第28話 翔が目指すものと、日常への帰還

「翔!? このまま帰すっていうの?」


 シェリエが声を上げるが、翔はシェリエではなく、飛龍に向かって問いかける。


「僕たちが大成氏を引き渡せば、この騒動は終わり、でいいですよね?」

「ふふ、聡い子ですね。そういうことです、日高翔君。私としてはこれで手打ちにしたい」


 飛龍はサブマシンガンを揺らしながら答える。


「大玲先輩はどうなりますか?」

「彼女には少し早めの夏休みに入ってもらいます」

「新学期には会える、でいいですね?」


 翔の追及にも、飛龍は柔和な笑みを崩さない。


「ええ。その通りです。ですよね、大玲嬢?」


 水を向けられた大玲は一瞬無表情になるが、すぐに微笑みを浮かべ、頷いた。


「ええ。翔君、お気遣いありがとう。迷惑かけたわね」


 とはいっても、わたしは正直別荘をボロボロにされた被害者側なんだけれど、と付け加えることを忘れない。

 その様子は、翔の知っている大玲のままであった。

 そのことに安堵しつつも、思う。


 ――問題は、翔の知っている大玲が、本当の大玲とは限らないことである、と。


 大成を肩に担いでも、その姿勢をわずかにもぶらすことなく、飛龍が玄関を出ていく。

 そして、それに続く大玲に、アイナが声をかける。

 それは、敵意を込めた言葉。しかし、敵意だけではない言葉。


「残念よ。決着をつけられなくて」


 それに、大玲も同じ思いを乗せた言葉を返す。


「そう? わたしは楽しみが後に残って嬉しいわ」


 二人の視線が一瞬交錯し、大玲はそれ以上言葉を重ねることなく去っていった。




 残されたのは、結局いつもの三人。


「はあ、何とかなった……」

「本当ね……生きた心地がしなかったわ」


 ようやく緊張を解く翔に、アイナも疲れが限界に達したのか、無事だったソファに乱暴に身を投げ出した。

 そんな二人に対して、元気いっぱいの少女が叫んだ。


「なんで逃がしちゃうのよ!」

「いや……サブマシンガンは危ないって」


 あくまでも好戦的なシェリエを翔が窘めるが、少女は納得しない。


「今のわたしなら勝てたわよ!」

「サブマシンガンみたいな弾幕系の兵器には、防御魔法が持たない可能性が高いわよ」


 しかし、アイナが冷静に指摘すると、その動きをピタリ、と止めた。


「え、そうなの?」

「圧倒的な手数には、防御魔法は弱いのよ。翔なら防ぐかもしれないけれど、賭けたくはないでしょ」

「そういうこと」


 翔が頷いて、続ける。


「それに、あの男の人は普通じゃなかった。体格も雰囲気もすごかったけれど、いきなり撃ってくる、っていうのが危なすぎた」

「だから、帰したの?」


 シェリエの問いに、翔はうん、と頷いた。


「僕たちは、正義の味方じゃないからね」


 翔の言葉には、無力さへの歯がゆさが込められていた。


「そうね」


 頷くアイナは、特に何の感情も持っていない。彼女は、自らを黒い魔法使い。恐れられる存在だと認識している。


「……」


 対して、シェリエは無言だった。スクールきっての天才と言われる彼女は、自らの力を正しいことに使おうと日々研鑽している。

 その心情を理解したうえで、あえてアイナが口を開く。


「シェリエの魔法には驚いたけれど、やっぱり現代兵器を相手にするにはつらいわね」

「それはそうだよ。拳銃とはわけが違う。兵器、っていうのは個人でどうにかするようなものじゃないよ」


 アイナの言葉に頷き、翔はさらに付け加える。


「それに、僕たちの魔法は、兵器に対抗するためのものじゃない」


 シェリエが、ハッとしたように、顔を上げた。

 少女二人が見つめる翔の表情は、あくまでも澄んでいた。


「魔法は人を傷つけるためにあるんじゃない。人を殺すことを研究するなら、それこそ不死の研究に挑んでいる方が何倍もいいよ」


 大きな魔力を持ちながら、制御に苦心する少年は、だからこそ、軸をぶらさない。


「人の幸せにつながるような魔法使いを、目指すのが僕たちでしょ?」


 少年は、迷いなく言い切って、少女たちに微笑みかける。

 その中の強さを受け取って、シェリエとアイナも頷きを返す。


「さあ、帰ろう」


 そうして、三人は帰路についた。

 降ってわいた非日常から、いつもの、しかし大切な日常へと。




 世界と、魔法使いの卵たちの邂逅は、ここで一度終わる。




 ――再びの出会いがすぐであることを、誰もが予感しながら。

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