第25話 人杖(レンジャン)
光が収まるまでに、どれくらいかかったであろうか。少なくとも、一瞬ではない。しかし、5分とたったわけでもない。
視界を取り戻した翔はまず変化を確認する。
杖の持ち主、王大成に変わったところは見られない。やや興奮した様子で、長い金属製の杖を握りしめている。
変化があるのは、その杖の方だった。くぼみの位置に黒い塊が収まっている。そこからは、魔力としか言いようのないものが感じられた。
それも、尋常でない量の魔力が。
翔は説明を求めるように大玲を見た。彼女は視線を逸らすことなく、受け止める。
「人杖《レンジャン》」
吐き捨てるように、単語を口にする。
「異能研究所の研究成果の一つで、特殊な処置を施した、魔法使いではない人間から魔力を回収して、その魔力を行使できる杖よ」
続けられたその説明は、翔には理解できなかった。
知らない単語が多いとか、人体実験をやったのかとか、気になることはいくらでもある。
だが、そういう問題ではない。そんなことよりも、もっと大きな問題がある。
「何よそれ!」
動揺を声に表したのは、シェリエだったが、翔も全く同じ気持ちだった。
「魔法使いでない人間から、魔力をとる? 何を言っているのよ! 人間に魔力があるはずがないじゃない!」
「そうね。わたし達の間では、そう言われているわね。魔法使いにとっては常識よね」
シェリエの叫びにも、大玲は冷静に応じた。
「だからこれは、研究成果なのよ。魔法使いの常識を変える、ね」
大玲のその声は冷静だが平坦で、その瞳は空虚だった。
その視線を追うと、縛られていた襲撃者たちが痙攣している。それぞれ右腕の服が破れ、腕の中に何かが埋め込まれているのが見て取れた。
その何かを埋めることが、特別な処置、というのだろう。
理屈は理解できないが、現象を理解して、翔は嫌悪感を覚えた。
恐らくは大玲もそうなのだろう、あくまでも平坦に、彼女は情報を提供し続ける。
「魔法使いが、世界と混ざる。それは、世界も魔法使いと混ざるということよ。フランクがフランスの理屈を語ったように。中国には中国の理屈がある」
「……それで、あなたは、どっち側なの?」
一言一言を嚙みしめるように、アイナが口を挟んだ。それは彼女にしては珍しい、荒れ狂いそうになる感情を、懸命に制御しているような口調だった。
大玲は、その感情に耐えられないかのように、視線を逸らした。それは知りあってから最も弱弱しい、無防備な先輩の姿だった。
「わたしは、不死を目指す者。素材を重視する研究者よ」
しかしそこで、大玲の表情はまた変わった。常に浮かべていた、余裕の笑みを浮かべ――あるいは、微笑みという名の仮面をかぶり――アイナと視線を合わせる。
「汚泥に沈もうとも、進んでみせる」
例え仮面だとしても、その微笑みは強く、獰猛で。
「……わたしにしては、非常に珍しいことを言うけれど」
同じ笑みを、アイナも浮かべる。
「ちょっとぶっ飛ばすわよ、あなた」
右手に握りしめる魔道具は、銃の形。科学が産んだ、力の象徴。
ドイツの天才は、銃口を大玲に向け――
――一切の躊躇なく、引き金を引いた。
「風よ!」
魔力が魔動機に注がれ、タイムラグがほとんどなく、発動する。目には見えない、圧縮された空気の塊が打ち出された。
「防げ!」
一方の大玲は白金色の鉄扇のようなものを広げて、魔法を展開する。こちらも速い。
バン、と音を立ててアイナの魔法が弾かれる。
手合わせをしなかった二人は、今それぞれの魔動機を手に互いを睨みつけている。翔もシェリエも、大成でさえも声をかけることが躊躇われるほどに、二人はお互いだけを見ていた。
「……表に出なさい」
「いいわよ。お父様? ここは任せました。そろそろ使えるでしょう?」
「ああ」
二人がデッキ側から外へ出ていくのを見送って、翔とシェリエは大成と対峙する。
「さて、いきなりアイナがブチ切れるとは思わなかったけれど。あの杖はやばそうだ」
「ふん、どれだけ警戒しようが、君の力など所詮は個人が持つ力にすぎない」
大成は余裕たっぷりに言うと、杖を振るった。
「破邪よ!」
言葉に似つかわしくない黒い光が二条杖から放たれる。少なくとも襲撃者を撃退したシェリエの魔法程度の魔力が込められていそうであった。
しかし、翔は臆さない。臆病だった少年は、だからこそ防御に自信を持っている。
「護りよ!」
障壁を二つに分ける技術はないため、力任せにシェリエと翔をつなぐ面で白い光が展開する。それは無駄な魔力の使い方であったが、それでも黒い光を受け止める。
「悪意よ! 沈黙せよ!」
翔が障壁を消すのに合わせて、シェリエが破邪の魔法を放つ。
「守護よ!」
しかし、それは黒い光に受け止められる。
魔法使い同士の単純な打ち合いは決定打に欠けることが多い。
シェリエはその発動速度と魔力量で相手を圧倒するが、人杖の力はシェリエが持つ優位性を埋めてくる。
互いにどのような手を打つかを思考し、睨み合う。
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