。

 さして珍しくもない、3人の休日。

 何だかんだ言いつつも、それぞれが大玲の別荘で得られるだろう刺激を楽しみにしている。

 問題はそれがいい刺激かどうかなのだが、テンションを上げていく3人が気づくはずもない。


「デザートあたりが無難かな」

「いいわね! アイスケーキ食べたい!」

「溶けないかしら……。ドライアイスをもらえばいけるかも」


 無難のど真ん中をいく翔の提案に、シェリエとアイナは特に代案も出さずに全力で乗っかっていく。

 繁華街で会話通りの手土産を購入して、車は問題なく大玲に指定された住所に到着した。

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