第17話 三人目の、本物

 その後の午前中の時間は、せっかく水着になったのだから、とばかりに全員一致で海で遊ぶことになった。

 しっかりと泳いだ後は、昼食である。ランチの時間に合わせて、メイドがデッキに用意してくれていた。メニューは食べやすいハンバーガーやサンドイッチ。順番にシャワーを浴びてから食べると、疲れた体が栄養を吸い込むようだった。

 全員がしっかり食べた後、そのまま午後の予定を話し合う。


「お昼を食べた勢いで、ちょっと魔法の実技訓練でもしましょうか」


 大玲の提案に全員が素直に頷く。ただし、訓練の後の予定はこれも全員一致で自由時間となった。

 海岸だと動きづらく、砂も舞うために、テニスコートに移動する。魔法の訓練として撃ちあうにはちょうどいい広さでもある。

 1対1での対峙。まず向かいあっているのはシェリエと大玲であった。

 組み合わせはくじではなく、それぞれの希望で決めた。大玲がシェリエを指名するのはある意味当然ともいえる。

 現代に蘇った本物の魔法使い。それと訓練できることなど、学年が違う大玲ではそうあることではない。


「さて、行くわよ」


 右手に手首から肘まである長方形の魔動機を固定して、大玲が宣言する。

 対して、シェリエは魔動機を持たず、短い杖を持っていた。いつもの箒は荷物になるためか、置いてきたらしい。


「いつでもいいわよ」


 しかし、手に持っているものがいつもと違っても、シェリエは余裕を崩さない。そこにあるのは、自らの力量に対する絶対的な自信であった。

 実際、シェリエには自信があった。数ヶ月前、軍人であり魔法使いでもあるヴァイスに圧倒されてからというもの、彼女は自らの魔法にさらに磨きをかけていた。


「破邪の力よ!」


 大玲の言葉に反応して、右腕の魔動機に魔力が収束する。収束した魔力が緑色の光となって、射出される。

 人を殺傷することなく無力化できる破邪の魔法であった。相手の意識を揺らす力を持つため、特に魔法使いには効果が高い。


「アルム・イグ・フレント、アルム・イグ・フレント……」


 しかし、シェリエは動じない。魔動機が動く様子を見せた瞬間に詠唱に入っている。その詠唱は長いが速い。


「敵意よ! 沈黙せよ!」


 言葉に応じてシェリエの眼前に白い光が壁のように現れた。

 大玲が放った破邪の魔法が激突し、壁を破ることなく霧散する。


「さすが……!」

「アルス・イム・マイラス。アルス・イム・マイラス……」


 感嘆の声を上げる大玲に応じず、シェリエは即座に次の詠唱に入る。


「悪意よ! 沈黙せよ!」


 短杖の先端が白く輝き、同じ破邪の魔法が射出される。しかしその速度は大玲のものよりも速い。


「っ! とっ!」


 迫る光を魔法で受けるのではなく、大玲は身体能力にものを言わせて避けた。


「追え!」


 しかし、光が軌道を変えて大玲を追う。


「嘘でしょ!?」


 その普通あり得ない破邪の魔法の挙動に驚愕の叫びをあげて、大玲が右腕をかざす。


(間に合わない)


 大玲の動きは流石に速いが、それでも魔動機には起動、魔力注入、増幅、発動とタイムラグがある。シェリエに詠唱という枷があるとしても、シェリエの方が速い。

 恐らく、直撃する。翔だけではなく、アイナも、フランクもそう思った。

 しかし、大玲の魔法は発動した。


「遁甲!」


 言葉とともに、空中に緑色の亀の甲羅のような文様が展開し、シェリエの魔法を受け止める。


「えっ!?」

「ぐぐぐぐっ!」


 驚愕の声を上げるシェリエと、普段からは想像もつかないうめき声をあげる大玲。

 ありえない光景に、誰もが言葉を失った。


「どきなさい!」


 大玲の一括とともに、シェリエの破邪の魔法の軌道が完全に逸れて、複数の方向へ拡散していく。

 散らされた魔法を追尾させることはできないのか、シェリエの魔法は霧散していった。


「大玲、あんた……」

「と、とんでもない重さね……」


 いまだ呆然とするシェリエに、大玲はハッ、ハッと荒い呼吸を繰り返しながら答える。


「降参よ」


 大玲が両手を上げてそう告げた。

 シェリエはその動作にようやく短杖を下ろす。どこか釈然としない様子ではあるが、大人しく一礼して、コートを出てくる。


「ねえ、シェリエ嬢」


 それまで沈黙していたフランクが、声を上げた。

 シェリエが、歩みを止める。


「君の呪文? というのかな? アレは全部必要なの?」

「詠唱のこと? イメージが確となっていれば全部必要というわけではないわよ。魔動機だって同じでしょう?」


 ごく基本的な質問であったことに拍子抜けしたように、シェリエは当然といった様子で答える。


「家からは成人するまではイメージがぶれやすいから、可能な限り詠唱しろ、って言われているの」

「そうか。そうだね。やっぱり魔動機がなくても、魔法の言葉は何でもいいわけだ」


 当たり前のように言ったことに対して、フランクが応じた言葉は辛辣にも思える皮肉だった。

 シェリエは驚き、ぽかん、と口を開けた。


「フランクにしては珍しいきつい皮肉ね」

「ん? ああ、すまない。驚かせてしまったね。レディの前で失言だったよ」

「いや、別にいいけど……」


 自らの失言に謝罪するフランクに曖昧に頷いて、シェリエは翔とアイナへと歩み寄る。


「お疲れ様」

「疲れてはないけれど、驚いたわ」


 笑顔で労う翔に満足しながら、シェリエが嘆息する。


「いや、僕も驚いた。驚いたというか……」

「そうね。わたしも言葉を失ったわ」


 アイナも翔の言葉に同意する。


「そうよね!? わたしの見間違いじゃないわよね?」


 二人の様子に、シェリエも確信を得たように確認する。

 そして、音量を落とし、尋ねる。

 驚愕の核心に至る問いを、言葉にする。


「大玲、魔動機なしで魔法を使ったわよね」


 翔とアイナは、何も答えない。頷きもしない。誰も見ていないはずの場所で、最大限に警戒する。

 ――それは、それだけ衝撃的なことだったのだから。

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