第18話 科学+魔法=怪物
「さて、じゃあやろうか翔! 連勝させてもらうよ!」
「お手柔らかにお願いします」
疲労しきった様子の大玲も何とかコートを出てきた後、代わりに対峙しているのはフランクと翔だった。
フランクは両腕に魔動機をつけ、翔は対照的に何も持っていない。
「破邪よ!」
動いたのは、翔からだった。白い光が掌から直接放たれる。
「おお、本当に魔道具なしで魔法が使えるんだね!」
翔の魔法の速度はシェリエにも劣らないが、狙いが甘い。完全にずれているわけではないが、フランクは余裕を持って避ける。
「天にまします我らが神よ。悪を打ち払う力をお与えください」
フランクの左腕の魔動機が稼働する。青い光が小さく、徐々に増幅していく。
しかし、その速度は致命的に遅い。フランクの魔力が小さく、魔法の発動に至る量に増幅する時間がかかっているのだ。
「破邪よ!」
先に翔の魔法が発動した。発動までは一瞬で、その魔力の大きさを示すが、やはり制御が甘くフランクには当たらない。
フランクの魔法が発動し、翔に迫る。
「護りよ!」
しかし、翔はそれを難なく防ぐ。
「防御の魔法は上手いのよねえ」
そうシェリエがこぼすほど、翔の護りの魔法は完璧だった。シェリエであっても、破邪の魔法で貫ける気はまったくしない。
「破邪よ!」
「天にまします我らが神よ。邪なる力を避ける術をお与えください!」
三度放たれた翔の魔法に対して、フランクは早口で右腕の魔動機を発動させた。
その発動は、先ほどの破邪の魔法とは比べ物にならないほど速い。
「退き給え!」
今度は正確にフランクに向かって放たれた破邪の魔法を、フランクは身体を半身にずらしながら、右腕を振るった。まるで格闘技のように、破邪の魔法に合わせて叩きつける。
「返すよ!」
次の瞬間、フランクの言葉とともに魔法が軌道を変えて、翔に向かう。
「えっ!?」
先ほどのシェリエと似たような声を今度は翔があげる。
見ている女性3人も叫びこそしないものの、全員の顔に驚愕が表れている。
「護りよ!」
翔が自身の魔法を自身で防御する。そのまま護りの魔法を維持するが、フランクは追撃する気配を見せない。
「防がれたかー。じゃあここまでにしよう、翔。僕はもうあまり魔力が残っていない」
あっけらかんと口にするフランクは、いつものフランクだった。
だから、翔は頷いて、そして疑問を投げる。
「わかりました。でも先輩、さっきの魔法は?」
「ああ、あれは相手の魔力を利用して跳ね返す魔法さ。一応フランス政府の研究成果、かな」
軽い調子で返ってきた答えは結構な爆弾だった。
引きつる翔に構わず、フランクはペラペラと続ける。
「パリ協定は知っているかい? 気候変動に対する具体的な目標を採択した、我が祖国が誇るべき成果さ」
一見、魔法には何も関係がないように思える。
「気候変動の大事な要素に環境保護がある。その中で、三つのRがあることは知っているかい?」
ゆっくりと女性陣の方へと歩きながら、フランクは政治の講義を続ける。やむなく翔も後に続く。
「すなわち、リデュース、リユース、リサイクル」
コートから出たところで、歩みを止める。そして、全員と視線を合わせるようにゆっくりと見渡していく。
「これを魔法に当てはめるとどうなるか」
魔法と関係ないはずの話題が、強引とも思えるように魔法に紐付けられる。
誰もが、フランクの言葉の続きを待つ。
「リデュースは魔力の使用量を減らすこと。効率化だね。言われなくても、誰でも取り組んでいる」
その言葉には全員が頷く。特に魔力の減少が問題となっている現代では、魔法使いが常に取り組むべき部分である。
「じゃあ、リサイクルは? これは魔法を魔力に分解して再使用することと言っていいだろう。僕は、アンチマジックがそれに当たると考えている」
その言葉に、アイナが眼を細めた。アンチマジックは先日の事件で初めて世に出た技術である。そして翔の知る限り、使い手は捕らえられたヴァイスと、アイナだけだった。
まだ魔法使いの世界でも知る者は少ない。だというのに、フランクはこともなげに続ける。
「これも悪くない技術だ。素晴らしい。だが、分解した魔力を即座に再利用する技術はまだない」
アンチマジックの拡張性の乏しさを。技術的課題を口にして、フランクはなおも続ける。
