第16話 対決! ビーチフラッグ!

 そして、やってきたのはプライベートビーチである。

 白い砂浜が広がり、遠浅の海岸になっている。そこにいつの間にか、パラソルと人数分のチェアも用意されていた。

 だからであろうか、全員水着であった。


「さて、身体を動かしましょう」

「待ちなさいよ」


 赤いビキニに身を包んだ大玲がサラリと言うのを、シェリエが突っ込んだ。

 シェリエは黒いフリルをあしらったワンピースタイプの水着に身を包んでいるが、大玲と並ぶと、大人と子どものような様子であった。

 そもそも大玲はスタイルがよいだけでなく、身長も高い。一般的な中国人の平均を大きく超えている、見栄えのする容姿を、派手な色の水着が引き立てていた。

 一方のシェリエも、容姿では負けていない。普段は怪しげな魔法使いそのものとはいえ、欧米人らしい小さな顔に大きな瞳も、艶やかなウェーブのかかった黒髪も、魅力にあふれている。

 ただまあ、身体の起伏には若干乏しい。それでも女性らしさを強調する水着も、本人に良く似合っている。


「あのフリだと、魔法の実践でもやりそうだったのに、なんでビーチフラッグなのよ」


 そう言って唇を尖らせる様子も可愛い、と世の男子は評するだろう。問題は本人が自分の体形にコンプレックスを感じているという点だけである。


「まあ、たまにはいいじゃない」


 シェリエをなだめるアイナも、この点ではシェリエの敵であった。大玲ほどのボリュームはないが、すらりとした肢体を損なうこともなく、均整の取れたプロポーションをしている。

 緑色のビキニではあるが、大きな白いハットとパレオをまとっている。ファッションモデルとして見れば、大玲よりもアイナに軍配が上がるだろう、見事な着こなしだった。


「さあ、始めるよ」


 どこから持ってきたのか、ホイッスルを首から下げているのはフランクである。トランクスタイプの水着は、大きな花が描かれており、いかにもリゾート用、といったものだった。小柄な体と幼い見た目に反してよく鍛えられているのが一目でわかる身体つきをしている。

 眼のやり場に困っている翔とは違い、フランクは女性の水着に慣れているのか、特に視線を泳がせることもなく、平常運転であった。

 フランクの言葉に従って、アイナと大玲が砂浜に寝そべる。シェリエもぶつくさといっていたものの、結局同じような体勢をとった。

 ピッ! と音が響くと、3人は一斉に立ち上がりながら旗の方へと身体を向ける。この時、一番速かったのは大玲だった。

 一気に駆け出す彼女を、シェリエがわずかに遅れて追う。アイナも追うが、そもそもの走る速度が二人とは違った。

 ハプニングも起きず、そのまま順当に大玲が勝利する。


「ぐぬぬ」


 ネットで使われていそうな声を上げ、シェリエが悔しそうに大玲の持った旗を見る。

 アイナは自分の身体能力を正確に把握しているのか、特に悔しそうな様子もない。


「なんとか上級生の面目を保ったわね」


 自画自賛する大玲は、言葉こそ謙虚だったが、煽るように視線をシェリエに送ることを忘れない。

 視線の意味を正確に理解して、シェリエはさらに歯噛みする。


「翔! 仇をとってよー!」


 そのままその怒りは翔への声援に変わった。言われた翔の方はというと、苦笑するしかない。翔の身体も均整の取れた体形と言っていい。普段の見た目からは想像しにくい、うっすらと割れた腹筋が水着姿のために露わになっている。

 真面目系とショタ系が水着という、特殊な需要のありそうなシチュエーションだが、生憎そういった業の深い趣味を持つ女性はおらず、特に波風も立たない。

 ただ、翔が眼鏡を外した際に、大玲がボソッと呟いた。


「あら。翔君って、眼鏡をとるとずいぶんハンサムね」


 シェリエとアイナがピクリ、と反応したが声は上げない。

 声を上げるとからかわれるに決まっているし、そもそも――


(とっくに知ってたわよ)


