第15話 翔と魔動機
デザートのアイスクリームまで全員がしっかりと食べ、交代で風呂に入ると、時刻は午後10時を回っていた。初日ということもあり、全員まだ元気なのだが、流石に寝室に移動しよう、となり、男女で別れる。
「じゃあ、おやすみ」
翔がそう声をかけると、女性陣から同じ言葉が返ってきた。
彼女たちが部屋のドアを開けるのを見て、自らも与えられた部屋へと入る。
寝室は別荘の2階部分にあり、中はそれなりに広い。セミダブルのベッドが二つと、勉強用の机が二つ。それに小さな丸テーブルとチェアがあった。
「ふう、後は寝るだけだし、ゆっくりできるね」
寝間着代わりのジャージに着替えたフランクが声をかける。似たような恰好をした翔も頷いた。
「女の子同士が集まるとすごくよく喋りますよね」
「そうだね。種族的な特性かな?」
「種族……」
ある意味あっているような、何かが間違っているようなフランクのコメントにどう返していいかわからず、翔は曖昧な笑みを浮かべた。
「とはいえ、君も馴染んでいたじゃないか」
「フランク先輩ほどじゃありませんよ」
翔の言葉は謙遜ではない。
確かに翔も、アイナやシェリエに引きずられるようにそれなりに距離を縮めながら会話に参加していたが、フランクほどではない。彼はどんな話題にもそれなりについていっていた。
それでありながら、女性陣から会話の流れを奪わないように配慮もしており、そのスキルの高さに翔は驚くばかりであった。
「さて、と」
しかしそんな翔の内心には構わず、フランクは鞄から小さめの魔動機を取り出すと、テーブルに置いた。
「光よ」
そのまま、発動させる。小さな魔動機に合わせるように、小さな光がその上に浮かんだ。
何ということもない魔動機だが、そのコンパクトさに興味を惹かれて、翔はフランクの体面に座り、魔動機を覗き込む。
「灯りの魔動機、ですか?」
「そうだよ。アイナ嬢に以前作ってもらったものさ」
「ああ、どうりで……」
魔動機店では見たことのない理由に納得して、翔は頷いた。
「そうだ、翔は魔動機なしで魔法が使えるのだったね」
「え、はい。種類は多くないですが、灯りの魔法くらいなら」
「少し見せてもらえないかな?」
嫌でなければ、と続けるフランクに頷いて、翔は体内の魔力に意識を向ける。
その魔力を、手のひらに集中して、発動する。
「光よ」
生じたのは先ほど魔動機から出たものよりも、大きく、明るい。
翔は問題なく発動できたことに内心安堵していたが、フランクはそんなことに気づくはずもなく、感心したように軽く拍手する。
「すごいね。発動もスムーズで、見事なものだね」
フランクの手放しの賞賛に、翔はわずかに照れて思わず視線を逸らした。
そこに、フランクが追加で声をかけてくる。
「この魔動機、使ってみてくれないか?」
「え? あ、はい」
言われて素直に魔動機に手をかざす。
手のひらに集まった魔力が、魔動機に注がれる。
魔動機が魔力を取り込み、中にある増幅器がその魔力を膨らませる。
わずかにきしむような音を立てて、光が放たれる。
「うわっ!」
翔が驚きを声に出し、フランクもその眩しさから腕で眼を隠した。
翔が魔力を注ぐのをやめたために、閃光とも言うべき強い光は一瞬で消え、後にはそれでも大きな光球が十分すぎる明るさを湛えて浮かんでいた。
「なるほど」
フランクが一人納得して、頷く。
翔が疑問の声を上げたが、フランクは答える気がないようだった。
「翔は少し、魔動機の扱いにも慣れたほうがいいかもしれないね。魔力があるせいか、繊細さに欠ける」
代わりに、最もな苦言を受け、翔は頷くことしかできなかった。
そして、先輩らしく――そしていつものノリとは違う――フランクは細かく魔力を動かす注意点を翔に教えていった。
そうして、夜は更けていくのであった。
翌朝、女性陣は夜更かしをしていたのか、起きてきたのは9時過ぎだった。もちろん翔とフランクはとっくに起きて、庭で簡単なストレッチをした後、メイドが入れてくれたアイスコーヒーを堪能していた。
水出しコーヒーというらしいが、正直翔には普段のものとの違いがさほど判らない。ただ、味にうるさそうなフランクが絶賛していたので、かなり上質なものだろう、ということは理解できた。
「おはよう」
「早いわね」
「おはよう。そっちが遅いんだよ」
まだ眠そうなアイナとシェリエに向かって、翔がやや呆れたように返す。
大玲は挨拶をそこそこに、メイドに朝食をオーダーしていた。
新たにテーブルに着いた3人にも、同じようにアイスコーヒーが配膳される。
寝起き特有の気怠い空気もあり、翔とフランクも特に会話を振ることなく、静かにコーヒーを味わう。
少しして、朝食が運ばれてきた。
マフィンの上にオランデーソースとポーチドエッグを載せた、いわゆるエッグベネディクトに、サラダとフレッシュな野菜ジュース。昨日の夕食がBBQだったことを考えると、これでも重いくらいだが、そこは全員健康な高校生である。誰もが遠慮なく食べた。
なお、シェリエはエッグベネディクトを3回お代わりした。
「そんなに食べてよく太らないわね」
「わたし魔力をたくさん使うせいか、すぐお腹が減っちゃうのよね」
呆れたような、羨ましいような大玲に、シェリエは何ということもなく答える。
「魔力を使うと空腹になるなら、翔君はどうなんだい?」
「僕は普段それほど大量に魔力を使ってないですから」
「シェリエは通学にも空飛んだりしているから、燃費が悪いのよ」
フランクの質問に、翔とアイナが応じた。その内容に、フランクは呆れたように首を振る。
「通学に魔動機なしの飛行魔法か。まるでお伽話や映画の魔法使いだね」
「わたしはわたしの能力を必要に応じて使っているだけよ。魔法制御の訓練にもなるし、非難される謂れはないわ」
シェリエが堂々とのたまうが、飛行魔法での通学は原則禁止である。
それでも、魔動機なしに、箒にまたがり空を飛ぶ。その姿は、島の誰もが嫉妬とともに憧れる、本物の魔法使いである。
いくら翔が膨大な魔力を持っているとしても、その制御、使える魔法の種類はまだ貧弱である。そのため、大玲やフランクといった一部の者の興味を引いたとしても、それだけである。
まだ、評価は固まっていない原石。それが日高翔の現状である。
対して、シェリエ=ミュートは原石などではない。
彼女は、島はおろか、現代の魔法使いたちの中で、燦然と輝く宝石である。
その彼女の堂々とした様子に触発されたのか、大玲が立ち上がる。
「さて、朝ご飯も食べたし、ちょっと身体を動かしましょうか」
反対する者はなく、全員が頷いた。
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