第24話 悪意、現る

「……」


 飛龍が猟犬の男のGPS信号を追ってきた地点には、GPSを埋め込んだ通信機と、スマホが転がっていた。

 よく見ると、地面には血の染みが点々とある。だがそれもどこへ行ったかを示すほど残ってはいない。恐らくは止血をしてから、運んだのだろう。

 そんな悠長なことができるということは、猟犬の男は完全に意識を消失したということだ。


「……魔法使いか?」


 苦く、その予想を呟く。飛龍の顔には怒りと困惑があった。

 それも当然だろう。飛龍は今回島の戦える魔法使い――特にカテリナ=マクスウェル――の眼を避けるため、一般人として島に長く潜伏していた猟犬たちを使う許可を与えた。シェリエと翔を除いた学生にやられるほど、猟犬は弱くない。

 つまりそれは、飛龍の知らないイレギュラーがいることになる。

 恐らくは、李大玲と同じように実力を普段隠している、何者かが。


「……」


 飛龍には、それが酷く気に食わなかった。

 魔法使いの魔法など、通常たかが知れているものだ。単なる一つの技術に過ぎない。

 しかし、誰もが訓練で持てる技術ではないこともまた、確かだ。

 その上、シェリエや翔のようなイレギュラーの力は、常識を軽々と超えてしまう。

 もちろん、それでも軍隊や大きな組織相手に何かできるような力ではない。

 だが、一対一の場面では、その力は大きく働く。

 生粋の軍人である飛龍はそのようなイレギュラーを引き起こす力として、魔法を好まない。

 だからこそ、研究する必要がある。自らの任務をそのように捉えている。

 魔法使いはゴキブリと同じだ。

 どれだけ駆除しようとしても、根絶できない。そのうえ、その駆除はひどく効率が悪い。

 なにしろ、見た目は人間と同じなのだから。

 かつての魔女狩りで、魔法使い一人を駆除するために何人の一般人を犠牲にしなくてはならなかったか。

 溜息をつきたくなる気持ちをぐっとこらえ、飛龍は踵を返した。

 もうここに用はない。

 作戦も完全に失敗したことを認めざるをえない。

 ――であれば、誰かに責任を取らせないといけない。

 ポケットからスマホを出し、電話をかける。

 相手が、数コールで出たことにも当然という感覚しかわかない。


「私です。実は……」


 その感覚のまま、飛龍は当然のように駒を使い捨てる指示を出す。

『異能研究所』の技術の実証実験にはちょうどいい。

 軍人である彼は、さっさと作戦目標をそれに切り替えた。




 大玲と父、大成は別荘へと戻り、車から降りた。特に異常らしい異常は、外からはわからない。少なくとも、正面からは。

 しかし、作戦の概要を聞かされていた大玲には、恐らくデッキ側は窓ガラスが散乱したり、室内では発砲もあっただろうことが容易く想像できた。

 自身の稼ぎで購入したお気に入りの別荘を作戦に使われ、荒らされるという事実には憤りしかない。憤りしかないが、隣の父という属性の男に何を言っても無駄だろう。

 それでも、嫌味を込めて視線を送る。大成は当然娘の視線と、意味に気づいたが無視した。

 大玲も特に期待はしていなかった。

 諦念にも似た気持ちで玄関のドアを開けようとしたところで、大成が懐から取り出したスマートフォンに耳を当てた。

 大玲はドアを開けず、父の様子を観察することに努める。

 電話の向こうの人間も、大成も細心の注意を払っているのか、普通であれば漏れ聞こえそうな音が、まったく漏れない。大成も相槌すら打たずに黙っている。


「了解、しました」


 時間にしてわずか1分程度の後、大成は絞り出すようにそう言った。そのまま、通話が切られたのかスマートフォンを下ろす。

 大成は大玲を見た。恐らく島に来てはじめて、父から娘へと視線を合わせた。

 大玲は何を言われても嫌味を返せるようにわずかに身構えたが、予想に反して大成は何も言わなかった。

 ただ、彼は一瞬空を仰ぎ見た。


「……?」


 大成のそんな様子は珍しいため、大玲も空を見上げた。

 別に暗雲が立ち込めているわけでもない。太陽こそ沈んでいるが、特にいつもと変わらない月と星がきれいな空だった。


「いくぞ」


 疑問は解けないまま、その声に促がされた大玲はドアを開けた。




「大丈夫だった?」


 戻ってきた大玲が最初に口にしてきたのは、そんな言葉だった。

 それは、翔達を心配する言葉であり、何が起きたかを把握している言葉である。


「大玲、知っていたのね?」


 翔の懸念を言葉にしたのは、アイナであった。口調こそ普段と変わらないが、その視線は鋭い。あるいは、裏切られたような気分になっているのかもしれない。

 アイナの様子に、大玲は苦笑しながら頷く。


「戻ってくる途中で知った、って言ったら信じるかしら?」

「無理な相談ね」


 大玲の言葉をアイナが無惨に切り捨てた。だが、それは翔も同じ思いだ。


「そちらの方は?」


 だから、翔は会話を進める。大玲の傍らに立つ男性の、あるいは大玲の、狙いを知るために。

 翔の様子を好ましく思ったのか、大玲は特に逡巡することなく答えた。


「こちらは王大成。生物学上と戸籍上はわたしの父にあたるわ」


 つまりは、完全無欠に実の父親ということだ。それを迂遠に表現するあたり、大玲の父親との確執は相当なものらしい。


「王大成だ。日高翔君、手違いがあったようでお詫びしたい」


 大成が淀みなく頭を下げる。その動作は、熟練したようにスムーズだった。少なくとも、高校生に頭を下げることを葛藤した様子はない。

 世界でも有数の面子を重んじる中国人が、だ。

 欺瞞か。翔がそう判断することを裏付けるように、大成はすぐに頭を上げて、言葉を続けた。


「行き違いが合って申し訳ないが、どうだろう? お詫びを含めて一度我が国を訪問いただけないだろうか? もちろん、ご友人も一緒で構わないし、旅費も私が持つ。夏休みの旅行とでも思ってもらえればいい」


 まさしく、厚顔無恥という言葉が相応しい発言であった。

 アイナはもとより、シェリエの表情も厳しいものに変わっていく。

 一方の大玲はいつの間にか一歩引いて壁に身体を預けていた。大成のお手並み拝見、といった姿勢だ。

 翔達の雰囲気の変化を感じ取ったのか、大成は一つ溜息をついた。


「いくら子供でも、こんな詭弁が通じるわけもないか」


 淀みない動きで、スーツから、折れ曲がった金属の棒を取り出す。

 がちゃり、がちゃり、細長い棒のような形になった、金属特有の光沢を放つそれを、大成は片手で持った。

 まるで、魔法使いが持つ長杖のように。


「結局、力づくだな」


 大成が杖を掲げる。


「人よ! 杖となれ!」


 高らかに、呪いにも似た言葉を叫ぶ。

 杖の先端にある、小さなくぼみが黒く、激しく光る。

 ――そして、眩しさを覚える黒が、翔の視界を覆った。

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