第27話 雷鳴響き、龍が現る

「破邪よ!」

「護りよ!」

「悪意よ! 沈黙せよ!」


 三人は三度、それぞれの魔法を放った。

 そして、全員が同じ結果になることを確信する。


「千日手だね……」

「困ったもんね」


 翔とシェリエが溜息をつくが、大成は余裕を崩さない。


「吸い上げろ!」


 言葉とともに黒い光が瞬き、杖に埋め込まれた宝石が輝きを取り戻す。

 仕組みははっきりとわからないが、どうにも相手の魔力切れも見込めそうにない。


「諦めたまえ」


 降伏を促してくる大成へ警戒を向けながらも、翔は気づいた。

 気づいて、しまった。

 倒れている刺客たちの身体の、何かを埋め込んでいる腕だけが、不自然に細くなっていることに。


「……シェリエ。あまり時間をかけるとまずいかもしれない」

「どういうこと?」


 傍らに立つ少女に、翔が気づいたことを説明する。

 シェリエは驚きに眼を見開いたが、すぐに落ち着いた声音で尋ねる。


「つまり、翔はそれが何を意味すると思うの?」


 その質問に対して、翔は推論を口にする。

 どうやって人杖に魔力を補充しているか、詳しいことはわからない。

 原理も現象も、理解できているとは言い難い。

 それでも、あえて推測するとすれば――

 ――人杖と名付けられた魔動機は、人の筋肉、もしくは命そのものを魔力の源としている可能性がある。

 その推論を聞いて、大成はもちろん、何も答えない。

 ただ、優越感に満ちた笑みを浮かべた。

 そして、シェリエがその醜悪な表情を見た瞬間――部屋の空気が変わった。


「この襲撃者たちも舐めた真似をしてくれたけれど、その杖はそれ以上ね」


 今日二度目の変化を、翔は見た。

 白い魔力がシェリエの身体を覆い、黒髪が光りながら広がる。

 普段は感情豊かに表情を変える少女は、氷のような視線を向けた。

 視線に魔力が宿るかのように、大成がびくり、と震えた。


「魔法で人の命を奪う? それは、よくないことって、知らないの?」


 短杖すら、白く輝いていく。


「シェリエ=ミュートが命じるわ。その杖を、放棄しなさい」


 威厳に満ちた声だった。平時であれば思わずひれ伏してしまうほどには。

 しかし、今は平時ではない。戦時である。

 だから、大成は踏みとどまった。


「何をバカなことを。君こそ投降したまえ。持久力はこちらに分がある」


 杖の能力に絶対の自信を持っているからこその言葉。それでも少女を殺めようとしないあたり、この男も極悪人というわけでもないのだろう。

 だが、白い魔女は人を本当の意味で害する魔法を決して許容しない。容赦もしない。


「そう」


 ただ、断罪すべく、シェリエ=ミュートは呪文を唱える。


「エル=イグスト=ザンドル、エル=イグスト=ザンドル……」


 バチバチ、と短杖が音を立てる。

 それはまるで、神の槍が残す、神罰の残滓が立てる音。

 あるいは、現代社会で最も重要なエネルギーが放つ音。


「悪しき理よ! 沈黙せよ!」


 カッ! 

 瞬間、閃光が翔の視界を塗りつぶした。

 人杖の黒い光とは対照的な、音が響くと錯覚するほどの白い光。

 翔は、理解する。

 ――稲妻が、シェリエの杖から放たれたのだ。 

 



 翔が次に視界にとらえたのは、腰を抜かして座り込む大成と、黒焦げになって真っ二つになっている人杖だった。


「ふうぅ……」


 そして、それを成し遂げた少女は細く長く、深呼吸をするように息を吐いている。

 視線をやると、珍しく額に汗をかいていた。

 翔が見ていることにも気づかず、シェリエは乱暴に汗を手で拭うと、折れた短杖を放り捨てて、大成に指を突きつける。


「さて……あなたこそ投降しなさい!」

「ぐっ……」


 大成は呻いたものの、シェリエに対抗する手段が残っていないことを理解して、がくり、とうなだれた。


「翔、拘束して。油断しないでね」

「うん」


 指示するシェリエは警戒を崩していない。頷く翔もまた、周囲に気を張りながら、ゆっくりと動く。

 それが、幸いした。

 ダダダダダダダッ!

 突如として響く、連続した銃声。それは拳銃などよりも圧倒的に殺傷力の高い兵器、サブマシンガンの発砲音だった。


「うわああっ!」 


 ほとんど反射的に障壁を展開し、事なきを得る。


「何の音よ!」


 慌てて、アイナと大玲がにらみ合いをやめて部屋へと駆けてきた。

 二人の到着を待たず、翔は銃声の方を見る。

 そこには、一人の男が立っていた。

 大柄なスーツ姿。短い黒髪と相まって、軍人のように見える。


「どちら様かしら?」

「夜分に申し訳ありませんね。李飛龍(リー=フェイロン)と申します」


 シェリエの誰何に答える口調は丁寧で、会釈する物腰は柔らかかった。

 だが、だからこそ、右手にぶら下げているサブマシンガンが異様に見える。

 翔の直感が警鐘を鳴らす。

 この男は、危険だ。

「……それで、ご用件は?」

 絞り出すように尋ねる翔に、飛龍は対照的にリラックスした様子でええ、と軽く頷く。


「そこの王大成氏を引き取りに」


 最悪だ。翔は心中で呻いた。

 これで、この危険人物は敵であることが確定した。


「飛龍さん、なぜここに?」


 そこに、大玲の声が割り込んだ。


「おや? 大玲さんも喧嘩ですか? あなた達親子は血の気が多くていけない。迎えに来ましたよ」


 恐ろしいまでに、白々しい言葉。いきなり発砲する男が、どの口で言うのか。

 その歪んだ精神性に、大玲だけでなく、シェリエも眉をひそめた。

 大成を渡すまい、と警戒するシェリエと、発する言葉を熟考する大玲。

 その二人よりも、翔の決断は速かった。


「わかりました」

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