「対して、リユースが僕の使った魔法さ。発動した魔法をそのまま活かして、対象を変える。反射の魔法と名付けている」
フランクが言葉を切るが、誰も口を開かない。いや、開けない。
パリ協定との繋がりはわかったが、それだけだ。
フランス政府は、なぜ、三つのRになぞらえたのか。いつ、誰が、どうやって、反射の魔法が作られたのか。どうして、フランクがそれを使えるのか。
言葉にされない疑問に、フランクは答える。
「魔法だって科学と同じさ。必要に応じて開発される。それは、民衆の切なる願いであったり、政府の政治的な要請によったりするだけさ」
恐らくはフランスで、いや世界でも最も有名な名家の一つに数えられる、ダルク家の異端児は――
高校生徒は思えない、ひどく達観した表情で言った。
それぞれが言葉を失う中、大玲は眼差しを厳しくして、何かを考えるような様子だった。
それぞれが想いにふける、合宿二日目の午後、それは、5人がそれぞれの力を互いに見せた時間であった。
その中で一人、見学に徹していた、フランクと同じ欧州出身の黒い魔女は、空を見上げていた。
雲もなく、明るく、日差しがきつい。
島では珍しくもない天気。いつも通りの抜けるような青空を、大玲そっくりの厳しい眼差しで、見上げていた。
大玲とフランクがそれぞれ少し電話をする、と席を外したため、翔達3人は冷房の効いたリビングで休憩することにした。メイドは気を利かせたのか、ジュースを置くと席を外してくれている。
自然、話題は先ほどの魔法の撃ちあいになる。
「しかし、驚いたわー」
「何が?」
シェリエの言葉に、翔はわかっていながらも尋ねる。
「いや、大玲よ。マジでびっくりしたわ」
「ああ、魔動機なしの魔法ね」
アイナが確認すると、シェリエは我が意を得たり、とばかりに頷いた。
「そう! わたしと翔以外にあんなことができる人がいるとはねー」
「でも、魔力に無理があったんじゃないの? 一度の魔法ですごく息が上がっていたし、緊急防御の切り札的なものだと思ったけれど」
「いや」
アイナの言葉を、翔が否定する。
「魔力を使いすぎたとしても、別に息が上がったりしないんだ」
「え?」
思わず尋ね返すアイナに言い聞かせるように、シェリエも翔に同意する。
「魔力を使いすぎると、どっちかっていうと、睡眠不足みたいになる。最初にまずいな、って感覚があって。それを無視すると意識が飛ぶの」
「……なるほどね」
体験から来ているのであろうその指摘に、アイナは絞り出すように頷いた。
「つまり、大玲のあの姿は、恐らくポーズ」
「うん。先輩は恐らく、もっと普通に魔動機なしで魔法が使える」
「わたしもそう思う」
「でも、だとすると……」
翔とシェリエの肯定を受けて、アイナが言葉を切る。
それを、翔が引き継いだ。
「問題はどうしてそれが広まっていないかなんだよ」
この狭いマギス島では、噂はあっという間に広まる。特に、魔法に関することは。
「考えられるのは、今日、あるいはごく最近できるようになったか……」
アイナは自分でも信じていない可能性を口にする。
それから、本命のものをシェリエが先に言葉にした。
「ずっと隠していたか、よね」
島で唯一、と言われていたはずの少女は不敵に笑う。ライバルの出現を歓迎するように。
その横で、翔は思う。恐らくはアイナも気づいている、と理解しながら。
(問題は、どうして今、僕たちにその秘密を開示したかだ)
あるいは、シェリエの魔法に対応しようとして思わず、なのかもしれない。それだって、十分あり得る。自分も含めまだ高校生なのだ。常に理知的な、最善と思えるロジックで行動できる方がどうかしている。
一方でアイナは翔の思考の、さらに先を考える。
(シェリエと同じように、魔動機なしで魔法を使える。そのうえで、わたしと同じくらい魔動機の知識もある)
要約すると短いが、その内容は衝撃的ですらある。しかもそれらを、ずっと隠していたとすると。
(王大玲。彼女もまた、現代に生きる本物の魔法使い、と呼べるのかもしれない)
あるいは、現代の知識、状況と魔法を合わせようとするフランクに抱いた印象と同じく、こう呼ぶのが正しいのかもしれない。
すなわち――科学と魔法が産んだ、新しい時代の怪物。
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