第26話 黒い魔女二人

 室内で睨み合いが続く一方、二人の少女は言葉を交わす。


「で、どういうつもりであんな物騒なというか、インモラルな魔道具を持ってきたのよ」

「持ってきたのはわたしじゃないし、完成していたなんて知らなかったわ」


 鋭い視線とともに放たれた問いかけに、大玲は心外だとばかりに応じた。


「もっとも、開発にあたって私の技術が使われていることは否定しないわ。あんなおぞましいものに使われるとは思わなかったけれど」


 先ほど垣間見せた弱さの理由は、そういったことらしい。

 その気持ちは、アイナにはよくわかる。技術者や研究者は、知識を深め、知られていない真実を明らかにし、新たな技術を開発することが役目であり、誇りである。

 その成果物が何に利用されるかは、多くの場合コントロールできない。

 しかし、何に使われようとも知ったことではない、とはならない。

 意に沿わない非道な物の開発に使われたとしたら、忸怩たる思いもあるし、責任だって感じる。

 しかし、少女を誰よりも理解するべき肉親であるはずの父親は、娘の感情を斟酌していない。

 王大成にとって、理由はわからないが、国家こそが何よりも優先すべきものなのだろう。

 そしてそれこそが、大玲が母国の作戦に冷めた態度をとる理由と言える。

 だが、しかし、それでも。

 魔法使いが、国家というパトロンに逆らって生きていけるわけではない。

 だからこそ、アイナは断じなければいけない。

 東洋の魔女にして、自身に匹敵する魔道具の知識と、優れた身体能力を持つ、一学年上の先輩。アイナが知る限り三人目の、本物の魔法使い王大玲は――

 今この場において、翔の敵であると。

 だから、ライバルで、きっと、友達になれるはずだった少女に。黒い森の魔女は再び銃口を突きつける。


「ここで大人しくしていて」

「そうね。そうしているのが最善なんだろうけれど」


 大玲は言葉と裏腹に、白金色の扇を広げ、逆手に持つ。やや半身の姿勢で、腰を大きく落とす。

 まるで、中国武術の構えのように。


「でも、あなたと本気でやり合えるなんて思わなかったから、ゾクゾクしちゃうのよね」


 言葉とともに、大玲が地面を蹴る。


「守護の法よ!」


 アイナに向かいながら、魔法を放つ。それは攻撃のためのものではなく、アイナの魔法を防ぐためのもの。

 緑色の光が、扇を中心に大玲の正面に展開される。


「吹き飛べ!」


 アイナが再び風の銃弾を撃つが、大玲の障壁を突破できない。


「シィッ!」


 アイナの正面に迫りながら、大玲が前蹴りを放つ。それは見事な、よく訓練された一撃だった。


「暴風よ!」


 しかし、次の瞬間に吹き飛んだのは大玲だった。

 言葉とともに、アイナが再び引き金を引いて魔法を発動したのだ。


「あいたた……。魔動機で魔法を連続発動だなんて……」


 素早く身を起こした大玲が、驚きとも称賛ともとれる言葉を口にする。


「そりゃあ拳銃型なんだから、弾が一発なわけないでしょう」

「さすがは黒い森の魔女ってことね」


 余裕を持って挑発するアイナに、大玲の闘志は衰えない。


「じゃあ、今度は東洋の魔女の実力を見せるとしましょうか」


 先ほどまでの大仰な構えを、再びとる。そして、アイナが銃口を向けると同時に、勢いよく鉄扇を振るった。


「風扇(フェンシァン)!」


 扇の軌跡をなぞるように、突風が巻き起こる。その発動は、アイナの魔道具に劣らず速い。

 違いは、その風は面でアイナに向かっていくこと。

 そして、面であるにもかかわらず、球体である弾丸を弾き飛ばしたことだった。


「ちょっ!」


 弾丸を吹き散らされただけでなく、身体を後ろに持っていかれ、アイナがバランスを崩す。


「シッ!」


 その隙を、大玲は逃さない。息吹とともに踏み込んで、扇を持っていない左の掌底がアイナの肩に撃ち込まれた。

 衝撃を逃がすこともできず、アイナは地面に倒れこんだ。拳銃型の魔動機も、手放してしまっている。


「魔道具の腕は流石だと思うけれど、それ以外はまだまだね」


 大玲は油断なくアイナの手首をおさえ、そう評した。


「格闘とかそういうのは、わたしの役割じゃないのよ」


 完全に押さえ込まれているのに出てくるアイナの憎まれ口を、大玲は頷いて受け止める。


「そう言いたい気持ちはわかるわよ」


 受け止め、しかし、それを弾劾する。


「護りたいものがあるのに、それでいいならいいけれど」


 大玲自身の激情を奥に押し込め、瞳から感情の色が消える。


「本当にそれでいいなら、そうしていなさい」


 昏い、ともすれば濁った瞳。燃え盛るものを誰にも見られないように仕舞い込んだ年上の魔女の姿に、アイナは呑まれそうになる。

 ――しかし、決して呑み込まれたりはしない。

 かつて似たような虚無を抱えていた少年を誰よりも大切に想う、優しくて悪い、黒い森の魔女は、地べたを這いつくばらされても魔法を発動した。


「穿て!」


 シャツが衝撃で敗れ、背中に括りつけていた箱が露わになる。

 スタンガンにも似た衝撃が、大玲を襲った。


「うあっ!」


 大玲が反射的に腕を離した隙を逃さず、アイナは転がる。

 綺麗な金髪が草と土にまみれるが、気にしない。距離をとって、飛び起きる。


「忠告感謝するわよ、先輩」

「……ほんっと、生意気な後輩もいたものよね」


 銃と扇。手製の魔動機を手に、魔女たちは再び対峙する。

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