 という感想を持っていたからである。

 その心中を慮ることもなく、あるいは感想以上の感情もなかったのか、大玲はさっさと進行をするために手を上げた。


「位置について!」


 翔とフランクが旗と逆方向に頭を置いて、うつぶせになる。

 それを確認して、すぐさまホイッスルが響いた。

 二人の反応は同時。しかし、その後の単純な脚力はフランクが上だった。

 砂地をものともせずに、加速する。翔もくらいつくが、その差は一度も縮まることなく、フランクが先に旗をとった。


「僕の勝ちだね!」


 さわやかに微笑むショタ系先輩に対して、翔は悔しさを表に出すこともなく、同じように微笑んだ。


「フランク先輩、速いですね」

「一応鍛えているからね。僕は魔力が少ない分、制御とか身体能力とか、魔力以外の部分で補強していかないと」


 何でもないことのように言うが、それには相当の努力を必要とするはずだ。

 翔は眼前の先輩であり、友人でもある人物が持つ深さの一端を見た気がした。


「先輩の面目は保ったわね」

「お互いね」


 大玲とフランクが言葉を交わしていると、そこにシェリエが疑問の声を上げた。


「二人だったら、どっちが速いの?」

「……」

「……試してみましょうか」


 フランクと大玲は互いに視線で自分が速い、と主張した。しかしお互いが譲らないのが一瞬で分かったのか、大玲が即座に勝負を提案する。

 当然といった様子で、フランクも頷く。


「そうだね、いいよ」


 そして、いくつかの確認をして、二人が位置に着く。

 旗までの距離は、先ほどまでの倍ぐらいはある。この距離の延長が、確認事項の一つだった。

 もう一つは、男女間のハンデはつけないということ。

 二人が並び、うつぶせになる。

 アイナが鳴らしたホイッスルの音に反応する。やはりフランクが一瞬速い。

 小柄な身体ながら鍛え抜かれた脚力で、砂地をものともせずに駆ける。

 翔との一戦のような展開になるかと思われたが、大玲が加速する。倍になった距離も味方して、フランクとの差を徐々に縮めていく。


「はっ!」

「ふっ!」


 二人の掛け声が重なり、身体を旗に向かって投げだす。手は大玲の方が長いが、身体を投げ出したタイミングがフランクの方が速い。

 僅差でフランクが旗を掴んでいた。本人も相当嬉しかったのか、軽く拳を握っている。


「やられたわ。見事なものね」

「一応健全な男子としての面目を保てたよ」


 悔しそうにしながらも、素直にフランクをたたえる大玲に、フランクも笑顔で応じる。

 上級生二人のハイレベルな動きに、1年生3人組はちょっと反省していた。


「うーん。ちょっと身体も鍛えたほうがいいかしら」

「そうね。眼の前で見本を見せられるとね……」

「まったくだね。昔の魔法使いも身体を鍛えていたのかな?」


 最後の翔の疑問に、上級生がそれぞれ口を開く。


「人によるだろうね。僕のご先祖は、そもそも従軍して頭角を表わした人だからね。当然身体は鍛えていたと思われる」

「中国では魔法使いは道士や仙人のことという説が大勢を占めるわ。その身体能力は詳しくわかっていないけれど、個人差が大きかったのは間違いがないわね」


 フランクの明快な答えに対して曖昧な答えにとどめた大玲だが、けれど、と続ける。


「けれど、魔法が科学に敗れた現代では、身体能力も知識も、身につけられるものは何でも身につけるべき、とわたしは思うわよ」


 大玲の見た目からは想像し難いストイックな考え方に思わず翔は眼を丸くしたが、アイナ、シェリエとともに頷いた。

 フランク=ダルクと王大玲。二人の上級生は、普段の振舞いとは全く違う。真摯に魔法に、魔法使いという存在に、それぞれ向き合っている。

 尊敬すべき、先輩達である。

 翔はそう認識し、この合宿に参加できた幸運に感謝した。

 それはまだ何にも縛られていないが故の、純粋な感想。




 世界で唯一の魔法使いたちが住まう島とそこで学ぶ卵たち。それらを取り巻く世界を、少年はまだ何も知らない。

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